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再会

「良い『喧嘩』だった」


 地面に伏して、意識を失っているコボルトを見る。

 正々堂々の一騎打ちは、白熱し、激戦の様相を呈した。


 一進一退の攻防がしばらく続き、形勢は怒涛の攻撃で終始コボルトが優勢だった。

 攻撃速度も、瞬発力も、敏捷性も、基礎能力では全てにおいてコボルトが上で、まともに戦えばこうなることは僕も分かっていた。唯でさえ身体能力の低い人間で、あまつさえ怠惰な生活で鈍りきった体に鞭打つ僕の振る舞いでは、所詮死なないようにすることが精一杯だった。


 しかし、人間は知力がある。他のどんな生き物より、物事を考える力がある。

 感情という邪魔な因子もあるけど、時にそれはいいスパイスになったりする。


 そしてこの戦いは、僕にとってまさに感情のスパイスが加えられた戦いだった。




 ここまでコボルトと対峙していれば、嫌でも思い出してしまうあの思い出。

 

 つい前まで一緒に戯れていた奴が、死へと続くベルトコンベアのような、そんなギルドの手によって運ばれていく姿。あの時は悲しいものを感じた。


 だからといって万物へ情入れすることを止めたり、ギルドを恨むようなことはしない。それは別に間違ったことなど何もないからだ。


 ギルドは王国の安全を守るために国内のモンスターを捕獲しており、モンスターも自身の責任で迷い込んでしまっている。

 大草原のモンスターが例外だっただけで、普通モンスターは非常に凶暴で危険な存在だ。だからそれだけ用心しなければいけない。


 どちらを咎めることもできない。

 だからこそ、一層思い出したくない記憶なんだ。


 得意の屁理屈でも、自分が思うような擁護ができない事実。その事実が非常に憎い。

 

 そんな戦いには不向きなスパイスが、僕の平静を常に保ってくれていた。

 戦いに熱中して我を忘れるような、自身を顧みない突撃をするような、そんな感情を抑え、クールで落ち着いた心身を保つ為のスパイス。


 それに僕の思い出したくない思い出が一役買っていたのだった。


 そうして耐えに耐え忍んだ結果把握した、コボルトの攻撃パターン。そしてその攻撃の際に生まれる決定的な隙。


 僕が勝利を手にする方法は、この隙を突くことだけだった。

 あとは簡単だ、狙った瞬間に剣を振るうだけ。


「これで……全部かな」


 慈愛の剣で蘇生してから、峰打ちの打撃によって瀕死の状態で気絶しているコボルト達を脇目に辺りを見回す。


 もう少しいたはずのコボルト達は、途中で恐れをなしたか逃げ出していってしまった。


 おそらく、もうこの辺りにコボルトはいない。そしてそれは同時に、ボスの間への道が開かれたことを意味する。


「さて……それじゃあ初ダンジョン踏破といきますか」


 僕は血と土で汚れた片手剣を脇に刺し、防具の裾を叩いて、奥へと歩みを進めることにした。




 ■




 祠は奥へ奥へと行くほど道が狭くなっていき、入り組んだ形状になっていた。

 そして最新部と思しき場所まで到達したとき、目の前には立派な扉が立ちはだかっていた。


 鍵は道すがら、地面に転がった光り輝くものを見つけており、それがここの鍵だと思う。


 しかし、ここまで来た途端に今までの疲れがどっと体にのしかかって来た。視界が目眩で虚ろになり、平衡感覚が失われていき、しまいにはその場に膝をついてしまう。


「あれ……おかしいな……アドレナリン、切れた……?」


 もうまともに立つことも出来なくなり、地面についた膝が笑い始める。下半身から段々と痺れが生じ始め、ついには下半身が云う事を聞かなくなってくる。


 それもそうだ、これまで僕は死の瀬戸際に立たされ、逆境という立場にいたんだ。負ければ死ぬ、そんな百と零しかない世界を彷徨っていたんだ。それが終わった今、僕にこれ以上の余力は残されていない。


 僕は予習してきたダンジョンデータを記したメモを取り出す。

 ここにいるのは、祠を守り、コボルト達を取りまとめるコボルトのリーダー『コボルト・エグゼクティブ』。


 すべてのコボルトを完全凌駕し、圧倒的な力量と知力を兼ね備えるまさにコボルトの上位種。

 そんなやつが、この扉一枚隔てた先にいるのだ。


「でも、いざ面と向かえばまた逆境になるし……いけるんじゃないかな……」


 これは慢心というのだろうか。うーん、少し違う気がする。でも今の僕には退く理由が見いだせなかった。

 もしかしたら死ぬかもしれない、無茶をすればあの鋭い牙で食いちぎられるかもしれない。だけど不思議とそんな不安は皆無だった。


 片手剣を抜き、刃先を地面に立てて立ち上がる助力にする。一度立って、体勢を立て直してみる。


 でもやっぱり目眩と膝のせいで、うまく立ち留まることができない。

 そうしてふらふらしていると、懐から鍵が落ちた。


 それに気がついたのは、目ではなく耳。音で気がついた。


「あ、いけない、いけない」


 重い腰をおろしながら、膝を庇いながらその鍵を拾おうとしたとき、またも耳で新たな状況の更新を悟った。


 その音は前の方から聞こえてきた。でも前には頑丈そうな扉。


「うん……?」


 鍵を手に取り、恐る恐る顔を上げるとそこには驚くべき光景が広がっていた。目眩は一瞬で吹き飛び、膝は突然嵌るべきところに嵌ったかのように安定する。全身に見る見る力が戻っていき、脳は目で得た情報を必死に行動命令へと昇華しようとしている。


 そう、開かれた扉からは、神々しい光が漏れ届いていた。それは太陽の光か、それとも別の何かか、イマイチ良く分からない。


 頑丈そうな扉は、誰も力を加えていないのに勝手に解き放たれ、奥の広間と僕のいる通路を完全に繋げていた。


「あれ、鍵なんてまだ使ってないはずだけど……」


 まるで雪面で反射した陽の光のように、暴虐に近い光が双眸を焼き尽くすように飛び込んでくる。それを左手で防ぐ。


 奥にいる『何か』は、堂々たる姿でその場に佇み、黙ってこちらを向いていた。


「あ、あれは……」


 今までのコボルトより大きく立派な体躯、全身を覆う繊細な毛皮は煌く琥珀のような輝きを放つ。首周りには白色、いや銀色、そんな色の一際美しく生え揃った細毛がまるで鬣のように全身を飾る。


 静観な面持ちは、もはやモンスターには見えない。神聖な狼を彷彿とさせる。確か僕が読んだ本にも何度か出てきた想像上の生物。だけどその本で見たどの絵より、そいつは神々しい。


 そうして佇む神狼とでもいうかのようなそいつの、細く凛々しく開かれた瞳。どこか見覚えのあるその白みを帯びた双眸に、僕は既視感を覚えた。


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