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7-そして淑女は使嗾した

「さぁ、今日の朝食だ。思う存分食べるといい」


料理なんて種馬ファッキン野郎と付き合ってた時以来だが、中々に上出来だ。


ふふっ、さすが最上級の食材(コルトフィッシュ)、活け造りにしただけでこうも鮮やかに化けるとは。


「オェ……また嫌がらせかよ……ほんの1ヘクトパスカルでも期待したさっきの俺を殴りてぇ……!」


「何だその言い草は、文句があるのなら聞こうじゃないか」


わざわざ早起きしてギルドボックス漁ってきた相手になんて言い草だ、間違いなくスピード離婚するタイプだこいつ。結婚できればの話だが。


どんな理屈か知らんがインベントリーやギルドボックスはラノベでありがちな超物理学保存機能付きで、生モノは全て新鮮なままだった。


もっとも、四次元ポケットじゃなく倉庫みたいな感じで、所有者じゃないトゥリエは入った途端時が止まったように動けなくなった。


「あるに決まってんだろ!誰がてめぇの頼んだ樽漬けコルトフィッシュを全部平らげてやったと思ってんだ!」


「美味であったろ?」


「その逆だっつーの。なんだよあのニンニクと足の裏の匂いが合体事故したような味は!そんなに美味しいってんなら証人連れて来いや!!」


なんとも平民臭い可哀想な比喩だなー

あれはトリュフオイルっぽいソースの味で、ソースの付いてない部分はフグのような食感をしてたぞ。


まぁ、お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな。


わざわざ身分ばれの危険を冒してまで教えてやる理由もないし。


「ふぅん、そんなに嫌か?私の料理が嫌か?」


「嫌がらせ大好き小悪魔系女子(笑)の作った料理だからな。そう何度もハメられてたまるかよ」


ちっ、俺騎士のやつめもう耐性がついてきたか。面白みの無いやつめ。


「そこまで言うんなら仕方がない。まーからかい過ぎなのは認めるし、気分を害したのなら謝ろう。――お詫びと言ってなんだが、もしこれを一切食べないと誓うなら、特別に『魔法料理』を合成してやろう。タネも仕掛けもない、正真正銘の『魔法料理』だ」


「へーお前魔法料理も作れんのかよ!アサシンやマジシャンのスキルを使えることといい本当反則だな。いいぜ、ただし変な小細工したら承知しねぇぞ」


「その時は例の金を倍にして返すさ」


魔法料理というのは副業の『調理』をマスタークラスにした時貰える褒美スキルで、MPだけで料理を作り出すというノーリスクハイリターンな夢のような技術である。


上位ランクの料理がレアドロップの肉ばかり使う中、MPと詠唱時間だけで同格の料理を作れるというのは大変魅力的で、殆どのプレイヤーはこれの世話になっている。


「で、何を作って欲しいんだ?」


「食パンだ。ごまかしも仕込みも出来ない食パンで勝負だ!」


「好きにすればいいさ」


――『魔法調理(マジッククッキング)





「えッ!?嘘、このソースって……ねぇこの醤油みたいなソースなんて言うんですか?」


「愚問だな、醤油は醤油だろう。しかしこれは旨いな、ツヤツヤしたハリのある外観とは裏腹に中身はシャキシャキで、舌に蕩けるような食感がこれまた堪らない」


「おっさんも筋金入りだな!美味しいなら素直にうまいって言えばいいんだぜ?ああ畜生、米が欲しいぜ!」


口々に賞賛しながら大皿に盛られたコルトフィッシュの活け造りを仲良く箸でつつく三人。


この醤油みたいなソース、『カキリの実のソース』というゲーム時代に蒐集したマテリアルアイテムの一つで、和風ベースのダークエルフ部族『ツナトマ』の特産物だ。


閉鎖的な部族で、問答無用で殺しにくる初期名声の『宿敵』からマトモに口を聞いてくれる『中立』になるまで連中の猛攻にひたすら耐えながら、集落周辺の凶悪な肉食獣を駆除する必要があるため、知名度はかなり低い。


もっとも、オフラインプレイヤーである私の名声獲得率はデフォの100倍なのでランクSの『崇拝』まであっという間だったがね。


「すみません、俺が悪かったです。そのコルトフィッシュをどうか一口だけでも……!」


美味しそうに食べる私たちの傍ら、悲壮感溢れる顔で魔法パンを囓っていた俺騎士はついに耐え切れなくなったのか、とうとうすがり付いてきた。


無色無味の魔法パンが相当堪えたらしい。


『魔力の結晶で味は全くない』とゲームのテキストにも書いてあったろうに。

まぁ、無職無味と漠然に言われてもあんまりイメージが沸かないけど、こいつの反応でロクなもんじゃないとわかった。毒見ご苦労。


よほどの事がない限り魔法料理は控えるとして、


「別に構わんが、300ゴールド払ってもらうぞ?」


「はぁ!?冗談じゃねーよ、まだ金とんのかよ!」


至極正当かつ公平な私の申し出に、俺騎士の野郎は自分の事を棚に上げてテーブルを蹴り上げやがった。


「……まさか私がハイリスクノーリターンな賭けを持ちかけると思ってないだろうな?そっちが先に約束を破ったのだから契約通りのペナルティを受けてもらうぞ」


「いや、でも……」


「さぁどうする?競売場に掛けたら1000ゴールドは下らない最上級のコルトフィッシュだ。美味しい美味しい刺身料理が今ならたったの300ゴールドだぞ?お買い特だぞー?

……まぁ本来なら私達と共に無償でありつけた所を自分から蹴ったのだ。私がわざわざ早起きして仕込んでやった料理を蹴ったのだ。文句は言えないよなァ?」


苦虫を噛み潰したように顔を俯せ、プルプルと震える俺騎士。言い返す言葉もないとはこの事だ。


ふふっ、悔しかろう悔しかろう。その顔を見れただけでご飯三杯は行けるぜ。


他人の不幸は蜜の味と聖職者も言ってるんだから間違いない。


「ごちゃごちゃうるせー!俺は刺身を食うぞ!ドS女ァーーッ!」


「バカやめろ!ただでさえ金ないのにそいつの口車に乗るな!その女の事だ、金で払えないと内蔵で払わせるに違いないぜ!」


おい。


「離せ暗殺者の宿命!てめぇだけいい思いしてんじゃねーぞ!!」


「はいその喧嘩買いましたーーッ!てめぇがどうしても刺身が食いたいてんなら、壁ん中ねじ込んででも止めてやるぜ!」


「くっ、なぜだ!そんな美味しそうな刺身食べておいてなぜ俺の邪魔をする!」


「お前こそなんで分からない!この女の危険性を!それを食っちまったら本当に取り返しのつかねぇ事になるんだぜ!」


おい。


「ああ、知っている。知っているとも。あの女の危険性を俺は知っているとも。だがそれでも食う、精神や未来を犠牲にしてでも俺は食わなきゃ気が済まないんだ……ッ!」


おい。おい。おいおいおいおい。


こいつらの頭んなかで私はどういう存在になってるんぞ?


刺身ぐらいで金なんか取るわけなかろうに、なんでこんな世の中変えかねない壮絶な覚悟を胸に秘めちゃってんの?


「人ん家の壁に変なものねじ込むな。……そんなに食べたいなら食べればいい。さっきのは冗談だ、金なんて取らんよ」


「ほ、本当か……?」


「惑わされるな!タダより高いものはないぜ……ッ!食べた後で臓器をせしめる違いないぜ……ッ!!」


本当にこいつら、私の事何だと思ってるんだ?


「お望みどおり毛皮の絨毯にしてやろうか?」


「冗談です、ごめんなさい」





「なぁ、これからどうするよ。金集めるはずが逆に散財してきたなんてギルマスにどう報告すりゃいいんだよ……」


「俺に聞くんじゃないぜ……あの勢いじゃもう売り切れてんじゃないの、ギルドハウス」


朝食を終え、押し付けヘルパー共と一緒に後片付けしていると、皿洗い担当の野郎二人がそんな事をぼやきだした。


「高くて買えないなら自分で立てたらどうだ?住民権ないから街中は無理だろうが、外に立てればいい。サバンナは広いぞ」


「だーかーらー、俺達戦えないんだよ恥ずかしいながら!つーかこういうトリップものって普通ゲームのステータスをそのまま引き継ぐもんだろ?だのにメニューは開かない、ウィスチャはできない。インベントリーだって四次元ポケットじゃなく背中に物理的についてやがる!テンプレ要素皆無じゃねーか!」


使おうと思えば使えるんだがな、スキル。……安全な街中じゃ使う機会もないか。


それにインベントリーだがただ単にお前が安物の革バッグからだ、私のインベントリーは容量に限界こそあれどちゃんと異空間に繋がっているぞ。


……仕方がない、それとなく誘導してみよう。


法治国家のハーメルゲイ同盟ならまだしも、世紀末を地で行くカスマン連合で戦えないんじゃ死活問題だし。


「恥ずかしいと思うなら鍛えたらどうだ?闘争こそ人間の本性だ。いくら暴力とは無縁の世界にいたとは言え、戦い方ならその体が覚えているはずだぞ?」


「あー無理無理。三歳児をサーベルパンサーのねぐらに放り込んで自力で帰還させるお前らダークエルフには想像できないだろうけど、俺らの世界じゃ戦うところか顔面殴っただけで牢獄行きになるんだぜ?骨の髄から戦いの“た”もないんだよ」


それぐらい知っているわ。ったくこの忍者(アサシン)は屁理屈ってばっかだぜ。


「あっそ、なら一部屋くれてやるから一生引きこもってろ。で、ヘヴァ……とトゥリエはどうする?」


「へヴァイストスだ。確かに自分の身も守れず貴女の世話になるのは心苦しい。私なりになんとか修練しよう」


腕を組んだままどこか一点を見つめるおっさん――へヴァイストス。 


口数が少ないくせに口を開けば問題発言ばかりで、カリスマ溢れる外観に比例して中身の残念さも際立つが、なんだかんだで掃除や片付けを効率よくこなしたり、力仕事を進んで受けたりする。


何を考えてるのかさっぱりわからない――つーか考えてもない――けど、無駄に真面目だから、からがい甲斐がない。こういうの苦手だ。


「私は……マジシャンだけど、魔法のこと全然知らないから頑張ってもムリかな……」


始める前から失敗した時の逃げ道建築に取り掛かるトゥリエ。

どうせネカマか黒姫だと思って、いいイメージを持てなかったけど、昨夜の一件で考えが変わった。


こんな時に自分の身より両親のことを心配する、根のいい子だ。

いい子ぶってるのは周りが高レベルばかりで頭が上がらないからだろう。気持ちはわかるよ?ライフル持ったような野郎3人に囲まれちゃ、ね。


それはそれとして。


「――お前帰る気あんの?誰かがなんとかしてくれるとか思ってないよね?もし私なら帰る方法が分かってもまっすぐ一人で帰るぞ?」


「……ッ!か、帰りたいです!……精一杯、頑張ります!」


耳打ちすると、泣き出しそうになりながらも必死に堪えてトゥリエは決意を示す。


こうでなくっちゃ。人からあずかる好意なんて食べかけの饅頭のようなもの。まずくて、食べられないからゴミ箱替わりに押し付けてきただけ。


本気で帰りたいのなら、帰れるように努力するしかない。――それでもダメなら自堕落(ダークサイド)へようこそだ。


「まぁ、トゥリエはフェアリーだから魔法の才能があるはずだし、へヴァイストスさんもダークエルフだから運動能力は高いと思う。要はやる気の問題だ」


「ほう……」


お願いからそこでインテリぶるのやめてくれ。物凄く突っ込みたいけど突っ込めないオーラ出してるから。自覚ないだろうけど。


「あのー俺達は?」


「引きこもってキノコでも育てていたまえ」


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