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思い出話とお伽話

「待っていました」


「…………」


 あれ? 今言ったの誰? 僕じゃないよ。違うもん。あれれ?


「……いつまでそこに立っているんですか?」


 また聞こえたよ、幻聴かな。おかしいなぁ、でも頭に響く感じじゃなくて普通に耳に届いてきてる声なんだけどなぁ。


 辺りを見てみても、居るのは僕とコボルト・エグゼクティブの二人だけ。正しくは一人と一匹。


 そして僕が喋っていないとなると、自ずと答えは限られる。


「えーと…………」


「どうぞ、入ってきてください」


 どう考えても、凛々しく、雄々しく在るあの狼が、話しているとしか考えられなかった。 取り敢えず、言われた通りに広間に入る。すると扉が勢いよく閉まる。


 これで死んだら骨、拾われないよ。


「あ、あのぉ……」


「はい?」


 表情崩さず、平然と受け応えてくるこの狼。もしかして、高い知能を誇るが故に人と話を出来るようになり、注意を逸らしたところでズドンと殺すつもりなのか!? そんなことしなくても絶対強いじゃん!! 


「えっと、どうして……僕と会話できているんですかねぇ……なんて」


 コボルト・エグゼクティブ、コボルトのボスがその体を動かした。ヤバイ、殺される。


「それは、あなたが私に会話を持ちかけてくれたからですよ」


 鈴のような女性の声色をした神々しいその獣は、なんだかよく分からない事を言った。今の発言に対してどういう意味なのかちょっとばかり考えていると、その透き通るような綺麗な声が再度、耳を突き抜ける。


「最初は、まったく分かりませんでした。寧ろ、ひどい人だと思っていました」


「??」


「私の仲間たちを殺すに飽き足らず、殺さずに痛めつけ続けるその所業。厄鬼のようでした」


「あ、いや、それはそのそういうワケじゃなくて――」


「分かってます」


「え?」


「だって、一度倒した仲間をもう一度倒すような真似しなかったじゃないですか。私ちゃんと知ってます」


 あ、それは一応攻撃しようはしたんだけど、コボルトが頭良くて埒が明かないのを察したからですよ。なんて言えない。


「それに、つい先程の掛け合いで確信しました」


 僕がやっぱり違和感しかない映像と音声のギャップに依然戸惑いながらも、相手はどんどん話を進める。


「あなたはさっきの戦いで私の仲間になんて言っていたか覚えていますか? いや、そもそも『何かを言った』という事実を覚えていますか?」


「……何かを言った?」


 そこでふと考えてみる。あの戦いの時に何を言ったのかを。コボルトに向けて、僕が何を言ったのかを。


「あ――」


「思い出しましたか?」


「……恥ずかしいセリフを言っていたような気がします」


「……恥ずかしい?」


「いや、あの……人の言葉が分からないコボルトに、話しかけるような会話を持ちかけたような……」


 そこまで言ったところで、今の僕が隙だらけでもじもじ恥ずかしがっているという事態に気がついた。ヤバイ、嵌められてた!! 巧みな話術と澄んだ声色に騙されてた!!


 と、右手を腰の片手剣に充てがおうとしたところで、相手が一歩も動かず、心なしか笑っているような気がしたことで、僕は動きを止めてしまう。


「……やっぱりあなたはあの時の人だったんですね。あなたの言葉で二度目の確信を得ました」


「あぁ、えーと、僕にはなんのことかさっぱり……」


 唯でさえダンジョンに行かなくてモンスターと関わりがないのに、こんなダンジョンを守る強モンスターでしかも人の言葉を理解できるオプションがついたモンスターなんて全くと言っていいほど心当たりがなかった。未だに巧みな話術を使った奇襲を考えているんじゃないかと疑っている。


「……そうですか」


 ちょっと切なそうな小さな声で言葉を切ったそいつは、立ち上がりゆっくりとした歩みでこちらに近づいてくる。モンスターにしてはありえない速度でゆっくりと進んでくる。まるで何かを踏みしめ、確かめるようにゆっくりと――



――僕の前を通り過ぎた。


「……??」


 すると、少し戻って方向を変え、またゆっくり歩いて僕の前を通り過ぎた。そしてまた、と何度かその行為を繰り返してようやく

僕の目の前付近で留まった。


 僕はなんだかその景色に既視感を覚えた。そして、瞬時にある結論へと思考が集結した。


「…………まさかね?」


「えっと……この辺ですかね?」


 疑るようにさらに慎重に体を伸ばしたその獣は、確実に覚えがある行動でその事実を証明してきた。


 鼻先が僕の防具をやさしく撫でる。その存在を確かめるように何度も何度もくいくいと摩ってくる。


「……当たり、ですね」


「お前、あの時のちっちゃい……」


 ようやく気づいたのか、と。そんなことを言いたげな澄ました表情なのだろうか、そんなことを思わせる顔立ちで僕の前に座ったそいつは、警戒心を解き去ったような姿勢でその場で落ち着く。


「あの後、モンスターと人間の大きな戦いがあったんですよね。私はその間もずっと街の施設に入れられていて、分かりませんでしたけどね」


「…………」


「私も元は大草原の生まれなんです。いっつもぼーっとしている私はいつの間にか群れから離れて王国の中に迷い込んでしまいました。それから直ぐに、あなたと出会いました。そのあとは、施設に入れられて、しばらく放置されていたんです。だけど、しばらくして……そうですね、ちょうど大草原の事件が鎮圧されたあたりなんだと思います。ある一人の青年がやってきて『ギルドのみんなは事件で忙しそうだから、逃げるなら今だよ』って、私たちを逃がしてくれたんです」


「そんなことがあったんだ……」


「そして私は仲間を探して歩き回り、祠を見つけました。それからはいろいろあったんですけど、時が経つにつれて仲間たちにはない白毛が生えて来たらしくて――」


 自分じゃ分かんなかったんですけどね、と、おどけたように笑った。既に僕は相手がモンスターではなく、一人の少女に思えてきている。僕はそういうところがある。どんな生き物でも、少し接していれば直ぐに人対人の接し方をしてしまうんだ。あの『ゴブリン』『ドルイド』『たけし』は別としてね。


「気がついたら私は群れのリーダーでした。体格も一回り大きくて、毛皮もみんなより豪勢らしいんですよ。見えてますか?」


 くるくるとその場で回って、嬉しそうにその毛皮を見せつける彼女には、依然の面影が見え隠れしていた。


「そうだったのかぁ……うんうん、大きくなったみたいでなによりだよ。僕もギルドに連れて行かれるところを見たときはちょっとショックだったからね、元気みたいで嬉しいよ」


 首元の白毛をやさしく撫でると、異常なまでの質感に驚かされた。ふわふわしており、どれだけの空気を内包し、どれだけ繊細な作りになっているのか想像もつかない。


「……あなたが私にしてくれたお噺、覚えていますか?」


「お噺?」


 最初は忘れていたが、すぐに思い出した。僕が童話も読むキッカケになった本であり、彼女に読み聞かせた本の事だ。


「あぁ、覚えているよ。人間になりたかったドラゴンの話だろ?」


「はい、そうです。あの話を聞いて、私は安直ながらも夢を持ってしまったんです。ドラゴンと同じ夢を」


「……人間になりたいっていう?」


 彼女はコクリと頷いた。


「理由はたくさんあるんですけど、大きかったのは、会ったばかりの、それもモンスターに本を読み聞かせてくれた人に、人間として何か恩返しがしたかったということ。それともう一つは、本を読んでもらっていた時の温もりをもう一度感じたかったからです」


 尻尾を振って、伸びやかにした体躯を穏やかに休めるように、彼女は息を吐いた。


「本を読んで聞かせてもらっている時、私はあの時の暖かさを忘れたことは一度もありません。あの人の温もりを――今度は人同士で感じてみたかったんです」


 彼女の熱意が伝わってくる話は、聞いていて飽きなかった。鈴の音が優しく鳴り響き、心地よい風が肌を撫でて、暖かな日差しが全身を包み込んでくれるような、そんな思いに僕はいた。


「そっか。僕が夢を与えちゃったのかぁ。僕みたいな人間がか……」


 そんな話を聞いていると、改めてこれまでの僕の人生に塵ほどの価値すら無いんじゃないかと思えてきてしまう。


 いや、多分ない。というか、ない。本人が言うんだ、無い。


「それに、目が見えなくても見える世界があるって言ってくれましたよね!! あれも本当だったんですね!! 耳から聞こえる音や、全身で感じる空気、他にも目に見えない世界を幾つも経験してきました。それに、私の中の世界ではあなたもちゃんと見えているんですからね!!」


 確かにそんなことを言ったなぁ、と今更になって気恥ずかしくなる。やっぱりその時も僕は調子をこいていたんだと思う。


「その世界の僕はどんな感じなの?」


「えーっと、強くて、かっこよくて、優しくて、面白くて、人気者で、でも私と一番仲良くしてくれて、それで――」


「――やめてください」


 死んじゃうよ。こういう殺し方もあるのね、そこまで言われちゃうと今の自分が惨めすぎて泣けてくるよ。あぁ、せめて彼女の世界でだけは理想の存在でいてくれ、と願うばかりだ。


「でもさ……その願いは――」


 僕は、言おうか言わまいか迷っていたが、結局言うことにした。その話は本の中の話であり、しかも本の中でもドラゴンの夢は叶わないことを僕も彼女も知っている。それなのに自信満々に言う彼女に、何かあると思ったのだ。


「……あなたは、この本を知っていますか?」


「本?」


 そうして彼女が奥の方に行き、見えないはずなのに手馴れた動作で漁った藁の中に、一冊の本が垣間見えた。


「人間になりたかったドラゴンの続きのお噺ですよ」


 そう言う彼女は、軽快な足取りで僕の下まで迷わずやってきてその本を渡してくれた。題名は『ドラゴンと親友になった少年』。


 その本のページを捲って、すらすらと文章を読んでいく。子供向けなのだろう、読むのにそう時間はかからなかった。


 内容はこうだった。


 山の中で眠り続けるドラゴン、そこにあの少年がドラゴンを探しにやって来る。やっぱり忘れられなかった少年は来る日も来る日も山の中を駆けずり回り、ドラゴンを探した。そんなある日、その日も同じようにドラゴンを探していた少年は、今まで行ったことのないとても高い崖を見つける。その頂上は、雲を突き抜けており、少年はそこにドラゴンがいると思った。


 そうして登り始めた少年だったが、頂上まであと少しのところで、手を離して落ちてしまう。


 その時、ドラゴンの首にかかったペンダントが光り輝き、ドラゴンは少年の気配を察知し、今まさに落ちる少年のもとへと飛翔しその背中で少年を受け止めた。


 やっと出会えた少年は、大粒の涙をこぼして喜び、ドラゴンに抱きつく。その時、少年が抱きついたドラゴンの体が光り輝き、ついにはそのドラゴンが少年と同じくらいの人間へと変貌する。二人は空の中で抱き合い、永遠に一緒にいることを誓う。


 というものだった。


 作者は別の人で、元のお話をリスペクトして作ったんだろうと思った。プロの作家ではない、有志によって作られたような作品。そんな感想を抱いた。


「どうでしたか?」


「うん、文章は拙いけど、とても心地よいエンディングだったよ。でもこれをどこで?」


「街に迷い込んだ時に、同じ匂いというか、そんな雰囲気の本を商店から盗んできちゃいました」


 ちょっとばかしの悪戯。のはずなのに、こんな神々しい生き物が及んだと考えるとどうにも常識を忘れそうになる。盗んじゃったって。同じトーンで『国、滅ぼしちゃった』って言われても頷ける威厳と威圧力があるのに。


「内容はわかっているの?」


「仲間に教えてもらいました。私の仲間には、大草原で人と触れ合ったおかげで文字も解読できるコボルトがいるんです!! どうですか、すごいでしょう!?」


「あなたの方がすごいと思うけどね……」


 そんな神々しい以下略。


「それで私、その文章を読んでわかったんです。私も人になれるかもしれないって」


「うーん……確かにこの本ではドラゴンも人になれているけど……所詮お噺だからね」


「でも、私だって思い出の品があるんですよ、これ」


 そう言って前に出した足には、見覚えのある紐が汚くも結ばれていた。


「それは……僕があげた?」


「そうです!!」


 彼女の足に結ばれたそれは、僕が彼女と別れる時にあげた本の栞の紐だった。


「これが、本で言うところのペンダントですね!!」


「そ、そうなるのかぁ……」


「光出しはしませんでしたけど、結果的にこうしてまた出会えましたね!!」


「う、うん、出会えたね」


「じゃあ、残るは一つです」


「??」


 そう言った彼女は、休んでいた体を起こして、またゆっくり僕に近づいてきた。もう、殺気なんて微塵もない、それどころか、和睦、親交、愛情、その手の感情が溢れんばかりに伝わってきていて、警戒心なんてものはどこかに消え去ってしまっていた。


 大きな体が、華奢な女性の体躯にも見えるような、そんな端麗な歩みで近づく彼女は、光を失っているはずの黄金の双眸で僕の瞳をしっかりと捉え、綺麗に靡くきめ細かな毛を少し震わせ、細く鋭く、形よく整った口を少しだけ開いて、僕に問いかけてきた。僕はその時、息が止まっていた。


「私を――抱いてくれませんか?」

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