■ 中 編
駅のホームに、ハルキの姿。
自動販売機に寄り掛かっていた体が、ホームに滑り込む電車の姿をその目で
捉えると白線ギリギリまで歩み寄り、速度を緩め流れる窓にその顔を探す。
サクラを出向かいに来ていた。
車中のサクラも、窓に張り付くようにしてホームの人混みを見澄ます。
電車の窓にサクラの姿を見つけ、軽く手を上げて微笑んだハルキ。
互いに嬉しそうに、照れくさそうに微笑み合った。
『髪、すっかり長くなったな?』
ハルキが目を細めて笑い、指先でサクラの髪の毛を軽く揺らす。
肩甲骨下まで伸びた髪は、一本にしばりポニーテールにしていた。
しかし、前髪は眉上でふんわり揃えられて、やはりどこか子供っぽい。
『まず、メシ行っか?』 ハルキがサクラの手をとり、歩き出した。
ファミレスのテーブル席で向かい合い座り、ハンバーグを頬張るサクラ。
ハルキが注文したビーフシチューにも、ちょくちょく手を出しながら
さっき乗っていた電車の隣席の変なオヤジについて、口汚く罵る。
『くっそジジイ! ムっカつくわ・・・。』
ふたりの真ん中にある生ハムとルッコラのサラダを、少し自分の方に引き寄せて
右手に握るフォークで、乱暴に2回生ハムを突き刺した。
『ぁ・・・ねぇねぇ、知ってた?
生ハムってさ、1ヶ月塩漬けして、1年間熟成してんだよー。
調味料とか香辛料とか、使ってないんだよねー・・・。』
片肘をつきながら、生ハムうんちくを何気なしに呟いたサクラ。
『・・・詳しいじゃん? どした??』 ハルキが不思議そうに微笑む。
『ぁ、いや・・・ ヤフーで・・・。』
困った時はヤフーのせいにする。
そっと、
自分の膝の上に置いているボディバッグのチャックを指先でつまみ、離す。
先程から何度も何度も、これを繰り返していた。
一瞬、会話が途切れ穏やかな沈黙が訪れた、その瞬間。
サクラがキャメル色のボディバッグに手を突っ込み、それを掴むとテーブルの
上に置いた。
そして、それをハルキの方へツツツと指先で押し遣りテーブル上を滑らす。
実は今日、ハルキに会った時から、ずっとこのタイミングを見計らっていた。
『コレ・・・。 あの・・・お返し、デス。』
ぎこちなく、ハルキの前に現れた。
それは、レザー調の直方体の黒い小箱。
『・・・なに?』
『・・・開ければ分かる・・・。』
ハルキはやさしく顔を綻ばせながら、小箱を手元まで引き寄せて丁寧に開けた。
するとそこには、ペア腕時計が。
ビンテージ感がやさしい大きめのローマ数字の文字盤にダークブラウンの
革ベルト、チャームが控えめにぶら下がりイニシャルが揺れている。
裏蓋には互いの名前が刻まれていて。
『少し小さい方は、あたしんだけどね・・・。』
ハルキは左手の甲を口許にあてて、嬉しそうにその時計に目を落としている。
小箱にはめ込まれているプラスティックのアーチスタンドから時計をはずすと
左手首にはめて、目の高さに上げて眺めた。
口許から自然に笑みがこぼれる。
そして、そっと手を伸ばし、テーブルの上でもじもじと照れくさそうに落ち着き
ないサクラの手を掴んだ。
『ありがとう・・・サクラ。』
そして、続けた。
『合格、おめでとう・・・。』
頬を染め嬉しそうに微笑むサクラを、ハルキは心から誇らしく見つめていた。
最終の電車までは、まだ時間がある。
午後の秋の高い空の下、ハルキの部屋へ向かいふたりはのんびり歩いていた。
鳥の羽根のような巻雲が、青い空に流れている。
サクラが、繋ぐ手をそっと引っ張り、ハルキに合図をした。
足を止めたハルキがサクラを振り返ると、せわしなく瞬きを繰り返し
なにか言いたげに、でも言い出せずにまごついている様子。
『ぁ、あのさ・・・』 言い掛けたサクラを、ハルキが遮った。
『ダメ。』
『ぇ?』 サクラが不思議そうにその言葉の意味を考え、見つめる。
『ダメ。
・・・俺に言わして。』
そう一言呟くと、ハルキはサクラに向き合って立ち、
自分の右手でサクラの左手、左手でサクラの右手をしっかり握り、
真っ直ぐ、瞬きもせず見つめた。
その真っ直ぐな視線に、サクラが赤くなり慌てて目を逸らした。
すると、
サクラを覗き込むように、ハルキは体を屈め言った。
『イッショーに一度の、大事なこと、ゆーから。
ちゃんと。 コッチ見て、聞いて・・・?』
『ミナモト サクラさん。
結婚してください。』
サクラの、ハルキを真っ直ぐ見つめるつぶらな瞳から、
今にも透明な雫がこぼれそうに。
『・・・こちらこそ・・・
よろしく・・・おねがい、します・・・。』
丁寧に頭を下げたサクラの足元に、
アスファルトの色を濃く染める大粒の雫が落ちた。
ハルキの単身部屋は1Kで、狭いけれどハルキらしくキレイにしていた。
小さな本棚には見慣れたタイトル。実家から持ってきたものの様だ。
座卓テーブルの上には週刊ジャンプの最新号。
サクラが『最新の、まだだった!』 と、フローリングにペタンと座り
それをめくる。
ベッドに寄り掛かり、真剣にジャンプを読みふけっているサクラ。
その隣に座り、ハルキはサクラに少し体を傾けていた。
静かな室内。
見てはいないけれど付け放しにしているテレビからは、
世界情勢のニュースが流れる。
サクラの、ページをめくる印刷せんか紙の音。
ゆったりした時間だった。
幸福な時間だった。
(サクラが、合格した・・・
ほんとに、センセーになんだな・・・
やっと・・・ ケッコンすんだな・・・。)
ハルキの胸にグっとこみ上げるものがあった。
隣に座るサクラにそっと目を向ける。
しかめっ面をしたり、笑ったり、すっかりマンガに夢中だ。
その横顔が愛しくて堪らなくて、勝手に頬は緩んだ。
ふと壁に掛けた時計に目をやると、最終電車の時間に近付いていた。
名残惜しいけれど、駅に向かわなければならない。
『サクラー・・・ そろそろ駅に行っか。』
ハルキが言うも、
『ん・・・ まだダイジョブ。』 マンガに目を落としたまま。
15分後。
『そろそろマジでヤバいぞ?』 促すも、サクラは何故か腰を上げない。
『サークーラ?』 顔を覗き込むと、なんだか赤い顔をして俯いている。
『コレ乗らなかったら帰れないぞー?』
すると、
『・・・乗れなかったら・・・
・・・・・・・・・・・泊まって。 明日。帰る・・・。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・ はい??』