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第三話「王の正体」

 従魔師。従魔を使役し、世界に点在する負の魂を保護する者。


 従魔。下僕。


 それがチトセの中での従魔師と従魔の常識的関係。ふざけんなと言いたくとも、制裁のつるぎは事あるごとに、容赦なく俺の体を刺し貫く。


 歴史はあまりにも重すぎた。ってか、チトセの行動を読みきれなかったのが、この俺の命取り。


 痺れはやがて俺の全てを侵食していった――。






第三話「王の正体」






「では、次のニュースです。昨日発売された写真週刊誌スキャンダルに掲載された王の正体と銘打たれた写真の波紋は世界中に広がっています。この写真は昨日発売されたスキャンダル五月十日号に掲載された写真です。暗がりの中で、はっきりとそれと分かるものが写りこんでいます。この写真週刊誌スキャンダルは、プライバシーや人権を無視したストーカーまがいの過激取材で有名ですが、この写真に写っているモノが本当に王であるかどうかは定かではなく物議をかもしています。この問題について、王側は事実無根として、写真週刊誌スキャンダルに対し名誉毀損めいよきそんで制裁を加えることを視野に入れているとコメントを発表。一方、これに対し写真週刊誌スキャンダル側は我々は真実を載せているだけ。一歩も引く気はない。と強気のコメントを発表。一触即発の双方。今後どうなるか、その行方から目が離せません。

 さて。ではこの写真に写っているのが本当に王であるかどうか――」


 昨日、写真週刊誌スキャンダルが発売された直後、速報でこの疑惑はあっという間に世界中に広がった。そして、案の定今朝もテレビの向こう側では王の専門家という肩書きを持つ意味不明の中年オヤジが掲載された写真について、熱心に解説をしていた。


「なんか、すげえ大事になってんな。大丈夫かよ」


 台所に立ちつつ、リビングのテレビを眺めながら、俺はそう声を出してチトセに目をやった。しかし、ソファに腰掛けているチトセは、無表情でテレビを眺めたまま、俺に見向きもせずに声を返してきた。


「そんなことより、早く朝食の準備をしなさい」


「王より朝食かよ。変わり身の早え奴……」


 ボソリと呟いた言葉はバッチリ、チトセの耳に届いていたらしい。朝っぱらから、俺は悲鳴を上げて台所の床を転げ回るハメになった。







          @@@







 制裁の剣が俺の全てを飲み込んだ。体を流れる電流の痺れが薄れて、やがて何も感じなくなって、自分の命が消えたことを自覚した。――ハズだったのだが。


「いい加減起きなさい、プレーンヨーグルト」


 チトセの声が頭の中で響いた。それと同時に、まだ死んではいなかったことを自覚する。しかし、今電流を流されては本当に死んでしまいそうだったので、そうなる前に俺は重いまぶたを必死に開いた。そして、俺の顔面に向けてバケツをひっくり返そうとしているチトセと目が合った。


 バッシャアア!


 大量の水が宙を舞い、俺の顔面に着地成功。地べたに寝かされていた俺は、思わずガバッと上半身を起こして、チトセに怒鳴りつけた。


「な、なにしやがる!」


「なにって。あなたがいつまで経っても目を覚まさないからでしょう」


「目え覚ましてたろうが! 明らかに目が合っただろ!」


「いいじゃないですか。いい気付けになったでしょう」


「気付けってのは気絶してる奴に対してするもんだろがっ!」


「いいから、目が覚めたのなら黙って起きなさい」


 いろいろ不満はあったが、これ以上噛み付いても痛い目に遭うだけなので止めておく。それにしても、あれからどうなったのだろうか。王城で王の姿を激写した後の記憶が全くない。我が軍門に下らなかった冷血な従魔師に、てっきり殺されたと思っていたのだが。


 辺りを見回すと、どうやらここはウチの裏庭らしかった。そして、チトセは何の説明もせず、戸口に立ちながら、不敵な笑みを俺に向けた。


「さあ、これから歴史の証人になりますよ、プレーンヨーグルト」


「……はあ?」


 鉄仮面の少女の微笑みが予兆するのは不吉。そして、チトセの手にはなぜか俺のケータイが握られていた。








 ――つまり、俺はチトセにまんまと利用されていたらしい。


 俺が王の正体を暴こうと何らかのアクションを取ることは把握済み。止めろと釘を刺せば、俺がますますやる気を出すことも把握済み。そして、俺が王の正体をケータイのカメラで激写。全てはチトセの手のひらの上の出来事だ。


 やはり、チトセも王の素顔には興味があったらしい。しかし、従魔師として王の正体を暴くわけにもいかないので、あえて、馬鹿な従魔を泳がせた。その後、チトセは本気で俺を殺す気で制裁を加える。おそらく人格者であるはずの王が、制止してくれると予想して。


「正式に従魔師となったその日に従魔を殺そうとする従魔師を、王が制止に入らないわけありませんから。それに、その程度の粗相で腹を立てるほど、王も肝っ玉の小さい男ではないでしょう」


 リビングのソファに腰掛け事の経緯を説明するチトセの隣に座った俺は、チトセの言葉に声を返した。


「いや、もし王の肝っ玉が小さかったらどうなってたよ」


「死んでましたね」


「てめえ……」


 とにかく、思惑通り王がチトセを制止し、俺は気絶だけで済んだ。そして、チトセは俺のケータイに納められた画像を王の前で消去し、王に許しを請う。人格者の王は何の罰も与えず、俺たちを帰した……と。


「――で、結局俺が死にそうな目にまで遭って撮った画像は消してんだろ?」


「そんなわけないでしょう。消去した振りしただけですよ」


「……マジでか」


 ……なるほど。それで、ソファに座り込みながら、俺のケータイ片手に得意な顔してんのか、こいつは。しかし、王を出し抜くとはこいつ、認めたくないが――クールだぜ……!


 さすがの王も、チトセの腹の中までは見抜けなかったか。覗いてみれば、間違いなくこいつの腹の中はどす黒く出来ていることだろう。


「ありがたく思いなさい。あなたの働きを認め、あなたが目を覚ますまで中を見ずに待っていてあげたのですから」


「……待ちきれずに水ぶっかけたってわけだな」


 俺の言葉を無視して、チトセはケータイの画面を開いた。


「では、いきますよ。心の準備はいいですか」


「お、おう」


 チトセがケータイをいじり、俺は身を乗り出してケータイの画面を覗き込む。


 そして、チトセは開けてはならないパンドラの箱を開けた。


「……」


「……」


 その瞬間、時間が止まったような感覚に陥ったのはチトセも同じことだろう。俺はすぐにはとてもリアクションが取れず、どうやら、チトセも同じようだった。


 しかし、この如何いかんともし難い空気に耐えられなくなった俺は、恐る恐る、見たままの答えを口に出した。


「……猿じゃん」


「黙りなさい」


 八つ当たりの制裁の剣は、容赦なく俺を刺し貫き、俺はリビングの床を悲鳴を上げてのた打ち回った。その間、チトセはもう一度ケータイを見直してみてから、俺のケータイを壁に向かって投げつけた。


「なんですか、あれは。あの間抜け面の猿公えてこうが王ですか。私を馬鹿にしてるんですか」


「んぎゃあああああああ! 俺のせいじゃねえだろおぉぉおあぎゃー!」


「私の想像していた王はもっと……もっと……」


 床に落ちたケータイの画面には、玉座に座った間抜け面の猿が、目を丸くして鼻をほじりながらカメラ目線で写っていた――。







          @@@







 その日のうちに、チトセはその画像を写真週刊誌スキャンダルにリークした。どうやら、王を崇拝していただけに、想像とあまりにもかけ離れていた実物が許せなかったのだろう。確かに、自分が崇拝していた王が実は猿でしたじゃ、チトセでなくともキレるだろう。ただ、この従魔師のキレ方は常人より陰湿で厄介だというだけだ。


 画像にはバッチリ玉座も写っていて、どうやらそれはこの世界に二つとない王専用の玉座であることが判明。科学的に画像が合成ではないことが実証され、このスキャンダルはたったの一日で世界中に広まった。もっとも、王は何も悪いことはしていないのだが。


「いいのか。王の正体がスキャンダルで」


「私を騙し続けていた当然の報いです」


 朝食を摂りながら、チトセはフンと鼻を鳴らし、テレビの番組を変えた。しかし、どの番組も「王の正体騒動」を取り上げており、チトセは苛立たしげにテレビの電源を切った。


「で、どうすんだよ。昨日、王の使い魔の伝書鳩来てたろ。ま、情報の発信源は俺らしか考えらんねーしな。下手したらお前、従専(従魔師専門学校)から除名されんじゃねーのか」


「あんな猿の呼び出しなど無視すればいいのです」


「ほんと、変わり身早いな、お前……」


 この世界の絶対的権力者の正体の波紋は、一人の従魔師から神を奪った。そして、この出来事がやがて来る戦争の引き金になることを、この時の俺とチトセは全く予期していなかった。





 



 



 






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