第十三話「ステージ2(中編)」
魂の形。通称ソウルインフ。従魔、従魔師、自魂師、通じて一流の使い手が魂を解放した時、それは姿を表す――。
「……いろんな意味ですげえな」
「どういう意味ですか?」
「あー……ノーコメントってことで」
第十三話「ステージ2(中編)」
肥大化したオレンジ色に輝く魂の波光が、エレナを包み込んでいた。
魂の形。通称ソウルインフ。今まで何度か見たことはあったが、これほど巨大なソウルインフを見るのはさすがに初めてのことだった。
魂の大きさはそのまま強さへと直結する。つまり、ソウルインフが大きければ大きいほど、その強さも伺えるというわけなのだが……。
「……いろんな意味ですげえな」
「どういう意味ですか?」
「あー……ノーコメントってことで」
言ってる場合ではなく、間違いなくいわゆる窮地に立たされている俺達だが、シリアスムードになれないのは誰のせいだ。
エレナのソウルインフは巨大な蜂――いわゆる女王蜂というのは一目瞭然だった。なぜなら、蜂が鞭を片手に、ブラジャー(水着かどうかは不明。ってか、どうでもいい)を装着しているのだ。下を身に着けてないのが唯一の救いか……アホか。
「これが本当の女王蜂ですね」
「……うまいこと言ったとか思うなよ?」
「ただの冗談です」
「……真顔でか」
しかし……ソウルインフの形状は当然本人の性格が反映するものなのだが、昆虫に仮装させるってのはどうよ。まあ、変態っぷりも性格も見事なまでに写し取られたソウルインフではあるが、問題は形状ではなくその大きさだ。
全長十メートルはあろうかという超巨大なキラービー。目の前に体長十メートルの蜂が立ちはだかることを入念に想像してもられえれば、分かりやすいか。とてつもなくやばい。様々な意味で。
「……プレーンヨーグルト」
「おう。いっちょ、クールに決めようぜ」
俺のクールな台詞に、チトセの痛烈毒舌が炸裂した。無表情で。
「あなたがクールに決めると言って、そうなった試しはありませんので黙っててください」
「……だから、空気読んでもの言え」
向かい合うだけで押し潰されてしまいそうな重圧が俺達に喧嘩を売ってくる。完全に本気モードに変身完了したエレナが、おもむろに右手を頭上にかざす。すると、ソウルインフの持つ巨大な鞭がみるみる縮んでいき、エレナの手に納まった。
――その刹那、空気が弾けた。
遅れて響いた甲高い破壊音に、俺とチトセは目を丸くすることしかできない。気がつくと、エレナの立つ位置から、俺とチトセの間を、図ったように一直線の破壊跡が鏡張りの地面に刻まれ、防弾性の鏡の破片が宙を舞っていた。
少なくとも、俺達とエレナの間には十メートル以上の距離があった。エレナの持つ鞭は物理的にはおそらく3、4メートルほどが射程限界の近距離タイプの武器なのだが……。
「やっべえな、こりゃ……」
つーか、今、何されたかも分かんねえ。
「今更怖気づいても仕方ありません。いきますよ、プレーンヨーグルト」
「お、おう……」
エレナのソウルインフから伝ってくる重圧に殺気が上乗せされる。
チトセがゆっくりと目を閉じて、俺の魂に触れた――。
@@@
暗闇に閉ざされた世界の上に立っていた。
気がつくと、当たり前のようにそこに立っている自分に疑問を持っていないのは、多分、チトセの意識とシンクロしているからなのだろう。
「プレーンヨーグルト」
振り返ると、後ろにチトセが立っていた。
「よう」
「初めてですね。あなたとここで話をするのは」
チトセの言う「ここ」に俺は目を向けた。何もない真っ暗闇。光も音もすべてを飲み込むような陰気な場所なのに、チトセの姿がはっきりと俺の目に映るのは、その声が俺に届くのは、多分チトセが俺の魂に触れているからだ。
誰も受け入れないちっぽけな俺の世界。魂と言い換えてもいい。そこに当たり前のようにいる少女に、俺は苦笑を漏らした。
「まあ、話をするのは、な」
「あの時……あなたの魂に飲み込まれようとした時、私はなぜか恐怖を感じませんでした」
「……チトセ」
「しょせん、私たちは従魔と従魔師。魂で繋がることはできても、それは使役するために他ならない。それがこの世界――ソウルサイドの理。ならば、私はそれを否定したい。その理を超えたいのです」
「……わりい。言ってる意味よく分かんねえんだけど」
そう言って、俺はポリポリと頭をかいた。そんな俺にチトセはふっと笑みをこぼして、俺に向けて手を差し出した。
「あなたと共に、強くなりたいということです」
「――あいよ」
チトセの小さな手を、俺は少しだけ強く握った。
@@@
巨大な暗闇がチトセと俺を飲み込んでいた。
魂の波光が肥大しながらも、チトセの意識に同調する。やがて、それは形を成しながら、俺とチトセを鏡張りの部屋の中に引き戻していく。
「へえ。ぎこちないけど、見える。それがあんたのソウルインフ」
無表情のまま、エレナが言葉を発する。距離をとりながらも、気を抜けば次の瞬間にはやられてしまいかねないので、俺はエレナの一挙手一投足から目を離さなかった。気を抜けば、胸の中で疼く得体の知れない痛みに呑まれてしまいそうだった。
この痛みは、王に謁見した時、匣のリミッタ―を外された時のあの強烈な痛みに似ていた。あの時ほど痛みは強烈ではないものの、それは確実に俺の意識まで浸食しそうなほど厄介なものだった。
「これで、あんたもステージ2ってわけね」
「……ステージ2?」
「知らないの。従魔と従魔師は、シンクロの強さによってステージが存在するの。ソウルインフを発現できるのはステージ2の最低条件」
「俺の……ソウルインフ……」
呟いて、俺は振り返った。しかし、自分のソウルインフを確認することはできなかった。その代りに、暗闇のカーテンに包まれたチトセの姿が目に映る。いつもより格段に重厚な暗闇のカーテンは、突風にあおられる様にはためいたかと思えば、縮み上がって、また、はためく。
不安定でおぼつかない魂の波光を身にまとうチトセの額を一筋の汗が伝い、落ちた。
「そう長い時間持ちそうにありません」
俺と目が合うと、チトセは喘ぐように声を出した。
「2,3分が限度といったところです」
わざわざ言われなくても、胸の中を這いずる痛みは徐々に大きくなっていた。
「……じゃ、カップラーメンにお湯――」
「御託は時間の無駄です」
「……あいよ」