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第十八話「ステージ2(後編その5)」

 緑の光を帯びた斬撃が地べたに寝転んだエレナを襲う。平然と、身動き一つせず、天使のブラがトウオウの攻撃を弾き、エレナは欠伸を洩らしながら立ち上がった。


「話はもう済んだ?」


「ああ。ここからは私が相手だ」


 厳かに宣言するトウオウに、エレナは首をかしげた。


「あんた、この間失格にした従魔だよね。もしかして、逆恨み?」


「黙れ。あんな形での勝敗など認めん。悪いがもう一度立ち合ってもらうぞ。そして――」


 言葉に怒りを溜めて、トウオウは刀を強く握り直した。


「貴様が奪っていった私のカツラ、絶対に取り戻す……!」


「魂って、あのカツラのこと?」


「そうだ! 私がこの勝負に勝った暁には、私の魂、返してもら――」


「あれ、捨てちゃったけど」


 その言葉は、おそらくトウオウの頭の中で、エコーとなり響いたことだろう。ほんの少しの間放心した後、熱血漢は血走った眼でエレナを睨み、地面を蹴った――。 








第十八話「ステージ2(後編その5)」








「今のやり取りで全ての事情が呑み込めたな」


「相変わらず戦う理由が笑い話ですね、あのハゲは」


「トウオウにとっちゃ切実な問題だろ。それに、そのおかげで、俺達もこうして何とか生き残ってんだ。あいつが来てなきゃ、あの時確実にやられてた」


 そう言って、俺は部屋の壁に背中を預けたまま、地べたに座り込んだ。ステージ2の状態までシンクロを強めた後遺症+エレナから受けたダメージ。極度の疲労で気は遠くなるのに、痛めた体が悲鳴をあげて、気絶すら出来やしない。おそらく、肋骨の二、三本は折れているのだろう。もう、立っているのもままならなかった。


 そんな俺の横で、同じく疲労困憊のチトセは、しかし、立ったまま動かなかった。


 勝負をトウオウに譲ったことへの不満か、それとも、こうして部屋の隅っこに引っ込んでいることへの屈辱か。無表情でいながら、チトセは俺の言葉に返事を返さなかった。


「……まあ、トウオウの言ったことはあんま気に――」


「言われなくても、ハゲの戯言など真に受けません」


 速攻で言葉を返してくるチトセに、俺は苦笑した。


「そっか。なら、準備しといてくれよ」


「準備?」


「ああ。もう一度、ステージ2の状態までシンクロできるように回復しといてくれ」


「それは……」


「どっちとも戦り合ってんだから分かるだろ。今のトウオウじゃどうひっくり返ってもあいつには勝てねえ。……気は進まねえけど、な」


「しかし、今の私達が加勢したところで勝てるとも思えません」


「ああ。でも、一つだけ気になることがあんだ。もしかしたら、あいつの絶対防御ってやつをなんとかできるかもしれねえ。それも、2VS1が前提の話だけどな……」


 俺の言葉に、チトセは息をついて俺の横に腰を下ろした。


「――プレーンヨーグルト」


「……なんだよ?」


「私達は、強くなれたのでしょうか……」


 今、俺が感じている敗北感を、チトセも同じように感じているのだろう。シンクロしていなくても、俺達は同じ思いを共有していた。


「最悪、あいつに目にもの見せてやるよ」


膝を抱えるチトセの頭に、俺は優しく手を置いた。


「プレーンヨーグルト……」


「ああ」


「従魔の分際で偉そうに励まさないでください」


「じゃあ、どうして欲しいんだお前は……」






     @@@





「貴様ぁ! 我が魂を弄ぶだけでなく、捨てたというのかぁ! おんのれええぇ!」


「だって、あんなカツラいらないし」


「ならばなぜ奪っていったっ!」


「なぜって、丁髷ちょんまげのカツラだなんて、いじってくださいって言ってるようなもんでしょ」


「訳の分からんことを……! 貴様は必ず斬る! 斬って捨てる!」


「好きにしたら?」


 会話の間中も戦闘は繰り広げられていた。しかし、その構図はやはり俺の予想を裏切ることなく、一方的な展開だった。


 遠距離からのエレナの息を着かせぬ攻撃に、トウオウは近づくこともできず、防ぐことで手一杯。有り余る気合いと怒りを完全に持て余し、空回っているその様は、こちらとしても同情するより他はなかった。


 トウオウの獲物は今更解説もいらないだろうが、刀だ。元来、近距離タイプの武器だが、トウオウの場合は魂の波動を刀から打ち出せるため、中距離戦も可能だが、すでにそれは天使のブラに阻まれている。ならば、トウオウに残された唯一の勝機は接近戦しかない。


 遠くから魂の波動をぶつけるより、直接刀に込めた波動を打撃としてぶつけた方が、威力が増すのは容易に想像できる。しかし、肝心の接近戦をさせてもらえない以上、トウオウに勝ち目はまるでないのだ。


 そもそも、一度戦り合ってみて実感したが、エレナを相手にするには最低でもステージ2でなければ話にならないのだ。しかし、今のトウオウは確かに俺と戦り合った時より魂の波光は増してはいるものの、ソウルインフを発現するには至っていない。というか、俺と同期でソウルインフを発現できる奴なんて、俺の知る限り誰もいない。


「あれではやられるのも時間の問題ですね。回復の時間稼ぎも務まらないとは、口ほどにもないハゲです」


 旗色の悪い勝負に容赦ない感想を述べるチトセ。に俺は言った。


「いや、まだ分かんねえぞ」


「え?」


「見ろよ。トウオウの奴、なんかやる気だぜ」


 今まで、がむしゃらに間合いを詰めようとしてエレナの鞭の餌食になっていたトウオウが、初めてエレナの間合いから退いた。自らを戒めるように目を閉じ、深く息を吐き出すトウオウ。その様子から、俺はまだトウオウが何か「とっておき」を隠し持っていることを察した。これから、一か八かの大勝負にトウオウが打って出ようとしていることも。


「惨めですね。手も足も出ず、いよいよ諦めましたか」


「お前は黙ってろ……」


 相変わらず、蔑んだ相手には容赦ねえな、こいつ……。


 呼吸を整えたトウオウが、静かに目を開き、腰に差した鞘に刀を納めた。そして、後方に控えるアヤセの隣に立ち、トウオウは言った。


「アヤセ。あれをやるぞ」


 トウオウの言葉を予期していたのだろう。アヤセは「うん」と肯きながらも、心配そうな目をトウオウに向ける。


「でも、いいの? あれをやっちゃうと……」


「……構わん。このまま敗北するよりは――な」


「う、ん。そだね」


 その言葉とともに、アヤセの体を覆っていた緑色の魂の波光がふっと消えた。


「シンクロを解きましたね。いよいよ諦めましたか、あのハゲ」


「お前、分かってて蔑んでるよな?」


 などとチトセにツッコミを入れた直後、トウオウの声が部屋いっぱいに反響した。


「聞け、P・Y!」


「ハゲが呼んでますよ」


「だから、お前は黙ってろ……」


 俺達のやり取りは、もちろんトウオウには届いていない。


「これから使う技は、貴様との再戦の折りに使用するはずだったものだ! しかと、その目に焼き付けておけ! あの女の次は貴様なのだからな!」


「無視して帰りましょうか」


「許されると思うなよ?」


 しかし、ここに来ての奥の手とは、まさか――。


「しかと見届けよ! 我が魂のソウルインフ!」


 威勢良く叫ぶ、トウオウ。そして、魂を解放するアヤセ。


「やっぱ、そう来たか……」


 この憂鬱は何に対してのものだろう?


「あのハゲがステージ2とは生意気ですが、興味はありますね」


「……多分、この場にいる全員がな」


 ただ一人真面目に勝負に徹する熱血漢は、おそらく気づいていないのだろう。


 そのとっておきが、勝負の緊張感すべてを持っていったことに。


「どんなソウルインフでしょうね」


「お前、またいじる要素が増えるって喜んでんだろ?」


 なぜか、同情を禁じ得ない俺だった……。












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