第5話 最後の戦いとその後
洞窟の最深部。
広い空洞の中で俺は里梨花にネットランチャーを撃った。
相手は跳躍中。確実に捕えたはずだった。
しかも里梨花は素手だ。
ネットに何かをぶつけて避けることもできない。
そう思った瞬間、里梨花が着ているブラウスに手をかけた。
戸惑うことなく一息に脱ぐ!
薄い下着がさらされて、膨らみかけの胸が見える。
脱いだ服を鞭のように振るう!
バシッ!
振り抜かれたブラウスの袖がネットに当たる。
ネットは丸まり、ボールのようになって地面に落ちた。
「なに!」
里梨花はしなやかな足で着地する。
吊りスカートがめくれてすらりと長い足がみえるのも気にしていない。
それにブラウスは彼女の手に残ったままだった。
俺は里梨花めがけて走った。
着地の瞬間なら次の行動に移れないはず。
しかし里梨花は体をひねるようにして再び跳躍。
野生あふれる猫のような身のこなし。
鞭のようなブラウスが俺を横薙ぎに襲う!
「くっ!」
とっさに俺は持っていた空のランチャーで防いだ。
ブラウスに巻きとられて手から飛ばされる。
ガラガラと広い空洞に音を響かせて、壁際まで転がっていった。
ニヤリと笑う里梨花。
持っていた手が少ししびれる。
どれだけの力ではぎ取られたのか。
――ブラウスを何とかしないとやばいな。
何発ネット撃っても落とされそうだ。
でも、と俺は考える。
――行動パターンが似ている。
動きが昨日戦ったやよいとそっくりだ。
里梨花が身のこなしを教えたのかもしれない。
だからボスになれたのか。
俺はランチャーを腰へ吊るした。すぐ手に取れるため。
そして背中からさすまたを抜いた。
里梨花が端正な顔にほほえみを浮かべて、体を小さく上下左右に動かした。
長い黒髪が軽やかに揺れる。
さすがテニスしてただけはある身のこなし。
ブラウスの素早いスイングもテニスのおかげか。
俺はさすまたを持って駆け出す。
「楽しいか、里梨花!」
「トテモ!」
「そいつはよかった――てぇい!」
さすまたを突き出す。
しかし里梨花は体をひねって避けながらブラウスを振る。
さすまたに絡みつく白い布。
俺は無理をせずに手を離す。
さすまたを遠くへ放るため、ブラウスは大きく横へ振られる。
俺は腰からネットランチャーを引き抜きつつ構えた。
気づいた里梨花はとっさに跳躍体制に入る。
細いふくらはぎと太ももがバネのようにしなる。
俺はかまわず、がら空きになった胴を狙う。
――手ではなく、足で。
地面に転がる丸まったネット弾を思いっきり蹴り飛ばした!
「にゃ!?」
里梨花のたれ目がちの目が大きく見開かれる。
どんっと彼女の華奢な体に当たって揺れた。
たたらを踏んだ。
だが華麗な足捌きで体勢を立て直そうとする!
そこへさらなる俺の追撃!
「1.2.3! ポニーキュア!!」
俺の声が洞窟に反響する!
「――っに!」
体勢を乱したまま、びくっと里梨花の体が震えた。
何十回も見せられたオープニング。
さすがに記憶に残ってる。俺にも里梨花にも。
言葉だって武器の一つだ!
さらに俺は狙いをつけてネットランチャーの引き金を引いた。
バフッ
「ふみゃああ!?」
気の抜けた音とともに、ザアッとネットが広がった。
バランスを崩した里梨花を襲う。
避ける間もなく里梨花を絡めとった。
彼女は地面に、どうっとまともに倒れる。
受け身も取れないほど完璧に、何十にもネットに絡めとられていた。
それでもネットの中でもがいて抜け出そうとする。
俺は駆け寄ると覆いかぶさった。
逃げ出さないように上半身が下着姿の里梨花を押さえつける。
「里梨花! 一緒に帰ろう!」
「ハナセ、イヤイヤ!」
「学校がいやなら辞めてもいい! いや、やめよう! ポニーキュアの続きだって見たいだろ!」
僕が異様に詳しかった理由。
小学校高学年でアニメが好きなんてと親に禁止されていたが、
妹に頼まれてこっそり録画していた。ついでによく一緒に見た。
里梨花の動きが止まる。
「ぽにーきゅあ……」
「録画全部とってあるぞ! 続編も作られてるぞ!」
「……」
俺の下で体を強張らせている里梨花。
目を見開いて、何かを思い出すように遠くを見つめている。
妹がなぜポニーキュアが好きだったのか、いまさら分かった気がした。
強くて格好よくて、自分の想いを貫く。
大人たちの理不尽な要求にも屈しない。
そして大人のように強い敵をパンチやキック、膝蹴りなど、えげつない攻撃で倒していく。
とても自由だったからだ。
抑圧されてる日々を送る妹にとって唯一の慰めだったに違いない。
いまさらそんなことに気が付くなんて、兄失格かもしれない。
だから俺はますます腕に力を込めた。
「希望と夢は必ずある! 帰ってももう辛くない! 自由に生きよう」
俺の声が届いたのか、妹の体から力が抜けた。
「ジユウ……」
「里梨花、帰ろう」
ネットに包まれた里梨花が俺を見る。
「……オニーチャン」
「ああ、そうだ。里梨花のお兄ちゃんだ。迎えに来た」
「おにーちゃん」
懐かしい響き。
里梨花はそっと身を寄せてきた。
俺はネットの上からぽんぽんと、優しく背中を叩いた。
それからしばらくして。
どやどやと乱れた足音を鳴らして他の隊員たちが入ってきた。
けれども俺は里梨花を慰め続けていた。
◇ その後 ◇
最高学年の指導的少女を失った野性少女たちは、ほどなくして全員捕まった。
洞窟という拠点を奪ったのも大きい。
それからすぐに全員がそれぞれに合った更生方法――好みや趣味、信頼する人の愛情など――で社会復帰していった。
ただ事件の大きさに比べて、マスコミの扱いは小さかった。新聞の隅に小さく載っただけ。
さすがは華族や社長令嬢がごろごろ通うお嬢さま校だけあって権力者たちが裏から手を回したのだろう。
おかげで小市民のうちの家族まで静かに過ごせた。
里梨花に精神的負担がかからなくて本当によかった。
そして里梨花は転校した。
普通の私立校に。運動部の強い中学校。
テニスが好きで活発だったのだから、こっちの方が妹に合っている。
勉強についていくのは大変みたいだが、テニスの実力だけで進学は問題なさそうだった。野生児並の反射神経と評されている。そのとおりなんだけど。
ちなみに今はお嬢さまの頃だった仕草はほとんどしない。
微笑みを浮かべて「ごきげんよう」なんて言うこともなくなった。
笑顔で元気いっぱいに暮らしている。
ほっと一安心と言いたいところだが。
日曜の早朝、家のベッドで俺が寝ていると。
「おにーちゃん!! 起きて~!! 始まるよぉ~!!」
ズンッ!
寝ている俺の腹に妹の足が突き刺さる。
ホットパンツから長く伸びる細い脚。
肩までのショートカットが元気に揺れる。
俺は目を見開いて叫ぶ。
「ぐはっ! な、内臓が出る!」
「ついでに墨も吐いちゃえ。それよりポニーキュア始まる、始まる! 録画して!」
妹はまだ電子機器類の操作には慣れていなかった。
「う……わかった」
里梨花は大きな瞳をキラキラ輝かせて、俺の手をつかむとベッドから引っ張り出す。
リビングへと連行されていく。
途中の廊下で里梨花が俺を見上げて言う。
「今日は新しいドレスが出るんだって! めっちゃ強いらしいよ!」
「またか。おもちゃ会社め……」
飛び膝蹴りよりえげつない攻撃を繰り出すのだろうか。
出すんだろうな。
俺は妹に引っ張られながら苦笑した。
でも、と思う。
日曜の朝、妹と並んで歩けることが懐かしくも嬉しい。
それに、繋いだ小さな手の温かさがじんわりと心地よかった。
<完>
強引に完結。
読んでくれたみなさん、ありがとうございました。
7月2日追記
新しい連載始めました。ファンタジー長編に挑戦ですっ。
よろしければどうぞー。