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静けさの前では何も出来ない

 果たしてサンの言っていることが本当なのか、それを確かめる術は今のモニカにはなかった。確かめる術どころか、モニカは自分の存在そのものが根底から覆される事実、更に言えばこの世界に全く知らないとんでもない存在がいるという事実。いきなりそんなことを言われたというのに、モニカには少しだけ思い当たる節があった。それは微かな記憶。幼い頃の淡い記憶。


 母の記憶。


「…………信じる信じないは置いておいて、取り敢えず今はこの状況を打開するために協力して置いた方が良いかもしれないわね」


 サンの背中をついていきながら、おそらくこの少年は強くはあるがシェリルなら倒してしまうことが出来るくらいだろうと考えていた。モニカ自身ではおそらく勝つこともないし負けることもない。アリスでも勝ちきることは難しいくらい。シェリルのフェアリースケイルでなら何とか。もし何かあったときのために、シェリルに言伝だけしておこう、そう考えていた。


 一方でサンは姉のエルと何やら話していた。


「ねぇサン、この騒ぎが終わったらしたいこととかある?」


「え、突然そんなこと言われても全然考えつかないな。そもそもこの騒ぎを生きて終えることが出来るかどうかすら怪しいし、姉ちゃんはもっと緊張感持たないと」


「ま、まぁそうなんだけどね。少なくともサンは何があろうとお姉ちゃんが守るから、今のうちに終わった後やりたいこととか、楽しいこと考えておいた方が良いんじゃないかなぁって」


「姉ちゃん、もうちょっと真剣になろうよ。俺たちはもう覚悟が出来てるんだ。目の前のことだけ、他のことは今はどうでも良いよ」


 歩く速度を速めてエルを置いていこうとするサンに、エルは少しだけ残念そうな表情になって、それでも直ぐにその後を小走りで追いかけていく。そんなエルの後ろ腰には、サンから見えないように右手で隠された髪束が握られていた。

 エルは丁寧に折りたたんで持っていたそれを、ほんの少しだけ躊躇した後ぐちゃぐちゃに握りしめて見えないように捨てていった。


 モニカはそれを少し悪いような気がしつつ、拾い上げて開いてみた。それはどうやらパンフレットのようで、この国の近くの観光名所や有名なスポットかまとめられたものだった。数枚のパンフレットをめくっていくと、最後の一枚はノートの切れ端のようで、エルの手書きで数字と数行のコメントが書かれていた。よくよく見てみると、その数字はパンフレットの数字を指しているようで、そこに関するコメントが綺麗な文字で書かれている。


「小さい頃、たくさん歩いてサンと二人でピクニックに行った場所。サンは歩き疲れていたけど、一回も弱音を吐かずに頑張っていた。夜にお菓子を買ってあげたら、いらないと言われたけど、私が見ていないところでおいしそうに食べてたの嬉しかった!」


「病気で体調を崩していた私のために、サンが花を摘みに行ってくれた草原。よく花を摘みに行っていた場所だったけど、そのときは季節が冬で全然花が咲いていなくて、それでもサンは泣きながらお花を探してくれた! 結局見つからなかったけど、青々とした草を結んで不格好な首飾りを作ってくれた!」


 綴られた文章を読んで、モニカはサンとエルを見やった。

 相変わらずずんずん歩いて行くサンの後ろをエルは一歩後ろをくっついて歩いて行く。おそらくその表情は笑顔なのだろう。


「…………エルは、もしかして」


 少しだけ考えて、モニカはその紙をとっておくことにした。渡す機会があるかどうかは別だが、ここに捨ててはいけないものだと思ったのだ。


「ごめんね、勝手に預からせて貰うね」





「じゃあ、私はオジオールから軍が出ている事を伝えてくるね」


「よろしく。俺たちは先にここを出て、オジオール方面に向かう。そこそこな軍勢に見えるように荷車

を持ち出すから、音でバレたくないんだ。その辺の工作は頼むよ」


「任せて」


 エルは小さく笑うと、数人の仲間を連れて行ってしまった。それを見送ると、サンは早速荷車を集めるように仲間に指示を出し、それが終わるとモニカ達王国関係者を集めた。


「お前達は中央後列の荷車に乗って貰う。出発は二時間後だからそれまでに荷車に入っていて貰えれば良い。あとはこっちで移動を始める。俺は最前列の荷車に乗っているから伝令があったら兵を飛ばしてくれ」


 それだけ言い放ち、サンは仲間達と共に準備を始めだした。ようやく王国の人間だけの空間が生まれて、ほっと安堵の声が聞こえる。


「モニカさん、いろいろ大変そうでしたけど、大丈夫でしたか?」


「まあね。いろいろ話したいことはあるけど、多分今説明しても分かってもらえないし、私もよく分かってない事だらけだから、いろいろ終わってから話すわ。取り敢えず乗る荷車の位置は王国から出たときと同じで問題ないわ。外にいる方が怖い状況だし、さっさと入っちゃいましょう」


 モニカは手をぱんぱんと叩き、それを合図に王国の面々は用意された荷車に乗りこんでいく。


 モニカはシェリルとアリスと同じ荷車に乗り込み、一呼吸置いてから話を始めた。


「アリスとシェリルには言っておくけど、多分この後私たちはオジオールへ向かう最中に戦闘になる。相手は……ちょっとパターンが多すぎて誰が相手かは分かんないけど、かなり厳しい戦いになることは間違いないと思う。みんな先行き不透明で疲弊している中、二人には悪いけど奮闘、期待しているわよ」


「そうなんですね……難しいことは分かんないですけど、戦わないといけないなら、戦うしかないですね」


「私も、今までみんなが戦っているときは役立たずでしかなかったから、今度こそみんなの役に立ちます!」


「まぁ、今となってはシェリルはが一番の頼みの綱だからね。期待してるわ」


「え、え!? は、はい!」


 モニカの頭の中では、ある程度この先の展望が思い浮かんでいた。しかし、不確定要素があまりに多く、責任を持って他の人に伝えられるほどの情報量ではなかった。

 というのも、今回はそれぞれの軍勢が何かをしようと思って巻き起こる戦いではないのだ。私たちが火種となって、たきつけられるように魔法異端国、オジオールが巻き込まれていく様相だ。それに、モニカは少し嫌な予感もしていた。


「王国がしびれを切らして残り少ない戦力を出していないと良いけど……」


 ただでさえ三つ巴。モニカの悪い予想が当たってしまうと四つ巴になり、それは敵味方さえ区別出来なくレベルの混乱を巻き起こす。更に言えば、より不確定要素の強いトラジェディや、サンの言っていた上の国の存在とやらが介入してくることを考えると、もう頭が爆発しそうだった。


「…………あーもうっ、ヴァン!! あんたもしっかり悩んで考えてるんでしょうね? 伊達に修羅場を潜ってきてないんだから、今以心伝心しないでいつするのか、分かってるんでしょうね!!」


 モニカは出発を待つ荷車の中で、不安を打ち消すように心の中でそう叫んでいた。






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