Turn4 行峰フェイズ(2)
翌日の朝。
僕はいつものように教室に入る。だが僕が入った瞬間、クラス内の空気が変わったように思えた。クラスの皆が僕を見て、ヒソヒソと話し込んでいる。
「おい行峰ぇ」
そんな中、昨日と同じように久米田くんが僕に迫ってきた。
「お前よぉ、見下げ果てた奴だな。イヤミな上にクラスメイトに嫌がらせまでするのかよ?」
「え、なんのこと?」
「とぼけんじゃねえよ! お前だろ? 教室の机をいくつも隠したのはよ」
「え……?」
僕が教室の机を隠した?
久米田くんの言葉を確かめるように教室を見回すと、確かに昨日まで並べられていた机のうち、いくつかの生徒のものが無くなっている。
「お前、昨日俺が帰った後も教室に残っていたよな? その後に返崎と一緒に机を隠したんだろ?」
「そんなことしていないよ!」
「嘘をつくなよ! お前が机を隠したせいでその中にあった教科書とかも全部無くなってるんだよ! 悪いと思わねえのか?」
久米田くんの言葉に呼応するかのように、女子の一部が声を上げる。
「そうだよ! 洋子の教科書とかも全部無くなったんだからね!」
「いくらなんでもタチが悪いよ! 行峰くん、早く机を返してよ!」
なんだなんだ!? 何でこんな状況になっているんだ?
僕は昨日の状況を思い出す。久米田くんが帰った後、僕と返崎さんは『リサイクル』に襲われた。そして金水くんと話した後、別々に帰って……
……あ。
そうだ、あの時『リサイクル』はいくつか机をとりこんで斧にしていた。そしてその斧は『リサイクル』と一緒に消えてしまっている。だから教室から机が無くなったんだ。
どうする? 正直に話した所で信じてくれるはずがない。かといって、このままだと僕が机を隠した犯人だと思われてしまう。
「おい、黙ってないでなんとか言えよ!」
「うわっ!」
久米田くんが僕の胸ぐらを掴んだ時だった。
「待ってください!」
昨日と同じように、返崎さんが久米田くんに掴みかかった。
「返崎! お前もグルか!?」
「違います! 義堂さんは机を隠してなどいません! 全て私がやったのです!」
「か、返崎さん!?」
なんてことだ。返崎さんは僕をかばって犯人になろうとしている。ダメだ、それだけはダメだ。どうにかしないと。
……そうなるともう、これしかない。
「久米田くん」
「なんだよ?」
「僕が、僕が机を隠した」
「義堂さん!」
「返崎さんは関係ない。これは全て僕の仕業だ」
返崎さんに罪を背負わせるわけにはいかない。そうなると、僕が犯人だと認める他無かった。
「へえ、大したバカップルだねえ。お互いに守ろうとしているのか」
「違います! 義堂さんは……」
「うるせえんだよ! 行峰は自分が犯人だと認めたんだ。さあ、皆に謝って机を返してもらおうか?」
「そ、それは……」
皆に謝るのはなんてことない。だけど机を返すのは不可能だ。机はもう消滅してしまって存在しない。けど、それを皆に説明することも出来ない。
「おい、どうしたんだよ。早く机のある場所に案内しろよ」
「……出来ない」
「ああ!?」
「机を返すことは、出来ない」
そうなるともう、事実を言うしかなかった。
「てめえ、そんな話が通ると思ってんのか!? とにかく教科書だけでも返せよ!」
「それも出来ない」
「ふざけんな! 教科書を燃やしたとでも言うのかよ?」
「そうだ」
「……なに?」
「教科書は燃やしてしまって、もうない」
……仕方が無かった。
真実を話しても向こうは納得してくれない。そうなったらもう、向こうが一番納得するであろう作り話を真実にするしかない。
「驚いたな。お前がそんな悪党だったとはな」
「……」
「とにかく、このことは教師にも言っておくぜ。行峰義堂は他人の物を隠す最低な野郎だってなあ!」
「ま、待ってください!」
久米田くんのあまりの言葉に返崎さんが口を挟もうとする。
「返崎さん! これでいいんだ」
「そんな……」
「ここは、僕に任せてくれ。君は何も心配しなくていい」
「……」
返崎さんは、尚も納得していない顔をしていた。
そしてこの日から、僕の平和な学校生活は徹底的に蹂躙された。
「おい行峰、ちょっとつき合えよ」
「断るわけないよね? あんなことしておいてさ」
久米田くんとその友達は毎日のように僕を呼び出した。そして……
「じゃあ、お前に隠された机や教科書の恨みを晴らしてやらないとな」
校庭の隅に呼び出された僕は、久米田くんからの暴力を受けることになった。
「ぐうっ!?」
「おいおい、てめえに悲鳴を上げる権利があるとでも思っているのかよ?」
「か、は……」
「言っておくが、返崎以外、クラス全員お前のことが嫌いだってよ! そりゃそうだよな! お前はクラス、いや全校生徒の敵なんだもんなあ!」
「う、う……」
暴力以上に、久米田くんの言葉が心に刺さる。周りにいる久米田くんの友達も笑いながら僕を見下している。だけど、仕方がないんだ。これも返崎さんのためだ。
「それにさ、返崎も実際はどうなのかわからねえよな」
「え?」
「そうそう、本当はもう行峰のことなんか綺麗さっぱり忘れてんじゃないの?」
「……」
……本来なら、それでいいはずだ。僕は彼女の人生を狂わせてしまった。これ以上彼女を振り回すわけにはいかない。
だけど、僕は……彼女が僕を忘れてしまったらとても寂しいと感じてしまった。
「やめてください!」
だけどそんな僕の元に、彼女はやってきた。
「邪魔すんなよ返崎。それともなんだ? お前も俺たちと遊んで欲しいのか?」
「……」
「そういえばさ、先輩が女の子紹介してくんないかって言ってたんだよなあ。おっと、ちょうどいいのがいるじゃん」
「……!」
そんな、久米田くんは返崎さんにも手を出そうと……?
「いいですよ」
「え?」
「その先輩に私を紹介したいのであればしてください。ですが、一つお聞きします」
「はあ?」
「私を殺す覚悟は、おありですか?」
「……何言ってんのお前?」
「もし私に乱暴するのであれば、徹底的にしてください。そして、義堂さんの前で私を殺してください。そうでなければ、お断りします」
……どうしてだ。
どうして彼女は、僕のためにここまでしてくれるんだ。どうして僕を見捨てられないんだ。
「う、うう……」
その事実に、思わず涙してしまった。
「なんだこいつ? イカれてんのかよ。もういいや、行こうぜ」
久米田くんは呆れたように吐き捨てると、教室に帰っていった。
「義堂さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……」
「……どうしてですか? なぜ今回も無抵抗だったのですか?」
「今回のことは僕が原因だ。『リサイクル』を止められなかった僕の……」
「そんな! 義堂さんは何も悪くありません!」
「そうだとしても、僕は久米田くんたちに暴力は振るえないよ。彼らが悪いわけじゃないんだから」
「……わかりました。とりあえず、保健室に行きましょう」
返崎さんに連れられて保健室に行く。しかし、養護の先生は外出しているようだった。
「ここで待っていてください。先生をお呼びしてきます」
「……うん。いつつ……」
保健室の椅子に座り、怪我の具合を確かめる。擦り傷は多いが、大したことはない。だが、今日までのことは、僕の心に深い傷を負わせた。
いったいこれから僕は、どうなってしまうのだろうか?
「困っているようだね、行峰くん」
保健室の扉が開き、金水くんが姿を現す。そうだ、彼に聞きたいことがたくさんあったんだ。
「かな……」
「おっと、君の言いたいことはわかっている。今日はその話をしに来たんだ」
「その話?」
そして金水くんは早くも本題を切り出す。
「返崎さんとあの大男の関係、知りたくはないかい?」
――フェイズ終了――