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「だから、今日は おやつが いっぱいなんですねー」
エミリは頬にお菓子を詰め込みながら、幸せそうに笑った。
「せっかく ジャックが買ってきてくれたお菓子を無駄にしたお詫びも兼ねて、頂いたお菓子をたくさん持ってきたの。これ、ラッピングしたからジャックにあげてね」
「わあ、ジャック喜びますよ!…でも、いいんでしょうか?オルグラント様がアーキーさんに贈ったお菓子を、私もジャックも頂いてしまって…」
「大丈夫大丈夫。食べきれなくて腐らせたら勿体ないし」
「そういう問題では…」
「ああ、オルグラント様が怒ったのは、『知らない男』が『自分の為だけじゃなく』買ってきたものを出されたのが嫌だったみたいよ。御坊っちゃま育ちだから、そういう細かい事が気になったんでしょうね。我儘よね」
「……ええと、それは多分、違うと思いますけど…」
ケインを少し可哀想に思うエミリだったが、触らぬ神に祟りなし、と エミリは口を閉ざすことにした。
と、まあこんな感じでティータイムにケインに絡まれ、それをネタにエミリと休憩時間に盛り上がるのがリルの日常だった。悩みと言う程困っては居なかったが、この頃は そうも言えなくなってきた。
「君、女性は何をプレゼントされたら嬉しいのだ」
「…何ですって?」
なんと、あの凶悪悪人面のひねくれもの の堅物男に、気になる女性ができた様なのだ。
「女性は何をプレゼントされたら嬉しいのか、と聞いている」
真剣な眼差しをリルに向けるケインからは、その女性への本気が伝わってくる。
「そうですね。やはり、初めは花やアクセサリーでしょうか。そこから徐々にランクアップして、ドレスや宝石等を贈るのが宜しいかと」
色恋に興味がなく、リルもプレゼント等もらったこともなかったが、たまにエミリに薦められて読む恋愛小説には、そんな事が書いてあった。プレゼントのセオリー等全く知らないので適当に言ってはみたが、もしケインが本当に贈るのなら、屋敷の執事やらに頼むだろう。そこで執事がアドバイスなりしてくれるだろう、とリルは軽く考えていた。
ケインも、うむ。と頷いて その後は何も言わなかったので、リルは すっかり忘れていた。
そして、数日たった頃。
「君に、これをやろう」
ケインが、おもむろにリルの手にピンクの薔薇の花束を押し付けてきたのだ。
「わあ、綺麗ですね」
リルは喜んだが、よく見れば花は少し萎れ、花をまとめた飾りの布も、少し シワが寄っていた。おや、とリルが目を見開いたのに気づいたケインが、
「本来なら、別の者に贈る予定だったのだ。しかし、事情があって贈ることが叶わず、仕方なく、仕方なく君に贈るのだ。感謝するがいい!
」
と、腰に手を当てながら、ふんぞり返って、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうなんですか。ありがたく頂戴します」
いつも以上に偉そうな物言いが気にはなったが、恐らく、本命に贈りそびれて気が立っているのだろう。と、リルは柔らかく笑んで、生暖かい目でケインを見ることにした。案の定、ケインは その後、二、三日酷く落ち込んでいた。
ちなみに このやりとりは日を改めて、五回程繰り返され、その後はいずれもケインは酷く落ち込んでいた。
リルは、本命に相手にされていないのかしら、可哀想に…とエミリに話していた。エミリは引きつった笑みを浮かべるだけだったが。
それから数日後のある日。
「君に、これをやろう」
ケインが、むすっとしながらリルに繊細な細工のネックレスを無理矢理手に握らせてきた。
「わあ、キラキラして素敵ですね」
銀でできた花びらと、蕾を模した小さな石が可愛らしい、華奢な印象のネックレスは、リルの心をがしりと つかんだ。
「…でも、こんな高価なもの、頂けません。申し訳ありませんが、お返しします」
リルは、そっとネックレスをケインに差し出した。ただの侍女の自分が、こんなものを貰うのは気が引ける。
「…受け取れない、と?」
常より低いケインの声に、リルは しまった、また機嫌を損ねたか、と後悔したが。貰えないものは貰えないのだ。
「申し訳ありません」
再度謝罪を口にするが、ケインは苛立ちを露に、リルを睨み付けた。
「―――勘違いするな。これは君が思うほど高価なものではない。こんなもの、二束三文で売られている、私には ちっぽけで何の価値も無いものだ。とある筋から押し付けられて、処分に困ったから君にやろうと思っただけだ!それを突き返すなど、なんと礼知らずな!」
窓の外で、雷鳴が響く。リルは またケインの逆鱗に触れてしまったらしい。
「君は大人しく それを受けとれば良いのだ!」
ケインはリルが差し出していた手を強く押し返すと、
「…しばらく、仕事は屋敷で執り行うこととする。他の者にもそう伝えなさい」
冷たく言い捨てると、足早に執務室から去っていった。
これは本格的に怒らせてしまった。とリルは面倒くさそうにエミリ他職場の仲間に話した。皆、この場に いないケインを少し可哀想に思った。
ケインが自分の屋敷で仕事をするようになってから、リルはケインの執務室で 留守番をしていた。そうしていたら、来るわ来るわケインが居る時には絶対に寄り付かない大臣やら騎士やら他の侍女まで、ケインの執務室に押し掛けてきた。
大臣は、ケインの花嫁の話題。一日でも早く婚姻をしてくれ、類いまれなる魔力を後世に遺すため、今すぐにでもいいから世継ぎを、と喧しい。
騎士は、リルの休日の話題。休みは何してるの何処に行くの何が好きなの、と喧しい。
他の部署の侍女は、ケインとリルの関係についての話題。これが一番理解に苦しむ。オルグラント様は、どんな甘い言葉を言うのかしら?と喧しい。
「婚姻とかお世継ぎは、オルグラント様に直接おっしゃってください。私はお相手も知りません。休日は ちょっと自由にしていたら、雷様のお呼びだしでおじゃんになります。オルグラント様と私は雇用主と従業員の関係です。甘い言葉は皆無です。それでは皆さんお帰りください。出口はあちらです」
わあわあと騒ぐ人びとを追い出して、エミリと暫しの休憩にする。
「オルグラント様、帰ってきませんね…」
心配そうにしながら、目は喜んでいるエミリに思わず吹き出してしまうリル。
「私たち、オルグラント様が居なかったら あんまり仕事ないのよね…」
何しろ、オルグラント様専属の侍女である。その本人がいなければ、手持ちぶさたになってしまう。掃除も書類整理もあらかたやってしまっていた。朝から懲りずに押し掛けてくる大臣その他に対応するのが、仕事になってしまっている。
「…私たちも、お休みをいただこうか。オルグラント様、まだ執務室に帰ってくる気がないみたいだし」
「ええ?いいんでしょうか?怒られませんか?」
と言いつつ、エミリは かなり嬉しそうだ。
「よし、大臣に掛け合ってましょう!」
「はい、行きましょう!」
交渉の結果、リルとエミリはケインが戻るまで休暇を貰うことになった。
自宅でゆっくりしながら、リルは幸せを感じていた。
「ああ、呼び出しもされないで こんなに のんびりするのは久しぶりだわ。頂いたお菓子は何故か腐らないし美味しいし、本当に幸せ…」
ケインにもらった、腐らない風味も落ちない不思議なお菓子を食べながらゴロゴロしていると、窓越しに手紙をくわえた鳥と目があった。
窓を開けて鳥を入れると、鳥はリルが手紙を手にしたのを確認すると、ポン、と消えた。
主に連絡手段に使われる、魔法の鳥だった。
手紙には、母が倒れた。すぐに帰宅せよと書いてあり、リルは真っ青になった。すぐさま城に魔法の鳥を飛ばし、実家に帰るのでしばらく休みが欲しいと伝えた。
そしてすぐに荷物をまとめて、快速の馬車に飛び乗った。
手には小さなトランクと、手紙を握り締めて。リルは、ガラガラと鳴る車輪の音を聞きながら、早く、早くと固く拳を握った。