どうも、勇者です。
どうも、初めまして。勇者です。
いさましいものと書いて勇者です。
え? ヴァン? あぁ、死にました。
死んだといっても、戸籍上です。戸籍上では、ヴァンという人間は抹消され、代わりに勇者という名前が刻まれました。
多分、苗字が勇で名前が者だと思います。うそです。わかりません。
結局、勇者、なっちゃいました。
それはもう、ものの見事に。
幾年も鍛錬に励んだあのギルマス、数々の猛者を鍛え上げたあの師範、孤高の剣士にして最高の剣士。
どいつもこいつも実家に帰りました。
多分、不本意だったからだと思います。不本意すぎて、もう剣を持つことがバカバカしくなったんじゃないかな。
ギルマスはうどん屋を継ぎ、師範は庭師の職業を会得し、孤高の剣士は子供たちに紙芝居を見せて和やかな日々を営んでいるみたいです。
その他、名高い剣士という剣士は皆その職業を捨て、別の人生を歩み始めたそうです。
一方で、僕も勇者として新たな人生を歩み始めました。士官学校も強制卒業させられました。『君、明日から来なくていいよ』みたいなニュアンスでした。
そして、今の僕はすこし特別な存在なんです。一般人ではないわけだしね。
試しに街を歩いてみると、
「しねー、しねー」
ちょっと商店街までお出かけすると
「しねー、はやくしねー」
近所の武器屋によってみると
「何が勇者だしねー、はよしねー」
おうちで寝ていると
「消えろ!! なんでお前が勇者なんだ、しねー」
「死にたい」
いや、僕は能天気なので士官学校の授業サボってクラスの皆から何言われようと何食わぬ顔でサボり続けてたんだけどね。さすがにこれは耐えられませんよ。だって会う人みんな罵声を浴びせてくるんですもの。
ここまで世間の風当たりが強くなるとは思ってもみなかったよ。勇者はそれほどまでに名誉あり誉な存在なんでしょうね。そんな勇者にワケわからんどこぞの馬の骨が着任してしまったが為の民の怒り。
僕がまだ年端もいかないころから良くしてくれたおじさんに、この前偶然会ったんだけど。
「……きっと君は消えるべきなんだ……そう……女神が告げているのだ」
おじさん、心の中で少しオブラートに包もうとした努力は良く分かるよ、ありがとう。でも結果的により一層ダメージが増えたよ。あと女神のせいにしちゃだめだよ。何考えてんだ。
そんなわけで、世間での評価が『怠け者のヴァン』から『今すぐ死んでほしい勇者』にランクアップしました。心の経験値がガンガンたまります。
それもこれも、全ては王女モニカ様のせいだ。
彼女は現王女であり、最高権力者なのは勿論のこと。
だけど、アイツは王都の士官学校で同じクラスだった級友だ。
その時にはまだ、王女じゃなくて王族ってだけだったから、まぁそれでも位は高かったけど普通に話してたんだ。
それが、ものの数年で王女になって、意味不明の勇者使命ときた。
なにか悪いことしたかな? しいて思い当たるといえば、必死で集めているようだった『豚の真珠』という結構レアなアイテムを執拗に壊すことくらいだけど、それは土下座して許してもらったもん。あ、そのあともういっかいやったっけか。でも一回許してもらってるし、それはもう嫌よ嫌よも好きの内とかいうやつだと思う。
あ、その後も他のレアアイテム盗んだっけか。
まぁいいや。
とにかく、僕は王女への不満が爆発しそうなのだ。
「あ、勇者だ。しね!!」
だから、今から王宮に行って直談判、物申しに行くのだ。
王女の言葉は絶対、だから取り消しにはならない。だけど勇者剥奪なら、王女の進言で何とかなるかもしれない。
「勇者だ、キモっ!! しね!!」
それにこんな不当な物言いをして、王族の間でも問題になっているかもしれない。
「勇者キッッッッッモ!! しねッ!!」
いや、現にこの罵詈雑言の嵐は由々しき問題だよ。石も飛んでくるし、泣いちゃうよ。
「あ、ヴァンだ。キモッ」
あれ、今リアルなのなかった? いや、今までのも十分リアルなんだけど今のはなんていうか、本質的なところを突いてきたような。
あぁ、ついには幻聴も聞こえるようになってしまったのかもしれない。でもそんなことでくよくよしてられない。
こんなことでめげていてはいけないんだ。まだ何も抵抗していないからね。抗ってみなきゃわかんないもの。
だから、まだ背中に木の棒とか石とか酷い時には炎属性の魔法が飛んでくるけど、あきらめない。
この目の前にそびえる王宮で、文句の限りを吐露するのだ。
「よしッ、諦めないぞ!!」
「あきらめろ、しね!!」
今のは効きました。
でも頑張ります。