イポスとの出会い
次に目が覚めたのは回りが柵で囲まれていた場所だった。多分ベッドか何かだろう。背中あたりの感触からなんとなく思う。白い天井そして、クルクル回る変な物が見える。
俺はなんとなく手を伸ばした。
視界に自分の手がうつる。……うつる。…………?
俺は夢でも見ているのだろうか?
この小さなプニプニした手……。俺の、なのか?
「あーっ!(どうなってんだ!)」
いつもの聞きなれた声ではなく、高くて言葉らしくない音が、口からもれる。
……悔しいが認めるしかないのか。
俺が赤ん坊になっていることに。
よく考えたら俺はあの時に死んだんだった。……あの感覚。死んだことがない俺でもわかる。
赤ん坊なのはきっと転生。うん、そうだ。なんで前世?の記憶があるのか知らねぇけど。まあ、便利だろぅな。
まぁ、前世の記憶なんて使えないな。俺、バカだし。……ん?この頭、賢いぞ?前世で無理だった問題の意味がわかる!赤ん坊なのに。……ん?まてよ。つまり……。
(俺は赤ん坊以下だったのか……。)
《気にしなくても大丈夫だよ!僕たちがいるもん!》
かなり落ち込んでいる俺の耳に声が届いた。赤ん坊となっている俺は動けないため、姿を見ることはできない。だが、その声には聞き覚えがあった。
「うーっ!(確かあの部屋で聞いた声?)」
《新しいご主人は可愛いなぁ!僕ね、イポスっていうんだよ。》
(イポス……?)
《ご主人、よろしくね!》
フッと俺の視界にある動物の姿がうつった。それはクリーム色をした猫だった。
「あぅ〜っ!(猫っ!)」
《ち、違うもん!ライオンだもん!》
イポスは怒った声を出す。
猫ライオン等の猫科動物が話しているという不自然なことに、俺は違和感を感じなかった。
「さっき、猫が入ってきた気がするんだけど…。どこなの?気のせいかしら?」
《……げ。》
イポスはすぐさま俺の視界から消える。……と同時に、部屋の扉を開ける音がした。
「あーぅ。」
「あら?お目覚め?おはよう。」
俺が起きていたことに気づいたその声の主がやってきた。
視界にうつるのは綺麗な女性。金色の長髪をゆるく一つにくくっている。
その女性は俺を愛おしそうに数回、頭を撫でた。俺はどうしていいのかわからない。
前世では親友のあいつには劣るが、かなりイケメンだったと思っている。そのため、一般に綺麗な女性と呼ばれ、10人中10人が振り返るだろう女性とも合コンし、付き合ったことさえある。なのに……。この女性の美しさはぱねぇ。やば、女神ってこういう女性をさすのか……?
思わず見つめていると女性がニコッと笑った。俺はドキッとする。女性は俺を優しく抱き上げる。
「よしよし、良い子良い子。」
「うー?」
「うふふ。私の可愛いレム。」
(……レム?もしかして俺の名前か?)
ここでフッと思い返す。……あれ?俺の前世の名前、なんだっけ?あと、親友のあいつの名前は?
前世にいた弟も、姉の名前も思い出せない。両親もだ。顔や仕草、声の高さ。よくする表情。いろんなことを覚えているのに、名前だけは思い出せない。
……それどころか、前世のことを考えると眠くなる。どうやら体力をかなり奪われるらしい。まだ赤ん坊だしな。
「う〜っ。」
「あらあら、眠たいの?お休みなさい。私の子ども。レハブアム・ソロモン・プロヴィデンス。」
……む?なんだその厨二くさい名前は?
俺は眠気に負けて寝入ってしまった。女性…否、母親は嬉しそうに笑ってレムをベッドに寝かせた。
そして名残惜しそうに何度も振り返りながら、部屋から出ていった。
《……ご主人寝ちゃった。せっかく僕が来たのに。》
ライオンらしい小さな猫は女性が部屋から出ていったのを確認しながら、レムの側へと向かった。
《ご主人、僕の失態でここに……。ご主人が望む世界、僕、お手伝いします。》
イポスはレムの隣に座りこむ。そして丸まって、レムとともに夢の世界へと向かった。