Turn3 行峰フェイズ(1)
『リサイクル』の襲撃を受けた翌日。つまり僕が高校に入学して二日目の朝。
僕は再び通学路を自転車で走っていた。ただし昨日とは違い、かなり憂鬱な気分でだ。
何しろ昨日は色々なことが起こりすぎた。返崎さんとの出会いと、彼女の意味不明な言動。そして、一年ぶりの『リサイクル』の出現。
そして、返崎さんが『リサイクル』に関わっているという事実が明らかになった。
それらの出来事が一気に襲いかかったためか、昨日の夜は風呂に入ってベッドに横たわった直後に眠りについてしまった。起きた後も、体のだるさは取れていない。その体を引きずりながら学校に向かっているわけだが、僕の気分が沈んでいる理由は他にもある。
昨日のクラスメイトの反応から見て、入学早々僕と返崎さんが悪い意味で目立ったのは明白だろう。もしかしたら、今日もまだ噂になっている可能性もある。
『リサイクル』を追うのも重要だが、僕としてもやはり高校生活を充実させたいという気持ちはある。とにかく、返崎さんとはしばらく距離を取った方がいいかもしれない。あの様子だと、『リサイクル』について聞き出せそうにないし。
まずはクラスの皆の誤解を解こう。それから彼女の様子を見て、どうやって『リサイクル』について聞き出せるか考えよう。
そう考えているうちに学校が見えてきた。ここから僕の高校生活を仕切り直すんだ。
だがそんな僕の決意は、見事に打ち砕かれた。
「おはようございます、義堂さん」
……教室の入り口で三つ指をついて僕を出迎えた、返崎さんによって。
「本日もよい天気となりました。罪人である私ではございますが、是非とも義堂さんのお力になれるように努力しますので、どうかよろしくお願いいたします」
「……」
クラスメイトが唖然としている。僕も唖然としている。
……えっと、何これ?
しかし僕が疑問を口に出す前に、返崎さんは立ち上がって次の行動に移っていた。
「では義堂さん、お席までご案内いたします」
そして、僕の席を手で指し示す。
「いやいやいや、知ってるから! 昨日もここに来たから!」
「ああっ、申し訳ありません! 私はまた罪を重ねてしまいました! ではせめて、せめて鞄をお持ちいたします!」
「いやいや大丈夫だから! ここから僕の席まで5mも無いから!」
「も、申し訳ありません! 私の考えが至りませんでした!」
返崎さんは僕の指摘を受ける度に、ペコペコと頭を下げて平謝りしてくる。
……つ、疲れるなこれは。朝一番でこのテンションか……
そもそも彼女はどういうつもりなんだろう。僕の前で死ぬのが目的じゃ無かったのか?
「あのさ、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょうか。何なりとお申し付けください」
「……うん、とりあえずさ、さっきから何をしているのこれ?」
僕の質問に、返崎さんはキョトンとした顔をする。
「あの、やはり私に至らない点が?」
「いやそうじゃなくて! なんで僕を出迎えたり、鞄を持って行こうとするの!? 旅館なのここは!?」
「ああっ! 申し訳ありません! 私は、大罪人である私は、少しでも義堂さんへの償いをしたいと考えた末、微力ながら身の回りのお世話をしようと思いついたのです!」
「は、はあ?」
な、何を言っているんだ彼女は。いつのまにか罪のグレードが上がっているし。
「ですので、今日から義堂さんをお教室でお出迎えし、学校内では精一杯のご奉仕をさせていただきます。そして、ご自宅への送迎やお食事の用意なども私にお任せ頂ければと……」
「待って待って、そんなトントン拍子に話を進めないで」
相変わらず彼女は僕の意見を無視するなあ。まあ、一途と言えば一途なんだろうけど。
しかし、本当になぜ彼女はここまで僕に罪悪感を抱いているのだろう。いくら記憶を探っても、彼女と出会った記憶はない。
ただ、このままでは彼女につきまとわれる形になってしまう。そうしたらまた『リサイクル』に襲撃される可能性は高い。なんとかしないと。
「……ねえ、返崎さんって行峰くんに何したんだろうね」
「わからないけど、もしかして行峰くんってそれをネタに返崎さんをこき使おうとしているんじゃない?」
……クラスメイトたちがヒソヒソとこちらを見ながら話をしている。しかも話の内容が一部聞こえてきた。
どうやら噂になるのは避けられない。こうなったら……
「返崎さん、じゃあ一つお願いするよ」
「はい、なんでしょうか」
僕は、意を決して言った。
「しばらく、僕に近づかないで」
「え……?」
教室内がざわめく。言った僕自身も心が痛む。なにしろ僕はこれまで人を嫌ったことがない。いや、別に返崎さんが嫌いになったわけじゃない。彼女のこれからを考えての行動だ。
少なくとも、僕はこの一年間を平和に過ごすことは無理なようだ。ならばせめて、彼女だけでも平穏な生活を送ってもらいたい。僕への罪悪感など忘れてほしい。そのための発言だ。僕が手ひどく彼女を拒絶すれば、彼女は『被害者』として扱われる。彼女に同情する女子も出てくるだろう。それでいい。それが彼女のためのはずだ。
どちらにしろ、今の彼女から『リサイクル』について聞き出すのは難しい。それに彼女と二人きりになれば、身を守ろうとしない彼女の命が危険だ。そうなると、しばらく僕から離れるのは、やはり彼女のためなのだ。
僕に尚も視線を投げかける返崎さんを後目に、僕は自分の席についた。
昼休み。
購買に行こうとした僕だったが、その前に立ちはだかる人物がいた。
「お待ちください」
言うまでもない、返崎さんだ。
「……言ったよね? 僕に近づくなって」
「はい」
「じゃあ、どういうつもり?」
「これをお渡ししようと思ったのです」
返崎さんが差し出したのは、ナプキンに包まれた直方体の物体。
「これは……」
どこからどうみても、お弁当箱だった。
「今朝、作らせていただきました。義堂さんがお昼ご飯に不自由しないようにと」
「え……?」
「お口に合わなければ捨ててかまいません。ですがそれでも、私は義堂さんのお世話をしたいのです」
「……」
どうしてだろう。
どうして、あんなにきっぱりと拒絶した僕に尽くそうとするのだろう。
どうにもわからない。彼女がここまでする理由。しかし、わかったこともある。
……彼女の人生は、間違いなく僕によって狂わされている。
彼女をこうした原因は、どう考えても僕だ。そうでなければ説明がつかない。さらに僕は、その原因を綺麗さっぱり忘れている。
そんな状態で、彼女を一人にするのはあまりにも無責任ではないだろうか。僕は彼女のためと言いながら、彼女と関わっていくのをただ嫌がっていただけなのでは無いだろうか。
なんて汚い。なんて卑怯な思想だろう。僕は全ての責任を彼女に押しつけていたんだ。
だめだ。僕は彼女をなんとかしなければならない。それを避けることは出来ない。それをしてしまえば、僕の信念に反する。
「……わかったよ」
そこまで考えた僕は、決意をした。
「このお弁当、受け取るよ。それと、君の分のお弁当はあるの?」
「は、はい!」
「じゃあさ、一緒に食べようか。……この、教室の中で」
「……はい、ありがとうございます!」
僕の言葉を聞くと、彼女は心の底から喜んでいるかのような笑顔で応えた。
……僕のせいで、彼女の人生が狂った。ならば、彼女のせいで僕の人生が狂っても文句は言えないのかもしれない。
そう考えた僕は、二人で彼女の作ったお弁当を食べた。
正直、周りの視線が痛かったが、これも僕の行動の結果などだと自分を納得させた。
……だがその視線の中に金水くんが加わっていることには、まだ気づいていなかった。