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返崎Re-cycle  作者: 晒す者
16/23

Turn5 行峰フェイズ(1)

 

 本当に、この言葉を鵜呑みにしてしまっていいのだろうか?

 だけど僕は知りたい。知らなければならない。親友はどこへ行ったのか? そして返崎さんはどうして僕に罪悪感を抱いているのか?

 だから僕は縋ってしまう。


「返崎さんとあの大男の関係、知りたくはないかい?」


 金水くんから発せられた、あまりにも魅力的な提案に。

 しかし……


「……君の言うことが、信じるに値するとは思えない」

「おいおいひどいなあ、この前だって僕は君に忠告してあげたんだよ?」

「そんなこと……元はと言えば、君が久米田くんをけしかけたんじゃないか!」

「待ってくれよ、僕がそんなことをしたっていう証拠はあるのかい? 久米田くんは勝手に君たちに暴力を振るい始めたんだ。いやあ、全くひどい人だよねえ」

「くっ……」


 金水くんは徹底的に責任逃れをしている。あくまで自分は僕へのいじめとは無関係だと主張している。そのきっかけを作ったというのも、彼がほのめかしているというだけで証拠はない。

 だけど彼はわざとほのめかしているのではないかという考えがよぎった。わざと僕にそれを伝えることで、僕が彼に対して敵意を抱いても、どうしようもない状況に悶える様を楽しんでいるのではないかと考えてしまった。

 良くない考え。僕の信念に反する考え。だけど僕は反射的に……


「このっ!」


 そばのベッドにあった枕を、金水くんに投げつけてしまった。


「おやおや……」

「あっ!?」


 しかしその枕は、金水くんに当たる寸前で何か見えない壁に当たったかのように跳ね返される。


「全く、ひどいな君は。何の罪の無い僕に物を投げつけるなんて。当たらなかったからいいようなものを」


 違う。あの軌道だったら間違いなく枕は当たっていた。なのに現実には、枕は不自然な動きをして金水くんには当たらなかった。


「しかしこれで確信したよ。やっぱり君は排除されないといけない存在だねえ」

「……どういうことだよ?」

「君、そして返崎さんは『普通』じゃないって言っているんだよ。世の中はね、『普通』の人間のために存在しているんだ。だから『普通』じゃない人間は排除されて当然だと思わないかい?」

「そんな勝手な……」


 金水くんはいつのまにか、あの人を見下すような笑みを浮かべていた。思わずその顔に嫌悪感を抱きそうになる。


「大体、君の言う『普通』って何だよ!?」

「そうだねえ、例えば他人の机を隠したりしないとか?」

「君だって知っているだろ!? あれは僕の仕業じゃない!」

「いやあ、わからないなあ。僕はあの時のことはよく覚えてなくてねえ」

「君は……!」


 なぜだ、なぜ彼は相手が『普通』じゃないというだけで……ここまで残酷になれるんだ。


「あとはねえ、他人に暴力を振るうのも異常だね。正直言って考えられないよ。君や久米田くんみたいに、他人を傷つけようとするなんて」

「君だって久米田くんをそそのかして僕を……!」

「だからさあ、僕が何をしたって言うんだい? 僕はあくまで『普通』の人間なんだ。誰かを傷つけたりしないし、犯罪だって犯さない。そんな僕は……」


 そして金水くんは両手を広げる。


「カミサマに守ってもらって当然だとは思わないかな?」


 その姿は、まるで自分を大きく見せようとしているかのようだった。


「……カミサマ?」

「例えばだよ。この世をカミサマが見張っているとして、一番守るに値するのは『普通』の人間だと思うんだよ。当然だよね? 一番数が多いんだから」


 だとしても、それが他人を傷つけていい理由になるはずがない。


「そして僕はとても『普通』の人間だ。いじめなんてしないし、常に平和でありたいと考えている。そんな僕に、カミサマはある『幸運』をくれたんだ」

「……『幸運』?」


 その言葉で、僕はさっきの現象を思い出す。金水くんに枕が当たらすに弾かれた現象を。


「僕はね、幼い頃に肺炎になって死にかけたんだ。病院に行こうとしても、近くに小児科が無くてねえ。消防署も遠いし、僕の家には車もなかった。そこで両親は藁にもすがる思いで、僕を抱いて町外れの神社に向かったんだ」

「神社?」


 待ってくれ。その神社って……


「そして願った。『この子は決して他人を傷つけない子に育てます。だからこの子をお助けください』とね」

「まさか、それで……」

「そう、僕の病気は瞬く間に治り、今では健康そのもの。さらに僕はあれから病気も怪我もしていない。そして僕は他人を傷つけない人間に育ち、あらゆる厄災に見舞われないようになったんだ。これが僕の『幸運』だよ」

「……」

 

 偶然、なんだろうか。

 だけど金水くんの『幸運』と同じような奇跡的な現象が、あの神社で起こっている。


「気づいたかい? 僕が考えるには、あの神社は『極限状態』の人間の願いを叶えるような場所なんだ。ただ単に人間の願いを叶えるのだったら、もっと多くの奇跡的な出来事が起こっているはずだからね」

「『極限状態』……」

「つまり君が『リサイクル』と読んでいるあの大男は……」


 僕は金水くんと同じ結論にたどり着く。


「『極限状態』に陥った誰かの願いによって作り出された存在……?」

「そういうことだよ」


 確かにそれなら説明が付く。というか他にあの超常的な存在を説明する推測がない以上、無理矢理納得するしかない。

 それに金水くんの『幸運』も『リサイクル』も同じ場所で生まれている。そうなればもう僕が取る行動は一つしかない。


「そう、君はあの神社に行って、全ての真実を確かめるべきだよ」


 僕の心を金水くんが代弁する。

 しかしいいのか? 金水くんは明らかに僕に『悪意』を持って接している。僕の破滅を見て楽しもうとしている。そんな彼の言うとおりにしていいのだろうか。


「何をしているのですか!」


 その時、大声が保健室に響きわたった。見ると、返崎さんが先生を連れて入り口に立ち、金水くんを睨みつけている。

 ……もしかしたら、『リサイクル』は彼女の願いが生み出した存在なのだろうか。


「おっと、愛しの彼女が戻ってきたようだね。それじゃ、僕はこれで。君の決断を待っているよ」


 金水くんは、逃げるように保健室を出て行った。



 その後、僕は保健室で傷を消毒してもらい、絆創膏を貼ってもらってから保健室を後にした。

 返崎さんは僕に何かを言いたいように見えたが、結局は会話の無いまま教室に戻ることになった。教室でも僕に話しかける生徒は誰もいない。あれだけのことになったのだから当然だろう。

 ……どうしてだろう。どうしてこんなことになったのだろう。

 今のこの状況は、一年前のあの事件と無関係ではない。全ては『リサイクル』が僕の前に現れてからおかしくなったんだ。だから僕は……

 だめだ。何を考えているんだ僕は。『リサイクル』が何者であろうと、全ての罪がアイツにあるわけじゃない。そうやって責任をなすりつけてはダメだ。

 だけど僕は『リサイクル』に対する複雑な感情を消すことが出来なかった。


 放課後。

 僕は学校を出て、近くのコンビニで飲み物を買って考えを巡らせていた。

 これから僕はどうすればいい? あの神社に行くべきだろうか? だけどそれだと金水くんの言うとおりに動くことになる。本当にそれでいいのか?


 そんなことを考えていると。


「失礼。地元の人間だとお見受けするが、一つ質問をしても構わないかね?」


 その声に反応して顔を上げると、一人の女性が僕の前に立っていた。首もとまでのショートカットに、どこか不敵な微笑みを浮かべている不思議な女性だった。


「な、なんでしょうか?」

「ふむ、驚かせてしまったかな? 声のトーンは抑えたつもりだったのだがね」

「い、いえ……」


 なんだろう、この妙に芝居がかった口調は。見たところ、僕とそこまで変わらない歳のように見えるのに。


「それでだ、私は道を聞きたいのだよ。主人との集合場所にたどり着けなくてね。この近くに高校があると聞いているのだが」

「あ、その高校だったらすぐ近くにあります。僕はそこに通っていますので」

「ふむ、やはりそうだったか。君に声をかけたのは正解だったようだ」


 それにしても今この人、『主人』って言ったか? この歳でもう結婚しているのかな? 


「さて、君が良かったらそこまで案内してもらいたいのだが……」

「あ、いいですよ」

「ありがとう。ああそうだ、君に一つ忠告しておこう」

「はい?」

「私に何か危害を加えようとするのは止めた方がいい。私としては歓迎なのだが、そうなったら主人がありとあらゆる方法で君を追いつめるだろうからね」

「そんなことしませんよ!」


 ……なんだろう、見た目も性格も全然違うのに、なんだか返崎さんと似た印象を受ける人だな。


 そして僕はこの女性と一緒に、学校まで戻ってきた。


「ここです」

「ふむ、無事にたどり着けたようだ。感謝するよ」

「いえ……」

「ところでだ、君は何か悩み事を抱えてはいないかね?」

「え?」


 いきなりの質問に、思わずドキリとする。


「その反応だと図星のようだね。お礼と言ってはなんだが、話を聞こうではないか」

「……」


 どうしてかはわからない。もしかしたら、誰でもいいから相談したかったのかもしれない。だから僕はこの女性に相談をすることにした。


「実は……僕は行方不明になった親友を捜していて、その手がかりがやっと見つけられそうなんです」

「ほう、それで?」

「ただ、迷っているんです。僕は本当にその手がかりを辿って親友を見つけるべきなのかを。その手がかりはある人がくれたものなんですけど、その人が信用できる人かわからないんです」

「ふむ……」


 女性は顎に手を当てて少し考え込むような仕草を見せた後、僕に向き直った。


「一つ聞く。君には何か、生きているうちにどうしても叶えたい願望はあるかね?」

「え? えっと……」

「私にはあった、どうしても成就したい願望が」


 僕の答えを待たすに、話は進んでいった。


「だがその願望はもう成就することはない。これから先、一生ね」

「ど、どうしてですか?」

「私には主人がいるからだよ。主人がいる限り、私の願望はもう決して叶うことはない。ああ、言っておくが、主人を恨んではいないよ。私に新たな願望を与えてくれたからね」

「はあ……」

「だが、君がそうなるとは限らない」

「え?」


「そのお友達を見つけられないことが確定したとき、君が自身の願望が叶わないという絶望を喜べるとは限らない。……そう言っているのだよ」


「あ……!」


 そうだ、この機を逃したら僕はもう一生、親友の行方も、『リサイクル』の正体も掴めないしれない。そういうことだ。


「君がどういう状況に悦びを感じるかはわからないがね、せめて後悔しない生き方をしたまえ。願望を潰される前ならそれも可能だよ」


 ……不思議な人だ。初めて会った人なのに、どこかその言葉に耳を傾けたくなる。

 でも、そのおかげで心は決まった。


「ありがとうございます」

「ん?」

「決心がつきました。僕はその親友の手がかりを追います。僕の願望を叶えに行きます」

「ふむ、いいことだ。……さて、私の方も待ち人が来たようだ」


 女性が僕を挟んだ向こう側を見ている。振り返ってみると、長い髪をした女性がこちらに手を振っていた。

 ……あれ? 確かご主人と待ち合わせをしていたんじゃなかったのかな? まあいいか。


「では、僕はもう行きますね」

「ああ、気をつけたまえ。暗くなると君を狙う者がいるかもしれないからね」


 ……確かに。

 『リサイクル』がどう出るかはわからないが、もしかしたら再び僕か返崎さんを狙ってくるかもしれない。


 だとしたら早い方がいい。僕は全ての真実を知らなければならないんだ。


 決意をした僕は、久しぶりにあの神社に向かうことにした。



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