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6-そして淑女は招待した

※シリアス回

「で、ヌルヌルと動く絵柄を表示する箱の前で指をうねうねさせて現実逃避していたら、知らず知らずこっちの世界に来ていた、と」


そして心当たりは皆無。

傾き始めた夕日が完全に沈みきり、騒然とした店内から酔いつぶれた客がほとんど去った頃、数時間にも及ぶ論議の末たどり着いた結論がこれ。


使えねぇ……


「うん、全然さっぱりだ。他を当たれ」


「おい!それ人の金で暴飲暴食した奴が言うことか!しかも50ゴールドも貰っといて!」


「っせーな、過ぎたことをいつまでもグチグチグチグチグチグチグチグチ。知らんったら知らん」


そも初心者がパソコン恐怖症に掛かるような解説を数時間掛りで思案して肝心の心当たりは皆無。せめて現実は実はコンピューターに支配されていて、人間はその動力源として栽培されてるとか、生徒思いの教師が放った音声プログラムで脳波が溶け合った一万人の思念集合体の中とか、少し気の利いた心当たりはないのかね?

ディスプレイ睨んでキーボード蹂躙してたらトリップしてたでござるは私も一緒だ。


もうこいつらとつるんでもプレイヤー側と思われて後々が面倒なだけ。円満な異世界ライフのためにもさっさとオサラバすべきだ。


「まぁ、今回はご縁がなかったということで、根気よく変える方法を模索したまえ。強そうには(、、、、、)見えない(、、、、)こんな可憐な女の子が一人旅してるんだ。奇襲と毒薬と呪いに気をつけて、愛想の良いお兄さんと気前の良い女に注意すれば行けるとこまで行けるさ」


割と本気でアドバイスしてみる。プレイヤー共が帰り方を見つけて勝手に帰ってくれるのがベストだし、冒険に出てこっちの生活に馴染めば変な事をしでかす事もなくなるだろう。


タメになる私の話に感銘した四人は、決意を確かめるようにお互いの顔を見つめ合う。


「はぁ、もういい……!お前に聞いた俺達が馬鹿だった!ったくいきなりサバンナの真ん中に放り出されるわ、命からがら逃げ帰ったらギルマスに無茶ぶりされるわ、臓器密売人に出くわすわで散々だ!もう沢山だ!きっとこれは悪い夢だ!目が覚めたら自分の部屋で、かあちゃんがドアをノックして朝食を置いていくんだ……!」


…………


「「「お、おう……」」」


思いっきり叫んで吹っ切れたのか、幾分の冷静さを取り戻した俺騎士は今度は暗殺命の肩にポンと手を乗せる。


「先に寝てるわ。部屋の鍵渡せ」


「は?お前が取ったんじゃないの?」


「んなわけねーだろ、その鬼女に捕まってそんな事する暇ねぇよ。……おいおっさん、あんた部屋取ったか?」


「愚問だな、私たちはここに食事に来たのだ。宿など取るわけがなかろう」


当然と言わんばかりのおっさんに突っ込む気力すら残ってないのか、期待のこもってない視線を今度はトゥリエに向ける。


「多数派。……」


注目の的となったフェアリーの少女は手を上げて一票。自分がやらなくても他の誰かがやってくれるとかそういう甘ったれた事を考えて結局何もしないパターンか。これだから群れるしか能のないオンラインゲーマーは。


つーか。


「こっち見んな」






「すみませんねぇ、お客様……ただいまどの部屋も満員ですぜ」


後悔より行動。私の美顔をいくら眺めたところで宿が空くわけでもなし。火災防止のため街灯――というか街頭ランプ――が一切ない、月明かりだけが便りの薄暗い町並みを五人でぞろぞろと徘徊して宿を巡ること4軒目。


法外な料金の割に得られるEXPポイントに色が付くわけでもなく、プレイヤーなら遠慮するであろう宿もめでたい事に満員だった。


「遠路はるばるアラシャトまで来て、やっとフカフカのベッドで寝れると思ったのに、何が悲しくてこんな真夜中に宿探しせにゃならんのぞや?」


「諸悪の根源が一丁前に被害者面して無辜ぶるな。宿がないのは俺達だって同じなんだからな!」


「食事に誘ったレディに部屋を用意してやるのもジェントルマンの努めではないのかね?」


「詐欺罪で憲兵隊に突き出さなかっただけ感謝するんだな」


返ってくる言葉のトーンは異様に低く、苛立ちがギッシリ詰め込まれていた。もしかしなくても、怒ってるな。

まぁ理不尽に散財させられた挙句結果的には騙された感じだし、ただでさえ時間と戦ってる中丸一日ロスさせられたらそらブチギレるわ。私ならとっくに張り倒してるところだ。――心を開いてくる相手をついからかってしまうのは、私の悪い癖だ。しかもやってる最中は自覚なし、相手がキレて初めてやり過ぎた事に気づく。性なのか、治そうと意識してもこればかりはどうにもならない。

私にできるのは、やっちまった後に誠意を込めて埋め合わせをする事ぐらいだ。


「……ずっと使ってないから多分酷い有様だが、よかったら私の家に泊まっていくかね?」


ゲーム時代についで程度で買ったギルドハウスを思い出し、提案してみる。身分ばれのリスクがあるから黙っていたが、このままだと本当に自然と戯れながら街頭で雑魚寝する羽目になる。そうなったら原住民達にプレイヤー側と捉われかねないし、だからと言ってこいつらを置いて一人だけ抜け出すのもなんか後味が悪い。

俺騎士の話だと、ギルドハウスの一部はNPCが使ってるようだし、なんとか言い訳すれば誤魔化せるだろう。


「……なんか企んでません?」


「まさか。鬼女(、、)じゃなくて私は小悪魔系女子だからねぇ、いわば弄りすぎたお詫びみたいなものだよ――まぁ、信じられないなら無理強いはしないがね」


暗殺命を壁にしながら、露骨に訝しむトゥリエはさらに目を細めた。胡散臭いのは重々承知。ぶっちゃげ断ってくれてもいい、これはけじめの問題だ。


「……アークデーモンの間違いでは?」


「つまり俺様竜騎士くんもナイトキャンプに一票って事かね?」


「いえ、是非ともお邪魔させて頂きます――って、勘違いするなよ!お前に食われた金と50ゴールドのもとを取るためだからな!」


「ビジネスライクで大変よろしい。スマートな関係は素敵よ」


これで賛否各一票。残りの二人はどうするのかね?





「……これ本当にお前の家か?嘘くさいぜ……空のギルドハウスをピッキングしたんじゃないよな……?」


ザックリと割れた樹皮の繋ぎ目に跨るように、世界樹の外と内側の境界に位置する二階建ての洋館。

『月下のエルミタージュ』の看板をひっ提げたギルドハウスを前にして、暗殺命はそんな失礼な事を言ってきた。


本来ギルドの結成には10人の契約書が必要だが、GMコマンドを使えば一人でも作れる。設立者私。メンバー一名。それが私のワンマンギルド『月下のエルミタージュ』だ。

ゲームだった時にはギルドしか入れない特殊なダンジョンも幾つか存在し、オフライン版でその問題を克服するために作り上げた名ばかりのギルドだが、こんな風に役に立つとは思わなかった。


「そんなわけあるか、鍵もほらこの通り」


ド○えもんのポケットのような、中身四次元のポーチ型のインベントリーから手探りでギルドハウスの鍵を取り出し、訝しむ暗殺命に見せつけるようにしてメッキの剥がれた鍵穴に差し込む。

カチャリ。てっきり錆び付いて開かないと思ってたのに、予想に反して扉はあっさり開いた。


「マジか……ここ本当にお前の家かよ」


「正真正銘100%間違いなく私の家だ、ったくさっきから何度も何度も……自分が宿無しだからってみっともないぞ」


図星を刺され、ぐっ、と言葉を飲み込む俺騎士。


「家があるのに宿代たかったんだ……」


トゥリエの一言に今度は黙りざるを得ない。そう言うのはわかってても言わないもんでしょうが。おかげで一気に気まずい雰囲気になった。

背中に刺さる視線を紛らわすように、勢いよくドアノブを引くと、開かれた扉の隙間から大量のホコリが溢れ出した。


「ゴホゴホっ、なんじゃこりゃ!埃まみれじゃねぇか ゴホゴホっ!」


思いっきりホコリを吸い込んで盛大に咳き込む俺騎士は置いといて、暗闇すら濁らせる凄まじいホコリの量に軽く頭痛を覚える。

どうしてこうなるまで放っといた……これじゃゴキブリも住み着けないぞ。こんな埃まみれじゃ横にもなれん。今すぐ曲がれ右して宿探しに繰り出したいのをぐっと堪えて、カフスで口元を覆いながら私は掃除用具入れを目指した。





「おっさん、水汲んできてくれー!」


「何故私がバケツを貴様のところに持っていかなければならない?窓の雑巾がけをしているのが見えないのか?自分で汲むと良い」


階段三段分のホコリだけで真っ黒になったバケツの水替のために玄関を目指すと、渡り廊下の端のトイレを掃除していた俺騎士とおっさんが何やら揉めていた。本当によく突っかかるなー、さっきの件まだ根に持ってんのかね。


「トイレは任せろ、なんて大見得切っといてまだそれだけとか」


「うっせぇ、水汲みの度一々井戸まで行かねーといけねぇから時間かかるんだよ!水道水があれば俺だって……!」


「だから慣れない仕事はするもんじゃないとあれほど。後は私がやっておくからお前達は部屋に引きこもって寝てな」


「いいんだよ、まだそんなに遅くねぇし全員でやった方が早く終わるだろ」


またそれか。ぶっちゃげ私一人でやった方がずっと速いんだが、『一人じゃ大変だ』とか勝手に抜かして総動員の大掃除に発展させやがって。


そも一人で全館を掃除して回るとは言ってないだろうに。賓客室だけ掃除して後はこいつらが寝てる間にペンギン執事にやらせる効率的なプランだったのに。


「そこまでトイレをシコシコするのが好きだとは思わなかったよ、この変態が」


「待てやゴルァ、なんだよその誤解を招くような言い方!俺は廊下の雑巾がけのついででトイレも一緒に掃除してるだけだ、人様に変な性癖ねじ込むんじゃねぇっ!」


そこまで掃除したいのならいつまでもしているといい。ビタ一文給料を出す気はないがね。


ジャパニーズマウンテンモンキーのようにキーキー騒ぐモヒカンを後に、中庭の井戸で水を張り替えて持ち場の階段掃除に戻る。サバンナの国の癖になぜか洋風建築のこの館には、お約束的な二股階段が備え付けられていた。見栄えがするから貴族は好んで使うとかよく言われるが絶対違う。これは用意周到に仕組まれた使用人への陰湿な嫌がらせに違いない。


右翼の掃除をようやく終え、左翼の掃除に取り掛かろうとして、手すりの間から淡い水色の半透明な膜が揺れていることに気づく。どう見てもフェアリーの羽だ――


「寝室の掃除が終わったから……」


思いっきり私から顔を逸らして、今にも消え入りそうな声でトゥリエは言う。内蔵売買のハッタリの時からあからさまに私から距離を取っていたのに、恐怖を押し殺してまで機嫌を取りに来るとは。


「機嫌なんぞ取らんでも追い出したりせんよ。つーか終わってんならさっさと寝たら?」


「……誰も機嫌なんてとってません。先に寝たら悪い気がするだけです」


モップを握る手にグッと力を込め、一気に階段を滑らせる。縁にぶち当たったモップから汚い水しぶきが飛び散り、私の頬に当たる。


「あ……」


後悔、恐怖。二つの感情を瞳に宿して両手を突き出した姿勢のまま固まるトゥリエ。


「そんなに掃除が好きなら勝手にどうぞ。私も勝手にやるから」


モップを引きずったまま一歩、階段をのぼる。トゥリエの羽がピクリと震える。それでもモップ掛けを止める事はない、しかし先程よりあからさまに機械じみた動きになる。

そんなに怖いのなら、さっさと逃げ出してしまえばいいのに――逃げたところで頼る当てもないなら、怖い思いをしてでも今自分を受け入れてくれる環境にすがり付くしかないのかねぇ。私は逃げるよ、絶対。


トゥリエが掃除している段から8段程離れたステップにモップを押し当て、掃除を再開する。半分ほど拭いて、作業量の分配が明らかに不公平であると気づく。誰かと一緒に階段掃除なんて真似は小学校低学年以来だしなー。一人掃除大隊に慣れた私にゃ、共同作業ってやつはどうにも馴染めん。


結局乾く前にトゥリエのモップが追いつき、二度掃除する羽目になって余計時間がかかったのは割愛する。





「ハァ……」


掃除を済ませ、男女別の部屋に別れて休むことになった今現在。本当は一人一部屋が良かったのだが、ベッドが足りないので仕方がない。


「ハァ……」


まぁ、応接間のソファーで組体操して寝る事になった野郎と比べればクイーンサイズベッドで寝れるだけマシか。招いたのは私だし、別にソファーでも良かったんだが、連中ソファーが良いと譲らなくって……


「ハァ……」


ま、双方合意の上なら多少の間違いが起きても問題ないだろう。ここ異世界だし。

――ってか


「はぁはぁはぁはぁ騒々しい、こっちは寝てるんだから静かにしろ」


「ひっ……、ご、ごめんなさい……!」


「気持ちはわかるよ?隣の部屋では野郎共が狭いソファーでひしめき合っている。それを想像して悶える系女子を差別する気はない。だがそんな大声出して、万が一野郎共に気づかれたらどうする?」


「……はぁ?そっちじゃねーし。……元の世界に帰れるかどうか悩んでただけなんですけど」


「ああ、そっちね」


――そう言えばあっちの方の私はどうなったんだろう?

衰弱死ならそのまま保険金が支払われるから後腐れないが、植物人間になってたらやだな。なけなしの医療保険を全て病院にぶん取られて、それでも足りないと親族にたかってきて。まぁ戸籍上親父の方についてるし、母さんたかるのはお門違いだから心配ないけど、夜逃げして行方不明な親父から金なんて取れるのかね?


ま、せいぜい頑張りたまえよヤブ医者共。


「……なんですか、危ない笑み浮かべて。……最初から危ないですけど」


「大人というのは約束事が多くて大変だなー、とか幸災楽禍に考えてただけ。そっちこそ、人の顔色伺ってばかりで、疲れないのかね?」


「……慣れてますから。こっちでもあっちでも、いつも周りの顔色伺ってますし」


だだっ広いクイーンサイズベッドの両端にそれぞれ寝転び、逆光になったトゥリエの表情は伺えない。が、その声音からは最初の時ほどの警戒心を感じられない。


「見ればわかるよ。でも、私の顔色は伺わなくてもいいのかな?」


「機嫌なんて取らなくても追い出さないんでしょ?」


「言ったかねそんな事」


「言ったよねそんな事」


しばしの沈黙。相手の出方に備え思考を巡らせるためのそれとは違う、ただ単に声音を発したくないだけの、気だるい静寂。


「元の世界に帰りたい?」


なんとなく、本当になんとなく、自販機があるからお釣りがないか指を突っ込んで確かめてみた、そんな感じの軽い質問。


「帰りたいけど、帰りたくない。帰るのが怖いけど、帰らないといけない。どうすればいいか、わからない」


「なぞなぞは勘弁してくれ、ぶっちゃげさっさと寝たいんだ」


「どっちでもいいんだよね……どうせ友達いないんだし。……学校にもずっと行ってないから、私が死んでも誰も気にしない。ずっと面倒を見てくれた父さんたちにはお気の毒だけど」


聞かなきゃよかった。世の中そんな事ばかりだ。自虐めいた少女の告白にはズッシリと心に乗っかかり、聞かなきゃよかったと早速後悔させてくれる。


「むしろ喜ぶかもね、穀潰しが潰れてくれて」


「…………。そうだった(、、、、、)らいいのにね(、、、、、、)。さっさと私に見切りをつけたらいいのに。……なのに、こんな、私を゛励ましてくれた……」


平静を取り繕おうとする意思とは裏腹に、弾かれた弦線のように言葉が震えだす。


「……み゛んなに受け入れで、貰えるように゛って、学校まで一緒にぎて……も゛う中学生だよ?なに考え゛でんの?……笑いの゛的に゛ざれ゛で、ぞれでも私とために謝っでぐれ゛で……!!」


足元から崩されたジェンガのように、坂を登りきった、後は転がり落ちるだけの石ころのように、理性の堤防を決壊させて涙が迸る。断片的に溢れる崩れた単語とは比べ物にならないほどの感情が、小さな脳みその中でせめぎ合っていることだろう。

慟哭。嗚咽。目の前ですすり泣くフェアリーを黙らせる方法は簡単だ。笑えばいい、馬鹿馬鹿しいと、ダサいと、嘲笑(わら)えばいい。――でもそれをする気にはなれない。誰かに押し付ける気にはなれない。


「――なんだ。答え出てんじゃん。そんなに(、、、、)帰りたい(、、、、)のに何悩んでんの?」


問いかけに応えることなく、仄暗い月光りの元小さなフェアリーはいつまでもむせび泣いた。


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