第五話「武士の魂」
決闘。それは、己の魂を懸けた闘い。
勃発理由。丁髷のカツラを馬鹿にされたから。
――至って、本気だ。
第五話「武士の魂」
「さあ、行きますよ、プレーンヨーグルト。私に喧嘩を売ったことを、あのハゲにとくと後悔させてやるのです」
「いや、喧嘩売ったのはお前だろ。ってか、なに? この決闘、俺も参加しちゃってんの?」
チトセと俺。アヤセとトウオウ。ただっ広い校庭の真ん中で距離を置き向かい合う俺たちの取るべき道はもはや一つしかないようだった。向こうでも、アヤセが何とかトウオウをなだめようとしているのだが、トウオウの眼中にはチトセしか入っていないようだ。やがて、アヤセも諦めて肩を落とした。
こちらでも、我が宿主は無表情ながらギラリと鋭い眼光を放っている。
「なあ、決闘なんて止そうぜ。クールじゃねえよ。俺の信条に反するんだよ。分かる?」
「黙りなさい。あなたの信条など知ったことではありません」
「あーだろうな。言ってみただけだよ、ちくしょう」
成り行きとはいえ、一度相手の決闘の申し出を受けてしまっている以上、闘わずに済む術はない。全ての決定権は従魔師が持っているのだ。もっとも、向こうの従魔師は従魔に振り回されてるけどな……。あ、なんか今、トウオウの奴にむかっ腹が立った。
「決闘方式は、従来通り、従魔同士の一騎打ち! いいな!」
やる気満々のトウオウがまるで宣誓するようにそう吠える。従魔師同士の決闘は、原則従魔同士の一騎打ちだ。従魔が従魔師に危害を加えることは禁止されている。つまり、まあ、この中で一番のとばっちりは俺だということが判明したわけだ。ふざけんな。
「相手の獲物は刀です。こちらの方が絶対有利ですが、くれぐれも抜からないように」
「誰にもの言ってんだよ」
そう言って、俺は首に手を置いて骨を鳴らした。まあ、成り行きだが、やる以上は絶対勝つ。クールな男にこそ、勝利の二文字はふさわしい。
「……来ますよ」
「ああ」
数メートル向こうで、アヤセが胸に手を置き、目をつぶった。そして、アヤセの左手人差し指につけた指輪がまばゆい光に包まれた。その淡い緑色の輝きは徐々にアヤセの体を覆っていく。
アヤセの持つ匣は指輪だ。そして、指輪から溢れ出る緑色の光は、トウオウの魂そのものだ。従魔師は、己の身に従魔の魂を纏わせて、従魔とシンクロする。そのシンクロ率が高ければ高いほど、従魔は力を発揮することができる。もちろん、シンクロ率を上げれば上げるほど、コントロールは難しくなる。
やがて、緑色の光の膜はアヤセの全身を覆った。そして、トウオウはおもむろに右手を前に突き出し、刹那、抜き身の刀がトウオウの手に握られた。
「いざ! 尋常に勝負!」
逆に気の抜ける台詞とともに、トウオウがこちらに向かって突進してくる。その間に、チトセはもう、深い暗闇の膜を全身に纏っていた。
正直、俺は自分のこの魂の色が好きじゃない。俺のそれはトウオウのように輝くこともしなければ、宿主を包み込むこともしない。俺のそれは、輝きとは正反対で、宿主を包み込むどころか、飲み込んでいるような気がしてならない。
それでも、そんなことなど気にも留めずに、チトセは俺とシンクロしてくれる。
「……へへ」
「……なんですか、気持ち悪い」
うすら笑う俺を見て、隣でチトセが声を出す。透明感のない、どす黒い闇の膜の向こうで、いつも通り無表情なチトセ。クールなこの俺のパートナーを務められるのは、こいつぐらいのもんだ。
「久々の喧嘩だ。クールに行くぜ」
「では、クールに完膚なきまで叩き潰しなさい。その上で、あのカツラを引っぺがしなさい。武士の魂とやらを私がこの手で燃やしてやりましょう」
「……相変わらず容赦ねえな」
と、無駄口を叩いているうちに、トウオウがすぐそこまで迫ってきていた。殺気立った目でチトセをガンつけた後、視線は俺に向けられる。そして、トウオウは容赦なく丸腰の俺に刀で斬りつけてきた。
「御免!」
「うお!」
後ろに飛びのいてトウオウの初撃をかわす。しかし、間髪いれず繰り出される斬撃をいつまでも避け続けることはできなかった。そして、俺が体勢を崩した隙を見逃さず、トウオウは真上から刀を振り下ろしてきた。
「終わりだ、P・Y!」
トウオウの雄たけびに、俺はほくそ笑んだ。そして、丸腰だった俺の手に、銃が握られる。ハンドガンタイプの俺の愛銃。その銃身でトウオウの一撃を受け止めて、いなす。そして、体勢を崩したトウオウの眉間に俺は銃口を押し付けた。
「BANG」
合図と同時に、引き金を引く。しかし、放たれた銃弾をトウオウは紙一重でかわしてから、俺と距離を取った。紙一重の攻防は五分五分。しかし、互いの獲物を見ればどちらが有利なのかは一目瞭然だ。銃を召喚する前に俺を仕留められなかった時点で、トウオウの敗北は決まったも同然だ。
しかし、俺から距離を取り身構えるトウオウに引く気は全く見られなかった。とりあえず、俺は駄目元で説得を試みた。
「もういいだろ、トウオウ。これ以上やっても勝負は見えてる。刀じゃ銃には勝てねえよ」
「そうです。素直に負けを認めるなら、ここで終わりにしてあげますよ。その代わり、そのカツラは没収ですけどね」
「……話がややこしくなるから、お前黙ってろ」
後ろから口を出してくるチトセを黙らせて、俺はトウオウに言った。
「決闘なんて、クールな俺の柄じゃねえんだよ」
「そうだよ、トウオウ。もう止めようよ」
トウオウの後ろで、アヤセが心配そうな顔でトウオウに声をかける。しかし、トウオウは宿主の言葉に見向きもせずに、頑なに刀を強く握った。
「……P・Yよ。貴様も男なら分かるだろう。男には、決して引くことのできない闘いがあるのだ」
目を閉じ、厳かな顔でそう言葉を発するトウオウは、完璧武士気取りだった。自分の世界に入ってるこいつを説得するのはやはり無理そうだ。が、一度説得に回ったからには、最後まで付き合わなければ駄目だろうな……。
「えーと。まあ、そう言わずに」
「私は貴様の宿主に魂をけなされた! 生き恥をさらすぐらいなら、死んだほうがマシだ!」
うわあ。面倒くせえな、こいつ……。この場に居るトウオウ以外の面子はそう思ったことだろう。そもそも、丁髷のカツラ被ってる時点で、いじってくださいって言ってるようなもんだ。
「まあ、落ち着けよ」
「問答無用! どちらにしろ、この勝負に勝てばいいだけの話だ!」
そう叫んでから、トウオウはなにを思ってか、大きく真上に刀を振りかぶったまま、その姿勢で静止した。そして、掛け声と同時に振り下ろされた刀から、緑色の光を帯びた斬撃が飛んできた。文字通り。
俺のすぐ横を通り過ぎていった斬撃は空気を切り裂き、地面まで切り裂いた。俺はその通り過ぎた斬撃を見送ってから、トウオウを振り返った。
「……マジ?」
「っふ。そういえば、お前と闘うのはこれが初めてだったな。見習い期間を二年飛び級して、たった一年で見習い期間を終えた貴様と、一度闘ってみたいと思っていた」
「……そりゃ、どーも」
「行くぞ、P・Y!」
そう叫び、トウオウが再び飛ぶ斬撃を繰り出してきた。同時に、俺も引き金を引く。そして、斬撃と銃弾がぶつかり合う、その刹那。二つの攻撃はぶつかり合う前に何者かに弾かれた。乾いた音が鳴り響くと同時に、衝撃で砂埃が舞う。そして、俺とトウオウの間に舞い上がる砂埃は、徐々に風に流され晴れていく。
唐突な出来事に、その場にいる者は誰一人として動けなかった。そして、砂埃が晴れてそこに立っていたのは、首にネクタイを巻いたブルドッグ。世にも珍しい、二本足で歩く犬だ。
「なにをやってんだワン!」
堂々の登場とともに、高らかに発せられたふっさんの第一声。俺とアヤセは腹を抱えながら必死に笑いを堪えた。いや、笑い事ではないのだが。
「こんの馬鹿たれワン! 従魔師同士の決闘は校則違反だワン!」
キレると、犬なまりを忘れるブルドッグは、そう怒鳴りながらジャンプして俺の頭を引っ叩いた。俺は痛みと笑いをこらえる苦しさで、死にそうになりながらその場にうずくまった。
しかし、トウオウはクスリとも笑わずに悠然とふっさんの前に立っている。ちなみに、アヤセは笑いを堪えるのに精一杯で、トウオウの魂はすでに匣の中に引っ込んでいた。当然、刀も消えてなくなっている。しかし、トウオウは勇敢にもふっさんに丸腰で立ち向かった。
「藤丸先生。邪魔をしないで戴きたい。私は、その男と決着を着けねばならないのです。武士の魂に懸けて……!」
「やかましいワン!」
ふっさんのジャンピングツッコミは的確にトウオウの頭をクリーンヒット。おそらく、トウオウの目には、宙を舞うずれ落ちるカツラが、スローモーションに見えただろう。
図ったように、カツラはトウオウの手の上に落下した。そして、トウオウはじっとそのカツラを見つめ、そっと自分の禿げ上がった頭を撫でた直後に、泡を吹いて即倒した。
「ト、トウオウ!」
慌ててトウオウの元に駆け寄り、カツラを被せてやるアヤセ。それより、止めを刺してやるのがその男のためじゃないか、とは哀れすぎてとても言い出す気にはなれなかった。
「貴様ら、全員一週間の自宅謹慎だワン!」
こうして、一人前の従魔師になった次の日に、俺たちは罰則を受けるハメになった。しかし、チトセは一人満足げにほくそ笑んでいた。