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第十話「崩壊の引き金」


 連戦連勝。常勝無敗。喧嘩(決闘)負けなしのこの俺の本領発揮はここからだ――って感じでいい具合にやる気になっていたのだが。


「なーにをやってんだ! ワン!」


 もう、当然のように人の喧嘩に水をさす、人語を解すブルドッグが俺たちの間に堂々と割って入ってきた。その場に張り詰めていた緊張の糸が切れた。白けた。空気読め、ワン公。


「……いや、またあんたかよ。つーか、何であんたがこんなとこにいんだ」


「そりゃ、こっちの台詞だワン! 心配して来てみりゃ、またお前か、P・Y!」


「そんで、チトセもな。毎回あんた叱るの俺だけだろ、チトセも叱れ、ひいきすんな。……ついでに、帰れ、いいとこなんだよ(小声)」


 ふっさんから顔を逸らし、ぼりぼり頭をかいて苛立ちながら声を出す。と、ふっさんは無言で俺に体当たり頭突きを食らわした。股間に。


「ほぎゃあ!」


「半人前が生意気言うな! ワォン!」


 俺の悲鳴に、チトセがプッと吹き出して、シンクロを解いた。自称王の秘書は、退屈そうに欠伸をかまし、ふっさんはワンワン吼え立てる。


そんな感じで、俺の見せ場は犬に持ってかれた。







第十話「崩壊の引き金」








「単刀直入に言うと、今テレビで話題沸騰な王の正体騒動は、事実。つまり、今の王はお猿なわけよ。それは、あんたらが一番よく知ってんでしょ?」


「それで単刀直入のつもりか、この野郎。俺たちを襲った理由から、あんたの素性まで何一つ明らかになってねえよ」


 俺の言葉に、自称王の秘書、もといエレナは何も言わず、小指で耳をほじり、耳クソをフッと吹いた。三度目だ。仏の顔も三度までだ、この野郎。


「てめえ、今すぐ表出ろ! 決着つけてやるっ!」


「待て、P・Y。お前はいちいちエレナさんに突っかかるんじゃない。落ち着いて話ができんだろ。エレナさんもいちいちこいつ挑発しないで頂きたい」


 ふっさんの言葉にエレナは気兼ねなく言葉を発した。


「だって、いちいちリアクションが面白いんだもん」


「馬鹿にしてんのか、こら!」


「うん」


「肯定すんな!」


「いい加減にしとかんと店から追い出されるぞ、お前ら」


 ふっさんのその言葉に、俺は我に返って店内を見回した。近所のファミレスの窓際隅のテーブル席を陣取った俺たちに、他の客がみんな白い目をして注目していた。ウエイトレスのお姉さんに至っては、他の客の注文をとりながら、あからさまに舌打ちを残して店の奥に消えていく。


 あの後、ふっさんの口から、この女が本当に王の秘書らしいことを聞いた。とにかく、王の秘書が何故俺たちを襲うのか、俺たちに何の用なのか、ふっさんが何故家に来たのか、現状分からない事だらけで説明を求める俺たちに、エレナは「いや、人の話聞こうとしなかったのあんたらでしょ」とのたまり、また一悶着。


 そんでもって「じゃあ、ファミレス行こう。そこで話すよ」というエレナの言葉が尊重され、今俺たちはここにいるというわけだ。ふっさんは一旦従専に来てくれと申し出ていたがエレナは「嫌」の一言で却下。やはり、立場的に王の秘書の方が一介の教師より上ということか。とにかく、ふっさんの態度から、半信半疑ながらエレナが王の秘書であるらしいことを理解する。なんでファミレスだよ、という俺の突っ込みには「なんとなく」と答えが返ってきた。どんだけアバウトなんだ、この女。


 とにかく、エレナにやられた傷に応急処置をし、俺たちは近所のファミレスに入った。ペットは入れませんと、ふっさんは入店を拒まれた。全員吹き出した。このやり取りが見たかったと、本人の前で言ってのける王の秘書。面白かったから許す。結局、ふっさんは入店できずに、店の外で窓から顔だけ出している。それだけでもウエイトレスのお姉さんは嫌な顔をしていたが、ビキニ姿のエレナを目の当たりにした時点で、その顔はすでに引きつっていた。


「とにかく、じゃあ、分かるように説明してくれよ。こっちは襲われて家壊された挙句、怪我までしてんだからな。ここに大人しくついてきてやってるってだけでも、譲歩してんだ」


「ごめんね、怪我させて。あの程度の不意打ちにやられるほど君が弱っちいなんて知らなかったの。腕試ししといて正解だったね」


「んだ、こぎゃー!」


 エレナの言葉にまた怒鳴ろうとした俺の体に電流が走った。そして、隣で仰け反りながら悲鳴を上げる俺を無視して、チトセが声を出した。


「少し黙っていなさい、プレーンヨーグルト。エレナさんと言いましたね。腕試しというのはどういう意味ですか」


「そのままの意味だよ」


 エレナの答えに、さすがのチトセも眉根を寄せた。そして、窓から顔を出しているふっさん、もっと詳しく説明するなら、外から窓までよじ登り、半身だけ窓に乗り出しているふっさんが、声を出した。


「このままではらちがあかんので、俺から話す。先ほど、上の方からお前たちに初任務の指令が来たのだ。そして、その報告の中で、なにやら王の秘書、つまりエレナさんが、ちょっと散歩に行ってくる、と言って出て行ったので後始末は頼んだと面倒ごとを押し付けられた。説明すると、エレナさんは新人従魔師にちょっかいを出す悪い癖があってな。初任務を迎える前の新人従魔師に毎回腕試しをするんだ」


「不意打ちで腕試しかよ。ふざけやがって」


「じゃあ、自己紹介した後にやればよかった? 任務で敵に不意打ちされて卑怯だって文句垂れてる間に殺されるタイプだね、あんた」


「プライベートタイムに味方に襲われて文句垂れねえ奴いるかよ!」


「いないね」


 エレナに襲い掛かろうとする俺をチトセが止めるこの図はもうお約束なので、あえて省略する。しかし、ふっさんのおかげで現状は把握できた。つまり、ただの災難だったというわけだ。ふざけんな。


「では、ようやく私たちに任務が来たのですね」


 全ての災難を無視して、チトセが話を前に持っていった。仕方なく、俺は隣で黙っている。すると、エレナが声を出した。


「ちょっと、待って。その前にあんたたちは自分たちのした事の重大さを知らなきゃダメでしょ。なんか、自覚してないみたいだけど。まあ、そのために私が来たんだからいいけどね」


「何の話だよ」


 エレナのわけの分からない言葉に、俺は苛立ちながら声を返した。しかし、隣でチトセは向かいに座るエレナを見つめ「王の正体騒動のことですか」と言葉を発した。


「やっぱり、あんたは優秀ね。間抜けな赤点従魔の従魔師にしとくのもったいないぐらい」


「その減らず口叩けなくしてやろうか」


 俺は拳を鳴らしながら、エレナを睨んだ。もちろん、チトセに止められるので飛び掛りはしない。しかし、エレナは俺に目をやった後に、なにを言うでもなく目を逸らした。いちいち馬鹿にされているような気がするのは決して気のせいではない。女を本気で殴ってやりたいと思ったのは、初めてだ。


「王の正体騒動とこの二人と何か関係が?」


 話の腰を戻すように声を出す、ふっさん。やばい。そういえば、ふっさんは何も知らないのだ。が、こちらの事情を無視して、エレナはアッサリ言った。


「王の正体を写真週刊誌にリークしたのこの二人なの」


「……空気読め、お前」


 まあ、隠し通せるとも思っていなかったが。そんで、ふっさんは、ああ。あまりのショックに気を失って落下した。俺たちのしでかしたことが大事だって事を分かりやすく表現してくれたわけだ。


「あーあ。藤丸さん、よっぽどショックだったのね。あんたらのせいだよ」


「直接手を下したのあんただろ」


「つまり、あなたがここにいるのはただの腕試しのためだけではないのですね」


 俺たち二人をよそに、一人チトセが冷静に声を出した。


「制裁にでも来たのですか?」


「まさか。なら、とっくにあんたらのこと始末してるよ。王は寛大な人だから、その件に関してはあんたらにお咎めなし。今日来たのはあくまで私情ね。王の恩恵を受けといて、そのことに気付きもせずにそれを仇で返すような馬鹿。これ、誰のことか分かる?」


「寛大な人ではなく、寛大な猿の間違いでしょう」


 軽い口調で明らかに喧嘩を売っているエレナに、チトセが無表情で切り返す。なんか、俺だけ空気に乗り遅れた感じで、二人のやり取りを見守るしかない。


「じゃあ、自覚しといて。あんたらが世界崩壊の引き金を引いたってこと」


「私たちは真実を白日の元に晒しただけです」


 私たちって、ああ。いつの間にか俺も共犯ってワケか。リークしたのはチトセの独断なのだが。ってか、世界崩壊ってオイ。


「全ての物事には意味があるの。もちろん、長年王が表に顔を出してこなかったことにも意味がある。世界の秩序を守るって意味がね。でも、何も知らずにあんたらがそれを壊した。ただの好奇心だって幼稚な答えじゃ事態は済まされない。今、世界は崩壊に向かって動き出してるの」


「……なんの冗談だ?」


「冗談じゃないわよ」


 たまりかねて発した俺の言葉を、あっさりと否定するエレナ。言葉の重みと態度が全くミスマッチだ。冗談にしか受け取れない。


「世界は今安定してる。でも、それは王がいて初めて成立する平和。つまり、今の安寧は王の絶対的な力がもたらしているものよ。力による統制は、力がなくなれば瓦解する。今は影を潜めてるけど、世界には王を敵視する危険な志向を持った抵抗勢力が存在する。あんたらは世界中に散るその抵抗勢力に、王が力を失くしたって事を盛大にアピールしたのよ。メディアを通じてね」


「ちょっと、待ってください。王は元々猿ではないのですか。力を失くしたというのはどういうことですか」


「王の正体があんなお猿なわけないでしょ。私も、お猿な王しか見たことないけどね。なんか、ずっと昔に呪いにかかったらしいわ。それで、力と容姿を失ってお猿にされた。王が表に顔を出さなくなったのは、それが原因ね。力を失くしたことが知られたら、抵抗勢力の格好の的だもの」


「おい。それって……まずいんじゃねえのか」


「そうだよ。世間にはニュースで流してないけど、もう世界は荒れ始めてる」


「……なら、もっと深刻そうに話せ」


「堅苦しいこと堅苦しく話すの苦手なの」


 エレナの言葉に、俺は閉口した。この女に緊張感というものはないらしい。なんか、第一印象から連想される性格と全然違うな、この女。


「それで、世界崩壊の引き金とやらを引いた私たちに責任を取れということですか」


 チトセが、淡々と言葉を発した。微塵も責任を感じてない口ぶりだ。ってか、やっぱ俺も込みなのな。


「だから、ここにいるのは私情だって言ってるでしょ? 王はこの件であんたらを咎めるつもりはないの。ただ、引き金を引いたあんたらが何も知らないってのは罪でしょ。まあ、あんたらみたいな新人に世界の責任が取れるなんてこっちも思ってないから安心して」


「安心しろですって? 馬鹿馬鹿しい。そもそも、あなたの言ってることは最初からずれてます。世界崩壊の引き金なんてもの、私たちが引く前にすでにあなた方が引いてるも同然じゃないですか。あなた方は王を隠し立てして、問題を先延ばししていただけでしょう。呪いか何か知りませんが、王たる者がそんなことで力を失くすとは笑い話にもなりません。そもそも世界の平和のために表に顔を出さないのではなく、間抜けな姿を世界に晒したくなかっただけなのではないですか。でも、残念。私がこの手で晒してやりましたけどね。これで、笑い話になりました。よかったですね」


「……とことん王を蔑んでるな、お前」


 チトセの言葉に、俺は呆れて突っ込みを入れた。開き直ったこいつに適う者はおそらく誰もいないだろう。


 チトセの言葉を黙って聞いていたエレナは、相変わらず軽い調子で言葉を発した。


「ま、どう思おうがそちらの自由だけど、王は寛大で立派な人格者よ。――で、私は今ここに私情で来てる。言ってる意味分かる?」


「あら。私たちの始末はしないんじゃありませんでしたの、ミス、エレナ」


「あんたが王を侮辱するまではね」


 いつの間にか険悪ムードぷんぷんの中でにらみ合う二人。なんか、話がまたややこしい方向に流れているが、俺にしてみれば願ったり叶ったりな状況だ。これで、大手を振ってこの女をぶん殴れる。


「じゃあ、場所を変えるわよ。今度は邪魔が入らないように、藤丸さんが寝てる間に済ませてあげるわ」


「望むところです。行きますよプレーンヨーグルト」


 さっさと店内を出て行く二人を見送り、雰囲気に乗り遅れた俺はその場に突っ立ったまま、呟いた。


「支払い、俺持ちかよ……」





















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