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第二話「歴史を覆す男」

 王。その無限の力で、混沌のこの世界に秩序をもたらした絶対的な権力者。生きながらにして神となった伝説的人物。その素顔を知る者はほんの一握りの高官たちだけであり、ここ数十年は誰一人としてその姿を見た者はいない、らしい。


 しかし、今日その歴史は覆ることになるだろう。そう……クールに、な――。






第二話「歴史を覆す男」






 王の住まう王城は、俺たちの住むセントラルシティの中心地にそびえ立っている。小高い丘の上にでかでかと建てられた城の外観は、解説するのも馬鹿馬鹿しい。あえて言うなら、これは城というより、巨大なオブジェだ。全長百メートルにも及ぶ、逆立ちした巨大な招き猫。狙いが全く読めない。とにかく、一筋縄じゃないことは確かだ。


「さあ、行きましょうかプレーンヨーグルト」


「あー、今から俺ら逆立ちした巨大招き猫の中に入るのか。しかも、正装で。こんなとこ誰にも見られたくねぇー」


「これを招き猫と思うからいけないのです。血統書つきの王のペットだと思い、敬いなさい」


「……なに? お前の中で王ってのは神なわけ?」


「無駄口を叩いてないで、さっさと行きますよ」


 全身真っ白の「シロ」とでも名づけられそうな血統書つきの王のペットは、両手を地面に踏ん張り、力んだ間抜け面までリアルに作りこまれていた。両足はピンと天に向かってまっすぐ伸び、目の前に立つと頂上部分は見て取れない。


 世にも珍しい三点倒立の芸を仕込まれたペットの間抜け面の前に立つ。ここにはこれで二度目の来訪になるが、やはりこの猫の力んだ顔には慣れない。しかし、なぜわざわざこいつの口に入り口を作ったのだろうか。顔がリアルに作りこまれているだけに、中に入るにはかなりの覚悟がいる。相手が王でなければ、この嫌がらせをかいくぐる物好きはいないだろう。


 備え付けの階段をすたすたと登り、躊躇ちゅうちょなく王のペットの餌となったチトセの後に続き、俺も開いた口の中に足を踏み入れた。


 猫の体内はほとんどが空洞になっている。なぜかといえば、この中には王の居室しか作られていないからだ。無駄な産物というわけだ。


「行きますよ、プレーンヨーグルト」


 果てしなく天井の見えない、薄暗い空間の中をすたすたと歩いていき、立ち止まったチトセが、振り返って声を出す。そして、俺は渋々チトセの後に続き、プレートの上に立った。


 直径三メートルほどの円形プレートは、上にある王の居室への通行手段だ。音声認識で、自動的に王の居室の前まで移動する。ちなみに、王の居室は猫の腹の辺りに浮かんでいる。


「パスワード、NEKODAISUKINYANNYANKO(猫大好きにゃんにゃんこ)」


「そのパスワードを苦もなく言えるお前ってすげえな」


 チトセの声に反応し、足元の円形プレートが仄かな光に包まれた。そして、無音のまま円形プレートはゆっくりと上昇しだした。


「なあ、チトセ。お前って王の顔見たことあるか?」


「いいえ。私もまだ術者としては日が浅いですから。それに、ここ数十年王の姿を見た者はいないという話ですし。――ところで、それがどうかしましたか?」


「もしその数十年の歴史を覆したら教科書に載るかもしれねえだろ? そして、王の素顔を暴いた英雄として、俺は後世に語り継がれる。クールだぜ」


「その前に、感電死しなければいいですけどね」


 ただの脅しではないチトセの痛烈なツッコミに、俺は閉口した。こいつなら、本気でやりかねない。なんか、こいつ王を崇拝してる感あるし。だが、命を懸けてでも歴史に立ち向かうのがクールってもんだろ? 火のついた俺の闘志は、例え電流でも止められない。


「着きましたよ。くれぐれも粗相のないように」


 宙に浮かんだ部屋のドアの前でプレートが止まり、チトセが、優しく最終警告を発した。その凛と澄んだ瞳は、途方もなく冷たい。おまけに無表情。やりかねないどころか、間違いなくやるな、こいつ。俺の命より、王が大事かこの野郎。


 チトセが部屋のドアを開ける。一面闇に染まった陰鬱な空間が顔を出す。暗いなんてもんじゃない。そばに居るはずのチトセの姿も見失うほどの漆黒だ。が、俺たちが足を踏み入れると同時に、道を示すように床に仄かな光が灯った。その光は部屋の奥まで続いていく。


「なあ。趣味悪いと思うのは俺だけか?」


「私語は慎みなさい」


 俺の言葉を突っぱねて、チトセは光に沿って部屋の奥へ進んでいく。仕方なく、俺もチトセの後に続いた。


 光の終着で、チトセが立ち止まる。すると、床の光がスッと消えて、また部屋の中は漆黒に包まれた。そして、数メートル前方から王の声が響き渡る。


従魔師じゅうまし見習い、チトセ。従魔、プレーンヨーグルト。今日はわざわざ呼び出したりして、済まないな」


「滅相もございません」


 隣で、チトセが床にひざまずく気配がしたので、俺もとりあえず跪いた。王の威厳ある声は、まるでそれ自体に意思があるように、俺の魂にまで響いてくる。チトセの従魔になった日に、初めてここを訪れた時の重圧を思い出す。さすがに王だけあって、その存在感は計り知れない。


「今日お前たちを呼び出したのは他でもない。従魔師見習い、チトセ。お前が従魔師見習いとなって、昨日で三年が経過した。見習い期間を無事修了したことをここに認め、今日から従魔師と名乗ることを許可する」


「ありがとうございます」


「では、はこを床に置くがよい」


「はい」


 はことは、従魔の魂を封じた入れ物のことだ。チトセは、左耳につけているピアスに俺の魂を封じている。正方形のほんの二センチ四方の箱型のピアス。匣のサイズと魂のそれは関係ないのだが、チトセのピアスを見ると、何か自分の魂がちっぽけに思えてしょうがない。


 チトセが左耳からピアスを外して、床に置く気配をそばで感じる。そして、数秒後、床に置かれたピアスが一瞬弾ける様に発光した。その途端、まるで熱湯を胸にぶちまけられたような、爛れた痛みが胸の内側に走った。そのあまりの痛みに俺は思わずその場に倒れこんだ。


「ぐあああ……! な、なんだ、こりゃあ……!」


「ど、どうしました、プレーンヨーグルト」


「案ずるな。匣につけておいたリミッターを外したことによる、副作用みたいなものだ。直に治まる。それより、従魔師チトセよ。心して聞くがよい」


「……はい」


「匣につけたリミッターは従魔の魂を保護すると同時に、その力を制限するためのものだ。そのリミッターを外すことにより、従魔はこれまでより強大な力を引き出すことができるだろう。だが、力を引き出すということは、匣から魂を引き出すということでもある。この言葉の重みが理解できるか、従魔師、チトセよ」


「はい」


「力を得るということは、相応の責任も必要となる。従魔師として、その責任を担う覚悟があるなら、匣を再び手に取るがよい」


 胸の中で駆け回る激痛が、不意に和らいで消えた。おそらく、チトセがピアスを手に取り、耳につけたのだろう。胸の奥で和らぐ温もりに、妙な落ち着きを感じた。


「では、従魔師チトセ。従魔プレーンヨーグルト。今後のお前たちの活躍を期待しているぞ」


「はい。それでは、失礼します」


「うむ」


 くっくっく……。来た来た来た、この瞬間が。帰り際のこの時こそ、王が最も気を抜く瞬間。聞こえてくる声の方向から、王の居る位置も把握した。王の素顔を暴こうなどと、考える者はいても実行に移す者はいないだろう。と、考えるのが普通だ。王さえも。


 ……くっく。さあ、クールに行くぜ!


「これがクールな男の生き様だっ!」


「……!」


 暗闇のせいで、一瞬チトセの出足が遅れることも計算済み。俺は床をけり、王との距離を潰すと同時に、ポケットに忍ばせていたケータイのカメラのボタンを押した。


 パシャ!


 シャッター音と共に照らされたライトが、一瞬何かを照らし出した。それが王である確信。俺の手の内には、まさに歴史を変える瞬間が――。


「うぎゃああああああああああ!」


 などと酔いしれる前に、体中を電流が駆け巡り、俺は床の上を転げ回った。だが、意地でもケータイは手から離さない。


「やりやがりましたね、この馬鹿野郎。望み通り感電死させてあげましょう」


 微妙に丁寧語が崩れているのは、マジギレの証だ。こうなったチトセはもう止まらない。が、こうなることも計算済み。この一言で、チトセは怒りを鎮め、この俺の軍門に下ることだろう。


「ま、待て……! 王の素顔……! へへ、お前も興味――」


「言いたいことはそれだけですか」


「……へ?」


 ……止まらなかった。











 






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