第十一話「自魂師(じこんし)」
ネイティブ、カタワレ、ソウルサイド、従魔、従魔師、自魂師。この世界の理。
そんなことより、俺にとっちゃ目の前の決闘をいかにしてクールに勝つか。そっちのほうが重要だ。
第十一話「自魂師」
そういえばすっかり忘れていたことだが、王の正体をチトセが写真週刊誌にリークしてから、王の使い魔の伝書鳩が来ていた。再三我が家の窓をつついていた辛抱強い伝書鳩も、一週間ほど無視するとぱったり来なくなったので、俺もすっかり忘れていた。
というか、エレナが王の秘書だと名乗った時点で「王の正体騒動」を連想するべきだった。すっかり忘れてしまうぐらい、ただのスキャンダルで済むことだと思っていたことが、世界崩壊の引き金と来たもんだ。エレナがドアを蹴破るのも分かる気がする。
が、それがクールな男をコケにしていい理由にはならない。もっとも、俺よりチトセの方が、一方的に襲われたことを根に持っていたらしい。開き直ると同時に、自分の罪を他人に転嫁し、王をボロクソにけなし、挑発しの三連コンボ。開き直り方も並じゃないのだ、この従魔師は。
「プレーンヨーグルト。分かっているとは思いますが、今のままではどうひっくり返っても、私たちはあの女には勝てません」
「……それが自分から喧嘩売っといて言う台詞か」
ファミレスを出た俺たちは、セントラルパーク闘武場を目指し、歩いていた。あそこならいくら暴れても大丈夫だろうし邪魔も入らない、おまけに、俺たちを片付けた後もボタン一つで医師が飛んでくるので一石三鳥、なんて舐めたことをエレナが言い出した。もちろん前二つの意見だけに納得し、俺たちはエレナについて歩いている。
「あの時、あなたが不意打ちを食らいもたついている間に、あの女はいつでも私を殺すことができました。あの女が言うようにあの時はただの腕試し。あの女は全く本気ではありませんでした。それは、直接手を合わせたあなたが身に染みて感じたはずです」
しゃくな話だが、チトセの言葉に間違いはなかった。俺は数メートル前を堂々とビキニ姿で歩く、ふざけた女に目を向けて舌打ちをした。
「あの女はどうやら自魂師のようです。つまり、私達より明らかな格上なのです」
「……じこんし? なんだ、それ」
「知ってますけど、言わせてください。この、馬鹿野郎」
「知ってんなら一生胸に秘めてろ、チクショウ」
チトセの痛烈な一言に言い返す術もなく、言葉を返す。そんな俺にチトセは何事もなかったように声を出した。
「自らの魂を師すると書いて、自魂師。自魂師とは従魔師の上に属する職業なのです」
チトセの言葉に、俺はぽりぽりと頭を掻いて、言葉を発した。
「えっと……もう少し分かりやすく――」
「では馬鹿にも分かるように説明します」
「ありがとよ、チクショー」
「従魔、従魔師、自魂師、カタワレと呼ばれる私たち――」
チトセの言葉の途中で、俺はぽりぽりと頭を掻いて声を出した。
「……悪ぃ。カタワレって――?」
「では、救いようのない無知な馬鹿にも分かるように説明します」
「……ありがとよ、コンチクショウ」
無表情でけなされるってのは、どうよ。
「この世界には大きく分けて二つの人種が存在します。一つはネイティブ、一つはカタワレ。ネイティブとは元々この世界に存在する人達のことです。そして、カタワレとはこことは別の世界から運ばれてきた人達。つまり、我々のことを指します。
カタワレとは、こことは違う世界、俗に言われる現世で死した魂の通称です。現世で死んだ魂はこの世界、ソウルサイドに運ばれ、再生されます。ですが全ての魂がソウルサイドに運ばれるわけではありません。ソウルサイドに運ばれるのは善良な魂のみで、それ以外の魂は全て虚無の空間に運ばれます。
世界の仕組みについてはどうせ話してもあなたは忘れますから、今詳しくは話しません。それで、本題はここからです。
我々、カタワレと呼ばれる人種は、三つの職業に分かれ、世界に従事しています。すなわち、従魔、従魔師、自魂師です。
この三つの並びは、そのまま階級順と考えてください。ただし、自魂師だけは特別なのです。なぜなら、転生を拒み、この世界に残った者。それが自魂師だからです。
つまり、我々カタワレは、魂となってソウルサイドに運ばれた後、再び現世に転生するために、従魔師としてこの世界で負の魂を999命保護します。それがこの世界の理。ですが、999命の負の魂を保護した後も、転生せずに、この世界に留まる従魔師が稀に存在します。それが自魂師なのです。
――分かりましたか?」
「分かりま千円」
理解できなかったことを分かりやすく表現してみたら、ひどい目に遭った。そして、気を取り直して、チトセが声を出した。
「自魂師の最大の強みは、自らの魂を扱えることです。従魔のように従魔師とシンクロしなくても、己の魂を具現化できる。何より、実戦経験の差は私達と比べ物になりません。ですが、これだけの相手と手を合わせる機会は滅多にありませんので」
「聞いてて分かったのは、お前が怖いもの知らずってことだけだが」
「ビビったなら、帰っていいですよ」
「んな後が怖い真似誰がするか。ってか、クールな男に逃げはねえ。ただ、一つ気になることがあんだけど、いいか」
「まだ質問があるとは、天晴れな馬鹿ですね」
「ちげえよ」
チトセの言葉に声を被せて、否定する。そんな俺に、チトセは横目で俺をちらりと見てから、目を逸らした。俺は一つ息を吐いて、言葉を発する。
「お前、なに焦ってんだ?」
「何のことですか」
「いつものお前なら、勝ち目のねえ喧嘩をふっかけることなんてまずしねえだろ。でも、お前の口から勝ちに結びつく言葉は一つも出てこねえ。それどころか、勝ち目がねえなんて言って、敵の脅威を長々と語ってやがる」
「あなたが聞いてきたのでしょう、この馬鹿」
「おあぎゃー! ち、ちが! そういうことじゃなくて、ぎゃー!」
一通り地面をのた打ち回った後、俺は気を取り直して声を出した。
「らしくねえって言ってんだよ。いつものお前なら、俺の質問なんて無視して相手が誰でも勝てばいいってノリだろ。でも、今のお前のノリは負けて当たり前って感じだ。俺の質問に答えてんのも、負けの言い訳してるようにしか見えなかったぜ。
つまり、今のお前とじゃ、あの女に勝てる気がこれっぽっちもしねえって事だ。頭冷やせ」
「無意味な説教をどうも。ですが頭を冷やすのはあなたの方です。最初から、この喧嘩(決闘)の目的は勝つことではなく、今より強くなることなのですから」
「なんだそりゃ。負けても強くなれればいい? クールじゃねえにも程があんだろ。負けるつもりで得られる力なんてクソの役にも立たねえよ。頭冷やせ、馬鹿」
「馬鹿に馬鹿と言われる筋合いなどありません」
チトセの言葉とともに、俺の体を電流が駆け巡った。三度地面をのた打ち回る俺を振り返り、エレナは余裕で俺達に声をかけた。
「ねえ。さっきからなんかもめてるみたいだけど、あんたが王を侮辱したこと取り消せば、許してあげるけど?」
そう言って、チトセを指差すエレナ。チトセは無言でエレナを睨んでから、早足にエレナの横を素通りして行った。
「私の厚意は願い下げ、か。随分嫌われちゃったな。ま、いいけど」
「……馬鹿野郎」
地面にひっくり返ったまま、俺はチトセの背中に呟いた。
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さすが王の秘書、とここは感心するところか。当然のことながら、気兼ねなくビキニ姿でセントラルパークに入ろうとしたエレナは、正面ゲートで係員に引き止められた。が、制止に入ってきた係員二人は、エレナの顔を見て、すぐに「失礼しました!」と深々と頭を下げ、中に入れてしまった。顔パスだ。
さて、闘武場の一室に入った俺達は、決闘をする前にこなさなければならないイベントを抱えていた。もっとも、チトセが入室して迷いなく非常ボタンを押すのを見るまで、俺もすっかり忘れていた。
非常ボタンを押して十秒後「どーした、どーしたぁ!」とやかましい声を出しながらヘンリーナがすっ飛んできた。本来ならば外れであるが、この場合は当たりだ。チトセはヘンリーナが部屋に入ってくると、すかさず俺とシンクロし、俺に銃を召喚するよう命じた。
ヘンリーナがこちらに慌しく駆け寄ってくる。チトセが、俺の手から銃を奪い取り、背中に隠す。ヘンリーナがチトセに気付き、馴れ馴れしく手を振る。チトセも手を振ってみせる。ヘンリーナの鼻息が荒くなる。チトセもヘンリーナの元へ歩いていく。
俺とエレナは、各々事の成り行きを黙って見守った。
二人が部屋の中央で対峙した。
「いよお! この前は大変だったなあ! もう平気なのかい嬢ちゃん!」
「ええ、おかげ様で。その節は大変お世話になったそうですね。是非お礼を受け取ってもらいたいのですが、よろしいですか?」
「ははは、よせやぃ! ワシは医者として当然のことをしたまでだぜ!」
「そう言わずに受け取ってください。ほんの気持ちですから」
「そうかい? そこまで言われちゃ仕方ねえ! だが、嬢ちゃん。ワシに惚れちゃいけねえぜ? なんてなあ!」
ご機嫌で下品な笑い声を上げるヘンリーナに、チトセはクスリとも笑わずに、背中に隠した銃を突きつけた。股間に。
「ご機嫌よう、クソオヤジ」
「ほぎゃあ!」
乾いた銃声と悲鳴が絡まって部屋の中に反響した。そして、そこには股間を押さえた惨めな変死体が一つ。弾は抜いておいたが、俺の銃は魂の波動を直接打ち込める代物だ。弾がない分威力は軽減されるが、ゼロ距離で急所を打たれれば……見ての通りだ。
時折、ぴくぴくと体を痙攣させ気絶したヘンリーナ。因果応報というには、あまりにも酷だ。俺は何も言わず、非常ボタンを押してやった。
「あの子、Sね……」
エレナが、まるで同情するように俺の耳元でそっと呟いた。