第十二話「ステージ2(前編)」
「強くなることに躊躇するなんてあなたらしくありませんね、プレーンヨーグルト。クールな男が聞いて呆れます」
「バカ野郎。この前のこともう忘れたのかよ。今度は無事に済む保証なんてどこにも――」
「――約束。忘れたわけではないでしょう?」
そう言って、チトセは滅多に見せない微笑みを俺に向けた。その微笑みは、俺の取るに足らない不安を溶かして、俺にあの時と同じ答えを引っ張り出させた。
「……とーぜんだろ」
クールな台詞で、ほくそ笑む。不安も恐怖も、後ろ向きなものすべてに振り返らずに、ただ前しか見ていないこいつは、多分馬鹿に違いない。
第十二話「ステージ2(前編)」
「これ、最終警告ね。王を侮辱したこと取り消すなら、ここで許してあげるけど?」
「侮辱などしていません。事実を述べただけです。それでムキになってるあなたの方こそ、図星だという証拠では?」
エレナの最終警告にあくまで挑発をかまし切り返すチトセ。そんなチトセに、エレナは「そう」と言葉を返し、その顔から表情を消した。
魂を解放したわけでもなく、ただその場に佇んでいるだけなのに、明らかに場の空気が変わった。ビキニ姿で堂々と外を出歩く変質者に言いたくないが、やはりこの女は只者じゃない。いろんな意味でも。
エレナと数メートル距離を置いて対峙する俺とチトセ。チトセのピアスから漏れ出る暗闇がチトセの体を這っていく。
――極限まで張りつめた空気が、わずかな俺の動きに反応して弾ける。俺が二丁拳銃を召喚すると同時に、エレナは鏡張りの地面を蹴り、一直線に俺達との間合いを詰めてきた。……てか、進行方向もろチトセだ。
「てめえの相手はこの俺だ!」
そう叫んで、俺はチトセの前に立って、エレナに照準を合わせる。まっすぐに突っ込んでくるなんて、狙い打ってくださいと言われてるようなもんだ。遠慮なく、俺は引き金を引いた。瞬間、図ったようにエレナは反復横飛びで俺の攻撃をことごとくかわしていく。って、マジかよ。
「確かに従魔師同士の決闘は、従魔師に手を出しちゃダメってのが原則だけどね」
一発も被弾せず、エレナは俺の横をすり抜けながら、声を出す。
「私、自魂師だから」
「チトセ!」
エレナの動きを追って振り返った時には、エレナはすでにチトセとの距離を潰していた。とっさに拳銃を構えながらも、射程内にチトセがいることが俺を躊躇させる。その一瞬の間に、チトセの体が宙を舞った。
「くそ!」
追撃しようとするエレナに向け、銃を連射する。鏡張りの部屋のせいで、こちらの動きはばればれだ。振り返りもせず、エレナは横に跳び俺の攻撃をかわす。その間に懐にしょうていを受けて吹っ飛んだチトセが、鈍い音とともに鏡の上に叩きつけられた。
「おい! 大丈夫か、チトセ!」
すかさずチトセの元に駆け寄り、倒れたチトセを抱き起こす。苦悶の表情を浮かべながら、チトセが苦しそうにせき込む。今まで幾度となく決闘や実戦を重ねてきたが、チトセに敵の攻撃が及ぶのはこれが初めてのことだった。
「野郎……」
「実戦じゃ、従魔師は常に敵に狙われるわよ。だって、従魔師殺せば、従魔は何もできないもの。それに、従魔師って、従魔に比べて極端に戦闘能力低いのよ。普段、従魔に頼り切ってるし、何より自分の魂は具現化できないから」
「んなこた分かってんよ! 俺がこいつ守ればいいだけの話だ!」
「いやいや、守れてないから言ってんの」
「ぐぅ……」
悔しいがエレナの言うとおりだったので反論できなかった。今までは、なんて言ってみたところで、無意味なことは分かってる。こいつ相手に、これまでの実戦経験なんてまるで役に立ちはしない。
「一人じゃ自分の魂を扱えない不完全な存在。それが私たちだった。元々、未来のなかった私たちを拾い上げてくれたのが、他でもない王なのよ。自分たちの無力と同時に、あんたらは王の偉大さを身をもって知るべきね」
「……聞いて呆れますね」
今まで黙っていたチトセが、そう言葉を漏らして、体を起こした。
「なんですって?」
「聞いて呆れる、と言ったんです。あなたのしている行為はただの自己満足です。それで自分を満たすのは勝手ですが、そんなくだらない持論に私たちを巻き込まないでもらえます?」
「……」
俺は何も言わずチトセを見守った。口元を緩め、歪んだ笑みを相手に向けるチトセ。その表情は相手を貶める際に形作られる無意識の魔性だ。一発きついの入れられたんで、相当キテるな、こりゃ。
「忠誠は他人が無理強いするものではないでしょう。強制された忠誠など、その辺のゴミと一緒でポイ捨てされるのが関の山です。大体、王が私たちにそれを望んでるのですか? だとしたら、人間の器が知れるというものですね。いちいち代価を求めてくるようなちまちました人間についていく人は誰もいませんよ。まあ、猿の時点で問題外ですけど? そもそも秘書がいちいち王の偉大さを力づくで説こうとすること自体馬鹿げて――」
「これ以上のおしゃべりはどうやら無駄ね」
そう呟いた直後、オレンジ色の輝きが、エレナの体から発光した。オレンジの光は、鏡に反射して部屋中をまばゆい光で包みこむ。同時に、俺はチトセを脇に抱えて、背後に飛びのき、エレナから距離をとった。
「……お前な。俺達の立場分かってんのか。こうなる前にキツイ一発かまそうって俺の算段見事にぶち壊しやがって」
「あなたごときの算段が通じる相手ではないでしょう」
「……」
……キツイなこいつ。
「どうせこうなるなら、少しでもこちらのペースに乗せておきたかっただけです。それよりも、あれをやりますよ。準備はいいですか」
「あれって――」
「この状況で察っせないとはやはり馬鹿」
「ちげえよ! 今のはまさかでつなげようとしてたんだよ! お前の中の俺はどこまで馬鹿なんだ、こら!」
「そんなことはどうでも」
「よくねえ!」
一通り言い合った後に、俺たちは黙り込んだ。分かってる。このやり取りも、この先に待ち受けている不安を先延ばしにする行為でしかない。
肥大し続けるエレナの魂の波光が徐々に落ち着きを取り戻し、エレナの魂の型を彩る。その様子と向かい合いながら、先にチトセが声を出した。
「何を恐れているのですか?」
チトセの言葉に、俺は黙ってチトセに目を留めた。
「言っときますけど、それがあの女に対してのものではないのなら、余計なお世話です」
「……チトセ」
「強くなることに躊躇するなんてあなたらしくありませんね、プレーンヨーグルト。クールな男が聞いて呆れます」
「バカ野郎。この前のこともう忘れたのかよ。今度は無事に済む保証なんてどこにも――」
「――約束。忘れたわけではないでしょう?」
そう言って、チトセは滅多に見せない微笑みを俺に向けた。その微笑みは、俺の取るに足らない不安を溶かして、俺にあの時と同じ答えを引っ張り出させた。
「……とーぜんだろ」
クールな台詞で、ほくそ笑む。不安も恐怖も、後ろ向きなものすべてに振り返らずに、ただ前しか見ていないこいつは、多分馬鹿に違いない。
あの頃と全く変わらないチトセの眼差しに、俺の覚悟は決まった。
「プレーンヨーグルト。シンクロする前に一ついいですか?」
「? なんだよ」
「先程言っていたあなたの言葉がどうも引っかかってまして。俺がこいつ守ればいいだけの話だ。って、とこです。私がいつあなたに守ってもらいました? 従魔の分際でナイト気取りとはいい気なものですね」
大勝負の前に、そんな気の萎えることを言い出すチトセ。に、俺は切実に訴えてやった。
「……空気読んでもの言え」