1-そして淑女は家出した
「純国産ジョ○オーガニックヘアスプレー固定済み頭髪 SUPER グラフィティ 13 フェイス 全長170cm 重量○○kg 始祖エルフ・ドルイド『カラン』 パーフェクトだオフライン。」
よし、パーフェクトの発音は完璧だ。へへっ、いい声持ってんじゃねぇかこの身体。
まぁそれはさておき、せっかく異世界にトリップしてきたのにベッドの上でゴロゴロしてちゃリアルと変わんなくなるし、そろそろ起きよう――か
「オフラインが誰かは存じませんがお嬢様、30年もの冬眠から目覚めて真っ先に発声練習というのはどうかと。まるで一人芝居してご愉悦な友達のいない淋しい人のようで、あまりの痛々しさにこのペントリク思わず涙が流れてしまいそうです」
身を起こした先で視界に飛び込んできたのは、オリハルコンの扉の前で肩肘突き出しさも執事然とした佇まいで蔑んだ視線を送ってくるタキシードを着たペンギン科。
マジシャンのスキル『氷精霊召喚』で呼び出した氷の精霊である。
「御用があれば何なりとお申し付けください。そんな死んだ魚のような目で視姦されるのは実に不愉快ですゆえ」
うーん、口悪ぅござる。ゲームん時のイメージと全然ちげぇ……
キュルキュル鳴いてトコトコと後ろを付いてくるあの可愛いペンギンはどこへ行ったんぞや?
ここはマスターの権限においてきっぱり言うべきだろう。
「チェンジ。デフォのペンギン執事カムバーック。」
「……あ゛?」
「すみませんなんでもないです」
鳥類の目でギロリと睨まれた。怖っ。ってか全然可愛くねー、この執事可愛くねー
従者のくせにガン飛ばしてくる可愛げの無いペンギンに掃除を言いつけ、フロアから追い出してから五階のテラスに向かう。
身体の方はゲーム通りなんだから、スキルも継承してるんだろうが、念じても教材の先人達のように視界にメニューが現れたりはしなかった。
そりゃトリップしたんだからゲームとは多少なりとも勝手が違うんだろう。
ふふっ、そんなことはとっくに織り込み済みさ!この手のシチュエーションを想定して、日頃か準備してきた私を舐めるなよ?
試し撃ち用のカカシ人形に右手を突き出し、フォース的な何かを全身に感じる。それらを意識して右手に集め、ほんのり手のひらが熱くなるのを感じて詠唱に入る。
「幾多なる星雲を渡りし孤高なる光よ、夜空を駆け星霜を裂き道を照らせ!スターライト!!」
……ん、間違ったかな?呪文が違うとか?いや、洋ゲーだから日本語じゃだめなのか。
「ラ・スターレ・スィ・トラスパレント・イノビリター・デラ……その意味は……ハッ?!」
ぞわり、と背中を駆け巡った不快感と、カンカンと響く警鐘に、思考が停止する。
まるで和風ホラゲーで画面の端に黒い何かが現れた時のような、得体のしれない存在感。振り向きたくないが、直面しなければ背中から襲いかかってくるだろう恐怖。
悲鳴を上げる動眼神経を振り絞り、メリメリと眼球を動かした先、月明かりを背にした小さな黒い輪郭が、二つの赤い光点を爛々と輝かせていた。
ペントリク様が見ている。
――もう失敗は許されない。動揺して不発なんてなったらレベル限界突破の氷精執事が嬉々としてマルカジリしてくるだろう。
焦るな。怯えるな。狼狽えるな。思考を加速させろ、アドレナリンを大量分泌して恐怖を克服させろ。
発動したい魔法の、フレーズとエフェクトとパソコンの前に鎮座しているあの感覚を思い出せ……!
――『スターライト』!
垂直落下マシンのてっぺんから落ちた時のような、浮遊にも似た脱力感。
魔法を使えない私に、ここぞとばかりに氷精執事が下克上かと脳裏を過ぎった瞬間――
凄まじい衝撃と共に天より注いだ一メートル越えの極太ビームが、不健康な白い光をまき散らしながらカカシ人形もろとも魔鋼石のテラスをブチ抜いた。
「起きるたびに性格がコロコロ変わる事に定評のあるお嬢様ですが、これはいよいよ重症ですね。無限を生きるエバーフォルクとはいえ形ある定命の者。老痴の次はいよいよ寿命ですか」
そんな危険な事を言いながらカカシごと吹き飛ばしてしまった天井の一部を律儀にせっせとなおすペンギン。
なんかさっきから舐めきられてる気分なので、ここは少しマスターの威厳というものを身をもって知ってもらとしよう。
「ふっ、魔鋼石のなんと脆いことか。久々に試し打ちしえみればたったの一撃にも耐えられんではないか。神代の建造物が聞いて呆れるわ」
「僭越ながらこの塔はお嬢様が手ずから建てられたもの、欠陥住宅なのは単にお嬢様の力量と人望が足りてないだけかと。ついでに申しますと威厳を取り繕ってるようですが意識されている時点でもはや滑稽なだけ。私の前だから良かったものの、うっかり人前で漏らし軽蔑のこもった視線に晒され惨めに引きこもる事がないようお気を付けくださいまし」
ったく、この使い魔は……
「口を開けばイヤミイヤミイヤミ!忠誠心っていうものはないのかね?そも私に恨みでもあるんかい?」
「今更お気づきですか?」
実に清々しい笑顔でそいつは言った。――そうか、恨まれてるんだ。召喚したばかりの、まだレベル1のこいつに良かれと思って餌をやりまくったり、毛づくろいしまくったけど実際は嫌々だったんだ。
良かれと思ってやったのにな。
――まぁ、アスペルガーなんてよく言われるし、実際そうなのかもしれない。
思い返せば今の今まで真面目にマトモに真っ当に友達付き合いした事なんてたったの一度もないし、小学生の時班分けでいつも余りもの組だったし、中学生に上がって何度か積極的に友達を作ろうとしたけど何か避けられてばっかだったし、高校に入ってからは屋上前の階段で一人飯が日常茶飯事。
ファンタジーだからなに?異世界に来ても私は私。中身が根性ねじ切れた織葉夏蘭のままじゃね。
「――さま、お嬢様。修理の邪魔です、そこを退いてください。そして独りダークマターを垂れ流して地面に指を擦りつけたいのであればベッドの上でお願いします。ホコリのついた指で食器にでも触れられたら私が大変じゃないですか」
「……そうだね。私がここにいても邪魔だよね部屋に引きこもってるわそれで二度と出ないようにする。夕食とかは良いから、鈴の音が止んだら死体を片付けに来て」
そう、ソロプレイヤーはどこでもソロプレイヤー、異世界だからって主人公補正でステキな仲間に出会ったり、見ず知らずの村長の娘さんに優しくされてそのまま村に居候したりするのは素敵にファタジーなラノベの話なんだ。
――現実は、残酷なんだ。
なんだろう、足が震えるよ。いっそこのまま階段踏み外して首ポッキリしないかなーあははー
そんな私が面白いのか、手元の道具を投げ捨てペンギンが回り込んできた。
「って待て待て待てい!なんや自分、そらーワイもちょっと苛めすぎたかも知れへんけど、何独りで暗いマックス迎えようとしとるんや!」
と目を血走らせ流暢な関西弁でコンマ5秒で何かほざいた。
っていうか――
「なんで関西弁――?」
「コホン、何の事ですかな?ともあれお嬢様はどうやら閉鎖した環境で滅入り頭が回らない模様。閉鎖的な環境に閉じ篭りっきりだと思考が停止しMとしてのいたぶり甲斐がなくなってしま――ではなく、ネガティブな方向にどんどんハマってゆく物です。そこで気分転換に街に赴き憂さ晴らしをしましょうそうしましょう。そうと決まれば転送魔法陣の用意を致しますので私はこれで。くれぐれも登から身を投げるような事はなさらぬ様、くれぐれも!」
なんだろう、なんでこいつ私の手握ってるんだろ?つか無駄に暑い目を向けてくるのやめてくんない?魚臭いんだが。
――ハッ、今さっき何考えてた私は?なんでぼっちみたいなモノローグになってんだ?
私は断じてぼっちではない、人生のソロプレイヤーだ。
友達がいないんじゃなくクソビ○チ共に付き合ってやるのが嫌なだけだ。
「あーやだやだ、軽いカルチャーショックで人格分裂しかけたわ!ペンギンの事はもうスルーだ、だってアレDQNですもん!常識と良識を期待するだけ無駄無駄無駄ですねん!」
DQNは無視するに限る。
スキルも無事使えるようになったし、あんなリアス式歯並びペンギン塔にでも永久幽閉して、困ってる奴を探しに行くぞー
そんで華麗に助けて仲間になって、あと旅の凄腕冒険者とも知り合いになって三人+不定数で異世界を冒険するんだ。
「おーいリアス歯ペンギンー!アラシャト行の魔法陣さっさと用意しるー!」
ドン、鈍い音に続いて石造の壁にピキピキと亀裂が走った。