第3話 嘘でも外へ。助けるために
目を覚ますと可愛い部屋が目に入った。
細長い部屋の真ん中でペンギンのぬいぐるみを抱いて眠る小学生の野性少女やよいが見える。
そうだった。膝蹴り喰らって気絶したんだっけ。
寝起きのぼんやりした頭で細長いコンテナの部屋を眺めていた。
するとレシーバーが鳴った。
『おはよう、悠斗くん。元気みたいね』
「さなえさん、おはようございます」
『朝食差し入れるから、やよいちゃんの傍に置いてね』
また頑丈な扉の下の小窓からトレイが差し入れられる。
パンやベーコンエッグ、フルーツにヨーグルトなど。
俺は少し不満げに言う。
「また洋食ですか。朝はご飯に味噌汁派なんですけど」
『お箸はいい武器になるけど、それでもいいの?』
「あ、はい。パン大好きです」
俺は夕食のトレイを回収して小窓から押し出すと、寝ているやよいの傍に朝食のトレイを置いた。
やよいが目を覚まし、口を開けてがーっと威嚇された。
歯並びの良い歯が白く光っていた。
そそくさと部屋の隅に戻って朝食を食べる。
「ていうか、さなえさん」
『なにかしら?』
「僕はいつ出られます?」
『そうねー、今日明日はまだ無理ねー』
「凶暴な少女とまだ一緒に!? 死んでしまいます!」
『大丈夫よ。だいぶ少女に戻ってるから』
「例えば?」
『少女漫画を読むようになったわ』
「おー。文字も読めるようになってきたんですね」
『そうよ。随分文明化したの。それに今から大勢入るから早く出てもらわないと』
その言葉に俺は眉をひそめた。
「……どういうことです?」
『ついに高学年、本当なら中学一年生になってる子たちの居場所が分かったのよ。島にばら撒いた発信機付きのぬいぐるみがね、そこにあるの』
「本当ですか! どこです!?」
妹の里梨花は遭難時、小学六年生。その中に含まれているはずだった。
『島の北、山の中腹の洞窟よ』
「僕も行きます! 参加します!」
『それは無理ねぇ。作戦は今からだけど、悠斗くん出られないもの』
「いやいやいや、さなえさん! 俺を出してくださいよ!」
『そのコンテナの扉、頑丈でしょう? 重いから開けて閉める間に逃げられちゃうのよね~』
「そんな! だって俺は――」
だって俺は、妹を助けなくちゃいけないんだからっ!
しかしそれは言えなかった。
俺はNPOのボランティアのバイト。
全員平等に助けなければいけない。私情を挟んではいけなかった。
ぐっと唇を噛み締めることしかできなかった。
さなえさんはのん気な声で続ける。
『今日の作戦に悠斗くんが参加できないのは痛手だけど、仕方ないわね』
確かに普通に考えれば出られそうに無かった。
でも俺は決意を込めて言った。知らずに拳を握り締めて。
「……いえ、出ます。必ず参加します」
『どうやって?』
「ポニーキュアの最終回までを流してください。その隙に出ます」
『そううまく行くかしら。扉はとても重いのよ?』
「それでもやります。逃げられずに出てみます。合図したら扉を開けてください」
俺は必死だった。
でも、何も考えていないわけではなかった。
一つだけある可能性。
それはポニーキュアが大人気だったこと。
今は続編が流れている。
つまり俺の知ってるラストなら、ラスボスを倒しても続きがある。
部下を各人で倒しに行くはず。再会を約束して。
――だったら!
しかし、さなえさんが聞き届けてくれるかは別問題。
細長いコンテナ部屋の隅で縮こまりながらポニーキュア最終回を待った。
ご飯を食べ終えても、まだ待ち続けていた。
――すると。
コンテナ中央の壁にかけられたモニターからポニーキュアが流れ始めた。
青と赤と黄色の少女たちが戦ったり、おやつ食べたり。
話し合ったり、おやつ食べたり。食ってばっかりだ。
俺はさなえさんが聞き届けてくれたことに感謝した。
話はどんどん進んでいく。
次第に盛り上がりを見せ、ついに最終回となった。
今までに無く激しいバトルが繰り広げられる。
画面の中でポニーキュアたちが叫ぶ。
『あたしたちには友達という希望がある!』
『友達という幸せがある!』
『友達という夢がある!』
赤と青と黄色の想いが光を放ち、交じり合って白い光となってラスボスを倒す。
色の三原色的には黒色になるはずなんだけど、という野暮な突っ込みはなしで。
俺はレシーバーで連絡する。
「さなえさん、開けてください」
『逃げられそうになったらすぐ閉めるからね?』
「わかってます」
俺の言葉が終わると、コンテナの扉のすぐ外でガシャンッ! と激しい音がした。
扉を閉める閂が外された音だった。
画面を見ていたやよいが大きな目を見開いて、はっとこちらを見る。
両開きのコンテナ扉は逃げられないために重くしてあった。
片側だけでも大人が体重掛けないと開けられないようになっている。
まだ、やよいが警戒しながらこちらを見ている。
長い黒髪と体が揺れていた。
すぐにでも動けるようにしているようだ。
――やばい。やよいが注目しすぎている。
俺は立ち上がり彼女を真剣な目で見返した。
「やよい! いや、ポニーキュアレッド! ボクは第3の妖精ハロンだ」
びくっと、やよいは華奢な体を震わせた。
構わず言葉を続ける。
「ポニーキュアたちの戦いはひとまずは終わった」
画面からも声が聞こえる。
『わたしたちの戦いはひとまずは終わりね』
やよいが腰までの長い黒髪を激しく揺らして、俺と画面を交互に見た。可愛い瞳が驚きで丸くなっている。
――動揺してる、動揺してる。
俺は力強い口調で言葉を続ける。
「でも、敵はまだここにいる! 君はここで待っていて欲しい!」
『でも、まだ敵は残ってるわ。わたしはこの街を、みんなは他の街を助けてあげて』
やよいは途惑いを見せながらも、幼い顔に真剣な表情を浮かべて頷いた。
ちょっと可愛い。
俺は後ろの扉に体重を掛けて押しながら言う。
「これからほかのポニーキュアたちを呼びに行って来る! はぐれないためにここにいるんだ」
「わ、わかった!」
やよいが胸の前で小さな拳を握り締めて答えた。
俺は自分では格好いいと思ってる笑顔で頷くと、扉の隙間から外に出た。
眩しい朝日。
清々しい空気。
南国特有の極彩色の鳥が森の上を飛んでいた。
扉の横には、ジャージを着たNPOの女性が立っていた。ショートヘアーの活発そうなお姉さん。確か大学生だったはず。
お姉さんはウインクしながら小声で言った。
「代わりに入るから、閂かけてね」
「りょうかいっす」
お姉さんは微笑むと、扉の隙間からするりと入った。大きな胸が押しつぶされる瞬間に目が行ってしまい、慌てて視線をそらした。
お姉さんが新たなポニーキュアと名乗るのかなと思いつつ。
それから俺は扉を閉めて、横に置いてあった鉄製の四角い棒を横にして扉にはめ込んだ。
ガシャンッと激しい音がして閉まった。
ふうっと思わず吐息が漏れる。
レシーバーが鳴る。
「はい、佐々木です。外に出ました、どーぞ」
『よく出られたわね。悠斗くんは詐欺師の才能があるわ』
「褒め言葉と受け取っておきます――それでどうすれば?」
『倉庫で装備を整えたら、広場に来てちょうだい』
「りょうかいっす」
俺はレシーバーを切ると、自然と駆け出した。
息が上がり、額に汗が流れ始めるけれども気にしない。
だってようやく妹を助けられるんだから!
一年前に死んだと思った妹。
その後、生きていた事実に喜ぶのも束の間、野生化したらしいと知ってショックを受ける。
助け出そうと島へ来たけど、捕まえられるのは小さい女子たちばかり。
どこに隠れているのかさえわからなかった。
それがようやく――。
でも、一筋縄でいかないのはわかる。
さなえさんは言った。
『普段抑圧されてた人ほど野生化が激しくなる』と。
妹は言ってみれば普通の子だった。
良家のお嬢さまではなかった。
それなのに親の見栄で通わされていた。本物のお嬢さまたちばかりがいる学校に。
いったい、どれほど心を押し殺していただろう。
どれだけ辛かったろう。
俺には想像付かなかった。
だからこそ、助け出さなくちゃいけないと思った。
今度こそ楽しく暮らしてもらうために。
――だって俺は兄なんだから!
南国の雑草を蹴飛ばすように走りつつ、俺は倉庫を目指した。
まだ終わらない。早く終わらせて異世界書きたい。




