Turn2 行峰フェイズ(2)
「ふう……」
高校入学早々、波乱の一日を送った僕はホームルームが終わって下校時間になると教室で一人ため息を吐いた。
「どうなるんだ、これから……」
思わず口に出してしまったが、そう思うのも無理はないだろう。
おしとやかそうな女の子と同じクラスになったと思ったら、いきなり目の前で自殺されそうになるし、しかも彼女があの『リサイクル』に関わっている人物で、入学早々『リサイクル』に襲われるし。
結局あの後、ホームルームが始まる時間が近づいていたので、返崎さんに話を聞けないまま教室に戻ることになった。
返崎さんは先に下校したようだ。てっきり、一緒に帰ろうみたいなことを言われるかとも思ったが、よく考えたら今日初めて会った男と二人きりで帰るのも変な話だろう。
しかし、僕と返崎さんはすでにクラス内で好奇の視線に晒されている。ホームルームの間も、僕を見て何かを話し込むクラスメイトもいた。もちろんその理由は、彼女のあの発言だ。
『この命、あなたへの償いのために使うことをお許しください』
いきなり相手にひざまずいてこんなことを言ったのだ。そうなると、彼女自身もその発言をされた僕も、普通の人間ではないと見なされただろう。どうやら僕が平和な学校生活を送るのは難しいようだ。
だが、今はそれどころではない。やっと一年前の事件の真実が掴めそうなのだ。とりあえず今日わかったことを整理しよう。
まず『リサイクル』はおそらく自由な場所に自由に出現できる。ただ、返崎さんの言葉が真実であれば、アイツが現れるのは僕と彼女が二人きりになった時だけ。つまり、今この瞬間には現れないということだ。
次に返崎さんの目的。彼女はどういうわけか僕に大きな罪悪感を抱いていて、その償いのために僕の前で自殺をしようとしている。ただ、僕に殺されるのではなく、あくまで自分の死を僕に見せるのが目的らしい。『殺されたがり』というわけではないようだ。
そして三つ目、ここが最大のポイント。
返崎さんと『リサイクル』には何らかの関係があること。
返崎さんは『リサイクル』の存在を知っていた。そしておそらくその正体も知っている。そして『リサイクル』は、どうやら返崎さんを殺そうと狙っているようだ。アイツも返崎さんを知っていると見ていいだろう。
さらに、『リサイクル』が現れる条件。僕と返崎さんが二人きりになった時。
確かにあの時、校舎裏の近くに他の生徒の気配がして、『リサイクル』はそれに反応して姿を消した。どうやら僕たち以外の前でその姿を現したくないようだ。そしてこの一年間、アイツは僕の前に姿を現さなかった。それも返崎さんの言葉を真実だと裏付けている。
そうなると、僕が『リサイクル』に会うには返崎さんと行動を共にしなければならない。
ただ問題はある。あの人は何かと話を自殺に繋げたがる。『リサイクル』について聞き出すのは難しいだろう。
どうすればいいのか……
「……考えていても仕方がない。とりあえず何か行動を起こそう」
そうだ、今日わかったことがもう一つあった。僕はそれを確認するために、もう一度校舎裏に行くことにした。
再び訪れた校舎裏は、午前中の出来事など無かったかのように痕跡が残っていなかった。『リサイクル』が体から取り出したハンマーや投げ槍も見る影もなく無くなっている。
しかし、僕が確かめたかったのは別にある。それが校舎の横にあるゴミ置き場だ。
「どれどれ……」
いくつかある半透明の袋に何が詰まっているかを調べてみる。どうやら、燃えるゴミと燃えないゴミは綺麗に分別されているようだ、
その中に、僕は目的の物を見つけた。
「やっぱりか……」
僕が見つけた物、それはわずかなアルミ缶と空き瓶だけが入った、スカスカのゴミ袋だった。
「……」
おそらく僕の予想は当たっている。これらのゴミ袋は、先ほど『リサイクル』が体の中に取り込み、去っていくときにその場に残していったものだ。そしてその中から、大量のスチール缶が無くなっている。つまりこういうことだ。
『リサイクル』は、体の中に取り込んだ物を再構成して再利用する能力を持つ。
最初のハンマーは、スチール缶を体の中で再構成したもの。次の投げ槍は返崎さんのハサミとゴミ袋の中にあったいくつかの木材を再構成したものだろう。しかし、再利用したものは長く使えるものではないようだ。
完全なリサイクルは幻想に過ぎないのだと聞いたことがある。何かの廃品を再利用しようとする場合は、大抵は環境に負荷がかかる処理をしなければならず、その負荷は普通にゴミを消却する場合のそれよりも大きいのだと。
そして、廃品を再び利用する際には品質が落ちるため、その品質に合わせた別の品物に転用されることが多いのだそうだ。つまり、『リサイクル』の能力も同じことなのだろう。
再利用は出来ても、同じように長く使うことは出来ない。捨てられたものは、やはり捨てられたものなのだ。
……相手の能力はわかった。しかし、その目的となるとまるでわからない。
どうしてアイツは返崎さんを襲うのか? どうしてアイツは僕の親友を連れ去ったのか。
アイツはそもそも、何がしたいのか?
しかし、これ以上考えても答えは出ないことを悟った僕は、仕方なく家に帰ることにした。
「ただいま……」
「おかえり。あら? もう制服汚しちゃったの?」
母さんに指摘されて初めて気づく。そういえば、『リサイクル』に襲われた時に地面を転げ回ったんだっけな。
「洗っておくから、早く脱ぎなさい」
「うん、ありがとう」
母さんに制服を渡した僕は、着替えるために自室に向かった。
日が暮れて、夕食の支度を手伝っていると父さんが帰ってきた。
「ただいま……」
「おかえり、あなた」
「うん、ただいま」
母さんが父さんを出迎える。父さんも満面の笑みで母さんに応えた。
「おかえり、父さん」
そして僕も父さんを出迎える。しかし……
「……」
父さんは僕に軽く会釈しただけで、さっさと奥に行ってしまった。その反応に、心がチクリと痛む。
まだ、父さんは僕を――
「義堂」
うつむいた僕の背中に、母さんが寄り添う。
「大丈夫よ。父さんだって子供じゃないんだから。いつか、ね?」
「うん……」
しょうがないと言えばしょうがない。だけど僕は……
あの時から未だ、父さんに受け入れられてなかった。
「ふう……」
夕食と入浴を終えて、自室のベッドに横たわる。
「明日からどうなるかな……」
忘れかけていたが、僕は入学初日で早くもおかしな人に関わってしまった。しかも、おそらくは僕自身もおかしな人だと思われている。こんなことで大丈夫だろうか。
……いや、前向きに考えよう。まだ一日経っただけだ、誤解はゆっくり解けばいい。返崎さんともゆっくり話し合って、自殺を思いとどまらせよう。そして出来れば、『リサイクル』について聞きだそう。
そう決意した僕は、眠りについた。
しかしまだ僕はわかっていなかった。『普通』でない者に対する、身勝手な『悪意』が存在することを。
――フェイズ終了――