0-そして淑女は転生した
MMOトリップ。
オンラインゲーマーなら誰しもが一度は妄想するシチュエーションじゃないだろうか。
金と労力と時間とついでになけなしの青春をドッカリつぎ込み、能面面をディスプレイに一時間二時間四時間八時間十六時間と晒し続け、ネットワークとプロバイダーと場合によっては眼鏡を介して眺め続けた仮想世界の分身に乗り移り、人間関係も職場も現代より余程シンプルライズされたファンタジーの世界で俺tueeeeeする。
全人類の夢といっても過言ではない。私が言うのだからそうに違いない。
私の名は織葉夏蘭。
ベテランのソロプレイヤーだ。人生の。
女子高で交際費をケチっただけで全校生徒が敵に周って、以後私は女を信じなくなった。
初恋の彼氏が何人とも掛け持ちしてるセッ○スモンスターと知って、以後私は野郎を信じなくなった。
別にぼっちじゃない。ぼっちとは友達が欲しいのに何故かできん可哀想な連中の事をいう。
そも友なんぞ望まん私はぼっちではない。
いうならばそう、孤高の黒薔薇、荒野に咲く一輪のダニア、水辺のアリウム――だ。
そんな私の趣味は国道脇ナイトウォークである。
あわよくば居眠り運転中のトラックに轢かれテンプレしてやろうという魂胆だ。だがこれは不確定要素が多すぎる。
そも誰かを庇って死んだわけでもなし、白衣の神様が『感動した!チートをやろう!』なんて都合のいい事を言ってくれはせんだろう。
ならば次はと私が目をつけたのがオンラインゲームだ。
MMORPGにはたゆまざる努力とオタ力で鍛え上げたキャラが存在し、尚且つ感情導入しまくってるのでシンクロするのは簡単のはずだ。
プレイ中にディスプレイがショートして爆発すればもれなくGood Bye Miss My Yesterday、Hello Miss My Tomorrow。
そして見慣れた風景の中で目覚め、動揺するプレイヤー達と共に帰る方法を模索するフリして裏工作し、確実に帰れなくしてから、ゲーム時代にコツコツと貯めた金とEXPで異世界を豪遊する。
――トリップでここまでやれれば上出来だろう。だが私は断る。
そも私はリアルの男が嫌いだ。リアルの女も嫌いだ。つまりリアルの人間が嫌いだ。
何が悲しくて数千数万のリアルニート共と同じ異世界を生けなきゃならんぞや?
そこで私が目をつけたのが『ハルマゲドン・オフライン』である。
これはかの有名な大手MMORPG『ハルマゲドン・オンライン』略してハゲドンがサーバー事故で半年ほど営業停止した際に『ハゲドンなしで僕チンどうやって生きてけばいいんじゃゴリアック!』と阿鼻叫喚な廃人ニート共を宥めるために発売されたオフラインバージョンで、P2P技術の応用でネットワークに擬似サーバーを作り上げ、他にプレイヤーが居ない点を除けばマジモンのネトゲーと何一つ変わらない一人相撲御用達のオ○ニーゲームである。
オフラインなので当然GM(ゲームマスター)は存在しない。つまりは無法地帯。すなわちチートし放題。平たく言うとヒャッハー。
案の定発売3日目からGMアカウントの獲得方法がネット上に流れ始め、しまいにはモデルの改造やNPC、スキルの開発コードまで流出し、オリジナルのクエストラインが無数にアップロードされた。
まさに『ハルマゲドン・オフライン』の黄金時代。
しかし、それもサーバーがぶっ壊れてた半年間だけの話だ。運営再開の知らせと共に改造職人共はゴキブリがホイホイに惹かれるようにカサカサとオンライン版に這い戻り、改造板はあっという間に廃れちまった。そんなにオンライン版がいいのか畜生。
まぁ、そのおかげで今このオフラインゲーをやってるのは世界広しといえど私ぐらいだろう。
サーバー復帰しただけであっさり見限った尻軽売国奴共より、忠実なソロプレイヤーに何かご利益をくれてやらねば!――そう、オフラインの神様は思ったのだろう。
目が覚めた時、私はハゲドンの世界にトリップしていた。
アートディレクターを雇う経費をケチって、ギリシア風神殿の内装を金でアクセントつけた、やっつけ仕事系建築の中で私は目を覚ました。
ディスプレイ越しに何度も見た石造の壁。いざMMOトリップした時の拠点として例の開発コードを弄って追加させた私様オリジナルのマイダンジョン、名づけて『守夜の崎塔』である。
ダンジョンと言っても敷地面積78平方メートルの五階建てと小さく、ファンタジーにありがちな、ビ○グライトで拡大した装飾壺のような外観をしている。
一階には各主要都市への転送陣を完備し、二階にはキッチンルームと図書室、そして鍛冶場を儲け、三階のテラスに食卓、そして4階のアーチをくぐった先にオープン式の寝室を備え付けた。
その寝室の、天幕付きクイーンサイズベッドで仰向けになったまま一房の髪の毛を掬ってみる。
輝月石のシャンデリアに照らされ透き通るようなエメラルドグリーン色をした艶の良い髪は、ほんの少しだけウェーブが掛かっていた。
これは例の職人共が掲載した方法で私が改造したオリジナルの髪型だ。
っつってもまぁよくあるふんわり系ショートホブだが。――こういう常識的な髪型をそっちのけてぶっ飛んだセンスに走るから米国産のネトゲーは流行らないのだ。
その髪を掬う陶器のような指先も、キーボードプッシュで鍛え抜かれたガリガリな指先とは比べ物にならないほど繊細で、眺めていて飽きない。
こんな綺麗な指を維持できるならそりゃエステだろうがバス停だろうがポンポン金を払いたくなるわな。超資本主義の家にはめっさ関係ないがね。
寝床に鏡を置くのは個人的に不気味なので、ここにはないが、ここまで完璧に再現されているのなら顔もまたゲーム通り気品にあふれ、エレガントかつゴージャスでちょっぴりキュートに違いない。――ラノベのように念じてもメニューが視界に現れないのが少し気がかりだが、常時視界の端にウィンドウバーが浮くよかマシだ。そもそうなったら絶対発狂する。
それにこのクオリティなら例え能力を引き継いでなくとも持ち前の美貌だけで傾国とかできそうだ。
――まぁ、妾なんてろくな最後がないし、仮に正室になっても嫉妬したババァに暗殺されるのがオチだろう。
私は嫌だぞ、離宮で暗殺されて娘が失明、息子が魔女と契約してテロリストになって超合衆国を立ち上げるとか。
「純国産ジョ○オーガニックヘアスプレー固定済み頭髪 SUPER グラフィティ 13 フェイス 全長170cm 重量○○kg 始祖エルフ・ドルイド『カラン』 パーフェクトだオフライン。」
ベッドの寝心地はいいんだが、だからといっていつまでも寝そべっていてはニートと変わらん。二度寝しないうちに、スキルを確認をしてみよう。