第一話「クールな朝」
ジャンルをコメディーからファンタジーに移しました。ご容赦ください。
死ねば楽になる。死ねば楽に……。死んだ後のことなど知りもしないくせに、そう信じて、踏み切りの中に飛び込んだ。
「初めまして、名もなき魂」
そして、彼女と出会った。
そんな、コメディー無視の暗い幕開け。願い下げの物語。でも、この世界を知ったその日から、ここで出会えることを信じた。死後の世界。夢物語。名付け親は悪魔な天使。こんな法外な世界の中なら、俺の夢も叶う確信。
「今から、お前の名はプレーンヨーグルトです」
P・Y。俺を呼ぶなら、そう呼んでくれ。
目の眩む光。耳を裂く轟音。鉄の塊が高速で俺の体を押し潰す。スローモーションで切り取られた世界。別離の瞬間。運転手の青ざめた顔が網膜に残る。少しの罪悪感。後悔はない。この世界に残したものもなにもない。
「さあ、目覚めなさい。プレーンヨーグルト」
ただ、あるとすれば。
「今からあなたは私の従魔です」
この世界を知らなかった俺の無知に対するやり場のない怒りと。
「さっさと言うこと聞かないと、ひどい目に遭わせますよ?」
彼女の面影を宿す、ネーミングセンスゼロの俺の宿主。
「さあ。さっさと目覚めなさい」
とにかく、死んでも楽になれなかった哀れな男の物語。
「いってえええぇっぇえええぇぇ!」
「おはようございます。プレーンヨーグルト」
そんなノリで始まる俺のfairy-tale――……。
第一話「クールな朝」
「朝ですよ、プレーンヨーグルト。今日はあなたが料理当番のはずでしょう。さっさと、起きてください」
「んー……クールな男に料理は似合わねえ……タッチ交代だ……」
気だるい朝。気が済むまで惰眠を貪ることこそ、クールな男の信条だ。
「寝ぼけてないで、さっさと起きてください」
冷ややかな言葉が投下され、同時に俺の体中に電流が走った。
「いっだだだだだだだだだだ、ぎゃー!」
「朝っぱらから、騒がしいですね。クールな男が聞いて呆れます」
「てんめえ、チトセ! その起こし方止めろっつってんだろ! 職権乱用で訴えるぞ、ちくしょう! 後、プレーンヨーグルトって呼ぶな!」
痛みが治まり、飛び起きた俺は、ベッドの上に立ち、チトセに向けて怒鳴りつけた。しかし、チトセは無言で俺から目を逸らし、直後、再び俺は激痛に苛まれベッドから転げ落ちた。
「いっだだだだだだだだだ、ぎゃー!」
「あなたこそ、言葉に気をつけなさい。何様のつもりですか、自称クールガイ」
「ぐ……てめえ、いつか思い知らせてや、ぎゃー! や、止めてー!」
「では、さっさと着替えて朝食の準備をしなさい。今日は王から直々の呼び出しです。遅刻するわけにはいきませんので」
そう言って、感電死寸前の俺を放置して、チトセは俺の部屋を出て行った。
こんな、朝。こんな、日常。俺がクールな男になれる日は、限りなく遠い――。
「あんの、ペチャパイめ……」
捨て台詞の後に、再び流れてきた電流。静かな朝に、俺の絶叫は遠くまでこだました……。
@@@
あまりにも一瞬な出来事の後に、目の前は暗闇に包まれた。そして、女の声が頭の中で響いてきて、その声は「プレーンヨーグルト」だとか「目覚めろ」とかわけの分からないことをほざいていた。無視をして眠っていると、体中を電流が流れたような激痛が駆け巡った。そして、飛び起きた俺の目の前には、知らない少女が立っていた。
「おはようございます。プレーンヨーグルト」
「……誰がプレーンヨーグルトだ、誰が」
少女は言った。今俺が立っているこの真っ白な世界は虚無の空間。魂の徘徊する無法地帯だと。
自ら命を絶ち死んだ人間は、みんな魂となってここに送られるらしい。そして、ここでは魂同士がお互いを食い合い、消滅を免れる。ここでは、魂は他の魂を取り込まなければたちまち消滅してしまう。
だから、と少女は言った。
「私と共に来なさい。私はあなたが気に入りました。このまま消滅させるのは忍びない」
ああ、そうか。そんな風にアッサリ、死んだことを理解している自分がいた。そして、目の前に立つ少女の言葉に疑いを持たなかったのは、紛れもなく少女の言葉が真実だったからなのだろう。まるで魔法でもかけられたように、少女の声は俺の魂を捉えていた。
「俺は、死んだのか?」
「そうです」
「じゃあ、俺を天国にでも連れて行くのか」
「自ら命を投げ捨てた不届き者が、そのようなところに行けると思いますか」
少女の言葉に、俺は思わず口の端を歪めた。
「一つ聞くけど、死後の世界ってのはあるのか」
「ええ。善良な魂の住まう世界です。あなたのような不届き者は、虚無の世界に送られ、消滅するまで魂を食らい合う。しかし、私と来ればその無限の苦痛から解放されます。もっとも、あなたが消滅することを望むなら、私と来ることは苦痛でしかありません」
少女の相変わらずの無表情な顔はつまらなかったけど、この状況はかなり笑えた。不届き者と蔑みながら、俺を誘う少女。しかも、理想的な展開まで用意してくれると来れば笑いは止まりそうになかった。
「では、行きましょうか。私の手を取りなさい、プレーンヨーグルト」
「だから、誰がプレーンヨーグルトだ」
「あなたの名です。気に入りましたか」
「却下――いぎゃー! いだだだだだだ、ぎゃー!」
「言い忘れましたが、私はあなたの宿主となります。あなたは私に逆らえません。逆らうと、死なない程度の電流があなたを襲いますから」
「な、なんだ、そりゃ!?」
「では、行きましょうか」
そう言って、少女は小さな手を俺に差し出した。
@@@
「ったく、休みの日くらいゆっくり寝させろよな。王だかなんだか知らねーけどよ」
俺の名はP・Y。従魔としてそこそこ名の知れた、クールな男だ。ちなみに歳は昨日でちょうど一歳になったばっかだが、別にバブーってワケじゃない。ここじゃ従魔として過ごした時間が、そのまま年齢として取られるわけだ。人間だった頃の俺は十六歳だったらしく、姿形は当時のまま。もっとも、従魔に生前の記憶は与えられないので、俺がどんな人間だったかは分からない。まあ、今ここにクールな男がいるって事で万事解決。クールな男はいちいち過去にはこだわらない。
「王はこの世界を統治する偉大なお方です。いちプレーンヨーグルトごときが、その方に謁見を賜るだけでもありがたく思いなさい」
そして、毒を吐いてるこいつが俺の宿主、名はチトセ。宿主、つまりご主人様みたいなもんだ。なりは少女(ちなみに生前年齢は十三歳らしい)だが、この世界で三年過ごしているだけに、精神年齢は生前の俺とタメだ。しかし、タメとは思えないほど大っぴらに偉そうなこいつは、実際俺より偉いので始末が悪い。
いきなりのカミングアウトだが、俺の野望はこいつの呪縛から抜け出すことだ。クールな男は何者にも縛られない。そうだろ? が、こいつの従魔になってからというもの、ことごとく逃亡を試みた結果、俺は今こうしてキッチンに立ち、料理当番を忠実にこなしている。
電流が首輪代わり。これはもうペットの範疇を超えた、いわゆる隷属。クールじゃないにも程がある。
「朝食を済ませたら、すぐに王城へ向かいます。くれぐれも粗相のないように」
「そう思うなら、ところ構わず電流流してくんじゃねーよ。お前の言う粗相の大半がそれじゃねーか。後、プレーンヨーグルト言うな」
「私のネーミングに不満でも?」
「あぎゃああああああ! だから、止め……止めてー!」
「プレーンヨーグルトは素晴らしい名前ですと言えば許してあげます」
「なんでプレーンヨーグルトにそこまでこだわんだよおぉ!」
「決まってるでしょう。好きだからです」
「てめえの嗜好なんざ知るかっ! あぎゃー!」
「早く言わないとほんとに死にますよ?」
いつか……。いつか絶対、こいつの元から逃げ出してやる。そう心に誓いながら、俺は己のプライドを投げ捨てた……。
「プ、プレーンヨーグルトは素晴らしい名前です……」