8-そして淑女は冒険した
「ショ、『ショックフレイム』ーーッ!」
詠唱と共に掌から発射されたファイアーボールは周りの空気を燃やし、進路を拒む練習用のカカシ人形に突き刺さった。
技名を叫ぶときに早口になって、たまに不発になるのがマイナスだ。
そこまで痛いネーミングでもないのになー
「どうですか?」
口元を緩ませ、興奮気味に評価を求めるトゥリエ。そんなドヤ顔をされると素直に褒めたくなくなるのが人の性。
「おおーすごいすごい。ファイヤーボールでも焦げないなんてさすが私のカカシだ」
レベル255向けに魔改造しただけのことはある。
「酷っ!なんでさっきからカカシばっか褒めるんですか!私のファイヤーボールにコメントはないんですか?もっと褒めてくださいよ、私は褒められて伸びる子なんです」
「バカやめろ、その真性ドS女にそんなこと言ったらますますキツいコメントが飛んでくるぞ」
落としてから上げるとこだったのに余計なことを吹き込むな。Sじゃなく私は小悪魔なだけだ。
「数時間でこれは普通に凄いぞ?それに比べ俺様竜騎士のなんと情けないことか。自分の力をイメージすらできないのか?妄想すらできないのか?」
「いいじゃん!別に漢のパッシブ全振りでもいいじゃん!そういう奇特を許さない平凡主義の偏った偏見が世の中をダメにするんだよ!」
禿ドンのスキルはレベルアップする際に増えるスキルポイントをスキルツリーにつぎ込むことで習得できる。
スキルツリーには大まかに分けて二種類のスキルがある。アクティブスキルとパッシブスキルだ。
プレイヤーの意思で発動するのがアクティブスキルで、ついさっきトゥリエがつかった『ショックフレイム』がまさにそれである。
対してパッシブスキルはSTRやAGIといった基礎ステータスを底上げしたり、プレイヤーに特殊な能力を付与したりするものである。トゥリエの目が爛々と光ってるのも、『ショックフレイム』で消費したMPの1/3を回収するパッシブスキル『魔力回収』が発動しているからだ。
「ふっ、苦し言い訳はよすのだな。そんな事だからギルドに入れて貰えず、PKギルドなどに所属する羽目になるのだ」
「PKギルドに恨みでもあんのか、おお?!そういうおっさんだって幻実跳躍のラグ落ち大魔王なんて言われてギルドに入れて貰えないんだろうが」
「それにこいつはスキル全く使えないおかげでPKん時は集中砲火されていい壁役になるんだぜ!」
なるほどスキルがないから瞬発力がない制圧力がない機動力も当然ない。HPにさえ気をつければやられる事はまずない――それモブの歩兵とどう違うの?
そも常に思ってるんだが一応異世界人という事になっている私の前でMMOトークに華を咲かせるのはこれいかに?あからさまにハブられてるとしか思えんのだが嫌がらせか?
なまじ高レベル同士の話だから30台のトゥリエも蚊帳の外。もう少し気をつかえというに、ベテランのソロプレイヤーである私と違うんだから。
――もっともそれを言えないのはトゥリエ自身の問題だ、私ゃ知らんよ。
とにもかくスキルを全く使えん若干一名がのたうち回ってるが、他の三人は概ね順調だ。
スキルの扱い方という意味では同じ線に立ったし、次はいよいよ実践かね。
狩りするにしたって熱気立ったサバンナをウホウホしたところで儲けは薄い。どうせならクエストを受けて小銭を稼ごうという俺騎士の意見を聞き入れ、私達は冒険者ギルドにきていた。
冒険者ギルド、別にオチも捻りもない。モンスター討伐や素材収集といったクエストを斡旋するファンタジーでありがちな団体だ。
「冒険したいんですけど」
「帰れ。」
交渉は任せろと勇んで出た暗殺命を一蹴し、ダークエルフの受付嬢はうんざりした顔で手元の作業に戻る。
「ちょっ、なんだよ、いきなり帰れはないぜ!」
「ッ、しつけーな。どうせまた口先だけの軟弱冒険者だろ?Aランクのクエストを安請け合いして、半日程度でボロクソに負けて帰ってくる。あんたらみたいなキラキラした連中にはもううんざりなんだよ。わかったらよそ行ってくんない?あんたらがイタズラに増やした報告書で昨夜から寝てないんだ。手元が狂ってそのホヤホヤな顔に斧を埋め込んでも恨むなよ?」
ぶっきらぼうに吐き捨てると、今度こそ話は終わったとばかりに受付嬢はしっしと手を振る。
さすが荒くれ者が集う冒険者ギルド。しつこい客のあしらい方を良く心得てらっしゃる。一々日本のような礼儀接待してたら付け上がった客に何をされるか分かったもんじゃないからなー
というか私達以外にもクエストを受けた奴がいるのか。まぁ、スキルの発動方法なんて訓練されたラノベ信者ならすぐに思いつくだろうし、『スキル使える俺tueeee』と勇んで臨んだはいいが肝心の実力が現代人のままで、抵抗虚しくサバンナを生きる猛獣達に耕されたとかそんなとこだろうね。
そこまで想定して危険度の少ないFランクを受けに来た私達にぬかりはない。
人選でミスったけど。
「ほう、なるほど、そんな事があったのか。だが安心しろ、我々はAランクではなくFランクのクエストを受理しに来たのだ」
「……っつけーな!いいかげ――」
カウンターの下で無造作に積まれた武器の中から適当に斧を抜き出し、大きく振りかぶった受付嬢はしかし、おっさんの姿を認めると慌てて斧を投げ捨てた。
「何か?」
直立不動のまま投げかけられた問いに、ビクッと体を震わせる受付嬢。
「い、い、い、いえ!あ、あなたがこのパーティーの責任者ですね?そうでしたか、新人育成ご苦労様です!……Fランクのクエストでしたらこちらの『キックラビットの根絶』がおすすめですね。危険度の低い魔物ですが、素早く逃げ回るのでいい狩りの経験になりますよ……?」
おお、さすがおっさん。黙ってるとこだけ見れば物凄い威圧だ。見ろよ、受付嬢がまるで子犬のようだ。
「何を言っている?お前は大きな間違いを犯しているぞ。なぜなら私は彼らの保護者ではな――」
あかん。
「あーはいはいはい!この依頼受けます!ほらほらみんな行きますよ――!という事で手続きの方よろしく」
「待て、まだ私は――ごふっ?!」
『あんたは黙ってて、お願いだから』
いつもの調子で余計な一言を口走ってカリスマブレイクするまえに肘付きで黙らせる。
そして大げさにうずくまったおっさんを引きずって私達は逃げるようにギルドを後にした。
落下防止の柵や手すりが一切ない、世界樹の表皮を剥いでできた斜面を下りきると、金色の草原が網膜一杯に飛び込んできた。
首都だけあって街道の整備が行き届いており、高レベルのモンスターは出現しない。
それにしても広いサバンナだ、こんな広いサバンナを越えてAランククエストのあるエリアに向かうのに一日で行き来できるものなのかねぇ?
マジシャンの転送魔法か何かだろう、ともあれAランクのモンスターが跋扈するエリアと比べればここら辺はまだ安全だ。
偉そうに稽古をつけるとか言ったが、私だって実践は初めてだ。無理をせず、魔法職らしく壁共の後ろに隠れていよう。
メラ○ーマみたいな威力の初期魔法だと誤爆が怖いので、全能力を7割落とすGMスキル『レッドペナルティ』を自分にかけておく。
「だーれもいない。立ちションするなら今のうちだぞ」
「するか!ってかはしたないこと言うんじゃありません!仮にも女なんだろ」
「失敬な。生理的にも精神的にも私は立派な淑女だぞ」
というか本当に誰かいないかなーー
いくらクエストで非道い目にあったからって引こもり過ぎじゃないん?
トライアルアンドエラー、失敗は成功のもと。一回失敗したぐらいで頓挫するなんてどんだけ豆腐なメンタルの持ち主達なんよ?
「見えました!あそこにいます!」
腰ぐらいまである草をかき分けながら進むこと数刻、微かに傾いていた陽が真上に来た頃。
上空から偵察していたトゥリエが突然声を張り上げた。
さすが禿ドンのマサイ族と謳われるフェアリー、パーフェクトな仕事をなさる。
「へっ、なんだ思ったより全然弱そうだぜ!ファーストキルは頂きだぜ!」
どこぞの三流悪党のように舌なめずりした暗殺命は、両刃のアックスとクラブを構えると山賊のようにウサギの群れに飛びかかった。
野郎共の会話内容を修正。
おっさんの称号『幻実跳躍のラグ落ち大魔王』はボスをタンクしてる最中に決まってラグ落ちする逸話からついた。