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第1話 あと100人は多い

 絶海に浮かぶ孤島、エラミ島。東京ドーム何個分もある大きな島である。


 夏のような日差しが降り注ぐ朝。

 俺こと佐々木悠斗(ささきゆうと)17歳はジャングルのように生い茂る森の中を足音を殺して歩いていた。


 しばらくして木陰に設置された銀色の檻まで来た。人が入れるぐらいの大きさ。

 しかし中は空っぽだった。クリスピークリームドーナツの空き箱だけが転がっている。

 俺は腰に吊るしたレシーバーを手に取った。


「こちら佐々木。東側設置罠1~10すべて空っぽです。エサだけ取られてます。どーぞ」

『こちら戸田。西側設置罠もすべて空振り。どーぞ』


 会話の相手はNPO法人に勤める戸田さん。二十代後半の体育会系の男だ。

 俺は辺りを警戒しながら喋る。


「やばいっすね、これ。ドーナツの罠も学習されたみたいですよ。どーぞ」

『相手は子供とはいえ人間だからな。動物みたいにはいかんだろ。どーぞ』

「とはいえ一日に一人は確保しないとノルマが……。このまま進んで、見つけ次第実力行使しますか? どーぞ」

『了解、俺は西から悠斗は東から。見つけ次第、相手のほうへ追い込んで挟み撃ちだ。どーぞ』

「了解」

 俺はレシーバーを切った。

 捕獲用ネットを発射するネットランチャーを構えて森の中を進む。

 俺はこの島に、野生化した少女を捕まえに来ていた。もちろんバイトだ。警備員のような制服を着て、背中にはさすまた、手にはネットランチャー。腰には100万ボルトの警棒型スタンガンを吊るしている。



 一年前に太平洋上で飛行機が落ちて行方不明になった。

 乗っていたのは女子大付属の幼稚園と小学校に通う少女たちおよそ300名。

 大人たちは全員死亡。

 しかし子供たちは近くにあった無人島のエラミ島に泳ぎ着いた。


 そこまでは良かったのだが、一年間は全員死んだものと思われて救助活動がされなかった。

 さぞ悲惨な目に合っただろうと思うかもしれない。

 ところがエラミ島は一年を通して温暖な気候、豊富な食料、なにより人の天敵がいない島だったため、少女達はのんびりと暮らせた。

 いいや、のんびり暮らしすぎた。

 そのため少女達は理性を失い、本能のままに生きるようになってしまった!


 つまり野生化した。



 とはいえ幼稚園児たちは全員捕獲した。足の遅い小学校低学年も捕まえた。

 問題は足の速い小学生女子100名がいっこうに捕まらないことだった。

 本来なら警察や自衛隊が出動する出番だが、ここは日本ではなく。

 戦争反対、侵略行為、など叫ぶ大人たちが警察や自衛隊など公務員の出動を許さなかった。


 結果、NPO法人が組織され、ボランティア活動の一環として少女の保護が開始された。



 ――でも、日本の偉いさんたちは何も分かっちゃいない。


 野生化した少女の凶暴さを!!



 ガサッ!


 突然、目の前の茂みが大きく動いた。

 俺はとっさにネットランチャーを向ける。しかし弾は一発だ。無闇に打てない。

 はずすとカートリッジ交換している間に逃げられてしまう。


 俺はレシーバーの緊急スイッチを押した。会話せずともこれで戸田さんに伝わる。

 それから、東側から回り込むように、じりじりと茂みに近付いた。


 ザザザッ!


 と茂みが激しく揺れて、音が遠ざかっていく。

 俺もすぐに後を追って走った。木々の生い茂る薄暗い森の中を駆け抜ける。


 少女の後姿が見える。小学五年生ぐらいか。

 腰までの長い黒髪を後ろになびかせて駆ける少女。細くしなやかな手足を大きく振っている。

 着ている制服はぼろぼろな上に一年で体が成長したのかサイズが小さい。それに汚れたブラウスはあちこちが破れて白い素肌をのぞかせており、紺色の釣りスカートは、縦に破れて白い太ももが付け根まで見えていた。


 ただし、早い!


 ジャングルのような森の中を、ネコのようなしなやかさで走る。

 柱のように立つ木々を軽々と避けてまだ走る。

 避けるときにスピードが落ちない。


 俺だって高校生。サッカー部の練習してるから走るのは得意だ。直線距離なら負けない。

 しかし、こうも障害物が多いと、逆に小柄な少女の方が早い部分がある。

 頭にぶつかりそうな枝を屈んで避けて追いかける。

 距離はなかなか縮まらない。



 だが追いかけるうちに俺は笑みを浮かべた。

 それは、彼女が木々を回り込むときに、横顔や手が見えたから。


 ――両手にドーナツを持ってる。しかも一個は口にくわえている!

 

 口が閉じているということは鼻からしか息が吸えない。絶対息が上がるはずだった。


 ふははっ! 野生化してもしょせんは女子!

 スイーツ好きが命取りだ!


 内心の笑みを隠し切れないまま、ネットランチャーを持って走った。



 そして唐突に森が切れた。崖の上。下には島の真ん中を流れる川。

 この辺りは両側が切り立った崖で深い谷を作っている。

 対岸は十メートルほどある。

 ドーナツをくわえた少女は立ち止まり、逃げ場を探して左右を見た。

 野性少女に生まれた大きな隙。


 その逡巡が命取り――。

 俺は素早く構えたネットランチャーの引き金を絞った。


 バフッ


 と気の抜けた音とともに、三メートルぐらいの丸いネットが少女へ向かって放たれた。

 少女を包み込めるように、広がりながら飛んでいく。

 少女は崖の上。

 飛び降りる以外逃げ場はない。


 捕えた――。

 そう確信した瞬間、少女がこちらを見て幼さの残る端整な顔をニヤッとゆがめた。

 右手を振りぬく!


 ボスッ


 ネットにドーナツが命中した。

 広がるネットはぶつかったドーナツを基点にして収束を始める。少女の手前でネットは丸まって落ちた。

 俺は思わず叫んでいた。


「ば、ばかな――ッ! スイーツを自分から手放しただって!? 甘いものに目がない女子が!」

「きゃははっ」

 少女がくわえていたドーナツを一口かじって後は捨てた。

 そして、笑顔で俺に飛び掛ってきた!

 破れたスカートをひるがえし、白い下着を見せながら。


「くっ!」

 俺はとっさに顔をガード。警備服の分厚い生地に手の爪が刺さる。人形のように華奢な腕から出たとは思えない強い力。これが野性の力だ。

 少女の細い指先にある、長く伸びた爪が太陽を受けてギラッと光った。

 野生化してから爪を切っていないから、ナイフ並みの凶器になっていた。


「でぇぇい!」

 俺は押し返すように腕を振った。

 少女は身軽に離れて、また崖の上に戻る。


 俺は背中に差していたさすまたを引き抜いた。長い棒の先が二股にわかれていて相手の胴を挟める。

 さすまたを水平に構えて、二股の先を少女へ向ける。


 しかし少女は余裕だった。微笑みを浮かべてこちらの隙をうかがっている。

 華奢な体がかすかに上下している。長い黒髪が揺れている。いつでも動ける体勢だ。

 確実に捕えるネットランチャーを使った今、俺は相当不利だった。それがわかっているのだろう。

 いや、ひょっとしたら無駄打ちさせるためにわざとか!?


 ――くそっ、ここまで学習能力が上がっているのか!


 なにより俺たちは少女を無傷で捕えなくちゃいけないのに、少女は捕獲員を怪我させようとしてくる。容赦がない。


 少女が可憐な唇を赤い舌でなめた。

 動く気だ、と悟った俺は、先に動いた。

 少女の左へ駆け出しながら少女目掛けてさすまたを突き出す。

 少女は反対方向へ大きく飛んで避けた。

 空振りになるさすまた。


「狙い通り!」

 俺は口の端に笑みを浮かべて、さすまたを振るように手放した。

 小鹿のように細い足へと。

 滞空中のため避けられない。

 ガッと少女の足首に当たって、少女は着地できずに地面を転がった。

 落葉が舞い、制服がめくれて白い素肌がのぞく。


 俺はスタンガンを引き抜きつつ襲い掛かる。

 横たわる少女が怒った顔で叫ぶ。

「シャァァア!」

「黙れ!」

 俺は馬乗りになってスタンガンを彼女の体に押し付けた。


 バチッ!

 と青白い電光が散る。


「ギャアアア!」

 少女の体が弓なりに反る。

 それから体を強張らせて震えた。釣りスカートのベルトが薄い肩からはずれる。

 100万ボルトの高圧。さすがの野性少女も数分は身動きが取れない。


 俺は、ほっと息を吐くと、腰を浮かせてベルトに下げた捕縛用のロープを外そうとした。

 それが油断だった。


 突然少女は飛び起きた。スタンガンを持つ手首に噛み付かれる。

「痛っ! しまった――」

 カラカラと、スタンガンが地面を転がった。

 さらに少女は柔らかい体をバネのように振った。黒髪を乱して頭が飛ぶように――。

「ひゃう!」


 ゴッ!


 幼い少女の頭が、俺の顔面に直撃した。

 一瞬、頭がくらっとする。

 思わず後ろに尻餅を付く。


 失敗した、少女に逃げられる――。



 ところが少女は逃げなかった。


「りゃあああ!」

 どんっと俺を押し倒すように馬乗りになってきた。艶やかな黒髪が俺の顔をくすぐる。

 人形のように可愛らしい顔なのに、怒りに目が釣りあがっている。

 痛い思いをさせた俺を、絶対許す気はないらしい。


 もちろん少女の下から抜け出そうとした。

 けれど両手ごと胴体を挟むように乗られたので動けない。

 すらりとした細い足に押さえ込まれて、腕を動かそうにも動かせない。


 形勢逆転。

 彼女は右手を振り上げる。

 ギラリと光る鋭い爪。

 怒りの視線が俺の右目を見ている。

 ――狙いは目か。



 俺は少女の後ろ、緑のジャングルの上に広がる真っ青な南国の空を見ながら後悔した。

 ゴメンよ里梨花りりか。兄ちゃんはダメみたいだ――。

 小学生の可愛い妹の顔を思い出す。垂れ目がちの優しい顔。いつも微笑みを向けてくれて、何かあればおにーちゃん、おにーちゃんと慕ってくれた。可愛い妹。

 もう一度、会いたかった。



「しゃあああ!」

 少女は鋭い呼気とともに腕を振り下ろす――。

 俺は観念して目を閉じた。


 バフッ


 遠くから気の抜けた音がした。

「お?」

「りゃ?」


 バサァッと真横から何かが飛んできてそれに包まれた。

「ねっと!? ――戸田さん!」

 見れば崖の対岸。

 ネットランチャーを構えた背の高い屈強な男が立っていた。


 戸田さんはランチャーを肩に担ぐと低音の声をよく響かせて言った。

「行くまで大人しくしてな」

「しゃあああ!」

 俺のすぐ隣では少女が暴れていた。しかし手も足もがんじがらめに絡め取られていて身動きできない。

 ネットは強靭なワイヤーが使われていてナイフを使っても切れない。

 もちろん俺も一緒に絡め取られてるわけだが。


 ふと見ると少女は暴れすぎたせいで白い肌に血が滲んでいた。

 やばいなと思った。俺がいるせいで少しネット内にスペースが出来てしまい、暴れられるようだった。

 これ以上暴れると爪がはがれたり、体を深く切ったりするかもしれない。

 俺は少女がこれ以上暴れないよう、ネットの中で少女の体を腕ごと抱き締めた。

「しにゃああああぁぁぁ……」

 少女はますます暴れようとしたが俺はしっかりと腕に抱いて守り続けた。



どのタグを選んだらいいのかいまいちわかりません。

ルビのやり方が違うみたいですね、すみません。あとで調べます。

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