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城に、一台の馬車が停まった。


「おじさん、ありがとうございました」


赤い髪に、薄紅色の目をした女性は、馬車から降りると、御者の男性に ぴょこりと頭を下げた。

男性は軽く手をあげて頷くと、馬車をまた走らせた。女性は車輪の音が聞こえなくなるまで見送り、城へ一歩踏み出した時。



「アーキーさーん!!」


若い侍女が女性目掛けて、髪を振り乱して走ってくる。アーキーと呼ばれた女性は、ため息をついて うんざりした表情で、侍女に話しかけた。


「それで、今日は何があったの?」


ぜえぜえと肩で息をしながら、侍女は乱れた髪も気にせずに、早口で 捲し立てた。



「オルグラント様が、オルグラント様が黒いもやに包まれてしまって…誰も近づけないのです!」


涙ながらも語る侍女に、女性は また ため息をつく。


「…オルグラント様は執務室に?」


未だに息の整わない侍女の背中を擦りながら、女性は城を睨み付けた。正確には、度々この侍女と女性を悩ませる、話の主を。













「オルグラント様、アーキーさんを連れてきましたよ!オルグラント様!」



侍女が重厚で華美な装飾の施された扉を叩くが、返事どころか、全く物音がしない。


「下がって、エミリ。何にも聞こえてないのよ」


苛立ちを含んだ声とは反対に、侍女を背に庇う手は優しい。


「私が良いって言うまで、入っちゃダメよ?」


にっこり笑ってそう言うと、女性は扉を蹴破った。途端に、ドス黒いもやが流れ出てくる。


「きゃー?!アーキーさん!アーキーさん!」


半狂乱になる侍女を尻目に、女性は ずんずんと黒いもやに突っ込んでいく。完全に姿が見えなくなると、侍女は へたりと座り込んだ。








女性は黒一色に染まった部屋を、迷いのない足取りで進むと、やはり迷いのない手付きで窓を開け放つ。

そうして、黒しかない視界に うんざりしながら。


「オルグラント様!」


ここにいるであろう部屋の主に、呼び掛けた。


すると、黒いもやが開けられた窓から ふわふわと外へ排出されていく。徐々にクリアになる女性の視界に、高級そうな艶のあるデスクに両手を組んで肘を付き、組んだ手に顎を乗せた黒髪の男性が映った。子供が泣き出す程の強面に険しい眉。いつも何かを睨んでいるような目は、野生の獣のようにギラギラしている。

女性はデスクに ドカドカと歩み寄ると、


「あれだけ、魔力の無駄遣いをするなって言ったじゃないですか!」


どん、と手を突いて、男性に抗議をする。立場としては、この男性は女性の上司であり、第三者がいたら眉をしかめそうな光景だが、生憎とこれはもう誰もが見慣れたもので、苦言をていする者はいなかった。二人の事情を知っていれば、誰もが口を出さなくなるのだ。


「…無駄じゃない。こうして私が魔力を発したお陰で、君は私の執務室に駆け付けて、特別手当が発生した。私は君の財布に潤いを与えた。違うか?」


じろり、と大の男でも逃げ出しそうな視線を浴びせられても、女性は顔色一つ変えない。


「屁理屈はいいんです。私は今日休暇をいただいていました。このあとも、町で買い物をする予定でした」


「…すればよかったではないか」


ニヤリ、と口の端を上げただけの笑みを浮かべた男性に、女性は眉間にシワをつくって睨み付ける。


「ええ、そうする予定でしたよ。晴れてるのに雷が鳴り始めるまではね!」


「…ほう」


「一緒にいた友達から、絶対オルグラント様が機嫌悪いんだよ!私はいいから早く帰って!って泣きつかれた私の気持ちが分かりますか?そのあとすぐに騎士たちが町を うろうろし出すし!」


「いい友人を持ったな」


「騎士にまた泣きつかれるのは嫌だから、馬車つかまえて帰ってきたんです!馬車代は経費で落としてもらいますからね!」


「うむ、仕方ないだろう。ついでにその作業着も新調しなさい」


「これは普段着です!」




ぎゃあぎゃあと言い合いをする二人を、侍女は「もういいよ」と言われるのを待って、扉から そっと見ていた。












ケイン・オルグラントといえば、この国の誰もが知る魔法使いだ。強大な魔力を有し、強力な魔法を用いて、敵を塵も残さず殲滅する。その実力を買われて、若くして国の魔法使いのトップの役職に就いている。

さらには良家の出であり、見目も麗しい。(悪人の様な人相をしているが、つくりは良い)

令嬢たちが こぞって結婚相手に、と取り合いをするくらいにケインは優良物件なのだ。



…というのが、ケインが魔法使いのトップして就任した、最初の数ヶ月の間の評判だった。


実際に蓋を開けてみると、常時 人を軽く二、三人殺したような凶悪な顔。結婚相手に、と夢を抱いて押し掛けてきた令嬢を風の魔法で ことごとく吹き飛ばし、魔法の腕に惚れ込んで 弟子に と志願した魔法使いを雷の魔法で黒焦げにし、ケインを手駒にして利用しようとした大臣をカエルに変えてしまった。


王は、とんでもない輩を王宮に召し上げてしまったと頭を抱えたが、誰もケインを押さえ付けることはできなかった。力が強大過ぎるが故に、つついて返り討ちにされることを恐れたのだ。




しかし、幸いというかケインは余計な ちょっかいを出されなければ、まともに仕事は こなした。それが唯一の救いであった。



誰もがケイン・オルグラントを恐れ、ケインの側に仕えるものは ごく少数を残して、姿を消していった。世話役の侍女などケイン付きに任命された日には泣いて郷里に帰り、何日か続く強者がいても、ケインの逆鱗に触れて追い出されるのが常だった。

あまりに求人と追い出しが頻繁に続き、これでは 堪らない、と弱った宰相がケインの屋敷からケイン専属の世話係を一人連れてくるように、と特別に許可を出した。



そこで白羽の矢が立ったのが、リル・アーキーだった。彼女はケインの乳母の娘で、ケインより幾つか年下だが、幼い頃からケインと一緒にいたのでケインの凶悪な顔には慣れていた。しかし、特に それほど仲が良かった訳でも悪かった訳でもなく、幼馴染みというには希薄な間柄だった。


リルも王宮に上がれば、良い嫁ぎ先を探すきっかけになるかもしれないと思い、ケインの侍女を快諾した。



しかし、いざ登城してみれば、リルの職場には結婚相手になりうる可能性のある男性はゼロ。魔法研究にしか興味のないガリガリの男や 他人はゴミと見ている男、頭から植物を生やした仙人の様な老人、艶やかな美貌に日夜磨きをかけるドレスを着た男、リルの手伝いに、と雇われた侍女見習いのエミリ。


魔法使いは変わり者が多いとは聞くが、中でも選りすぐりの変わり者を集めたようなメンバーばかり。リルの もっぱらの話し相手は、もちろんエミリだ。












そんなこんなで、リルはケイン付きで世話から雑用まで何でもこなした。最初は リルを 見ても興味すらないようにしていたケインであったが、リルが一月、二月と勤めあげるうちに、徐々にリルの仕事ぶりを認め、彼女を常に側に置くようになった。

特に、リルの入れる茶が好きなようで度々催促されるようになった。


仲良くやっているようだ、と誰もが安心して胸を撫で下ろしていたが、実はリルには最近悩みがあった。







それは、やはりというかケインの事だった。

彼は仕事が一段落すると、リルにいつも茶を頼む。それに答えて、リルはその日の気分やケインの希望を聞いてお茶を入れるのだが。

問題は、そのお茶を飲む時だった。




「君は、今日なぜこの茶にしたんだ?」


ティーカップの中身の澄んだグリーンを眺めながら、ケインは側に控えるリルに聞いた。


「今日は天気がよくて、木々の緑が眩しく光って綺麗でしたので。気分も明るく、グリーンティーにしようかと。…お嫌でしたら、違うものをお持ちしますが」


「かまわん。これで良い。しかし分からないな…緑が美しいからグリーンティーを飲みたくなるのか?君は視覚と味覚が直結するのか?グリーンティーを飲むと気分が高揚するのか?…その理由が私には理解できない。五分以内に簡潔にまとめて説明してくれ」


「…なにやら分かりませんが、ただそう思っただけで、深い理由はありません」





リルが すぐさまスパッと答えを出すと、ケインは眉間にシワを寄せ、うむ、と頷いた。


最初の質問は、こういった流れだった。ティータイムの度に思い付いたようにケインに質問攻めにされ、そうかと思うと、相談?の様な時もあった。






ミルクティーに、町で人気の焼き菓子を添えてケインに出すと。


「君は、今日はなぜこの菓子を?」


無造作に焼き菓子を摘まむと、しげしげとケインは焼き菓子を観察する。


「今 町で流行っているのですよ。昨日町に出掛けたジャックがお土産に くれたものです」


リルがそう言うと、ボンッという発火音を立ててケインが手にしていた焼き菓子が黒焦げになった。リルは慌てることもなく残りの焼き菓子を皿ごと自分の手元に避難させ、ケインを睨み付けた。


「何するんですか。勿体ないことをしないでください」


「君は、この私に どこの馬の骨とも知れない男が買ってきたという菓子を食べさせようとしたのか。しかもそれは、そのジャックという下心丸出しで薄汚い劣情を持った男が君に、き み に!買ってきたものだろう。汚らわしい!そんなものを私が口にするものか!」


「それでしたら、私が胃袋に処理しますので」


「許さん!そんなものを この私の侍女が口にするなど、許すものか!恥を知れ!そんな菓子燃やしてくれる!」



怒りの形相で手に炎を宿すケインを、リルは やれやれと肩をすくめながら、



「ケイン様。ジャックはエミリの婚約者です。私はエミリの仕事仲間で、いつもエミリが世話になっているからと渡してくれたものです。下心も劣情もありませんよ。」



呆れたような目を向けながら、ケインの手の炎を消すように目線で促した。


「それに、この焼き菓子は私が大好きで、エミリがそれを知っていてジャックに頼んでくれたものです。そんな私の大好物を消し炭にするなんて、ちょっと酷すぎますよ」


好物が目の前で真っ黒にされて、リルは少し落ち込んだ顔でケインに抗議した。しょんぼりした気持ちでデスクに散らばった焼き菓子の残りを眺めていたリルは、その目線より上でケインがギクリと固まっていたのには気付かなかった。




へそを曲げたケインは、その後は むっつりと黙りこみ、黙々と仕事をこなして いつもよりだいぶ早くに帰宅した。リルも これにあやかり、早々と家に帰り、ケインから死守した焼き菓子を食べた。


その次の日の朝、リルは目を開けるなり仰天した。部屋中に、美味しそうな焼き菓子や美しい飴細工の花、デコレーションされた可愛らしいケーキ、色とりどりのマカロンタワーや甘い香りが鼻をくすぐる、たくさんのチョコレートがところ狭しと並べられていたのだ。

そして枕元には、癖のある字で「悪かった」と一言書かれた便箋があった。 これを見て、リルはケインの仕業だと分かり、急いでケインがいるであろう執務室に、超特急で支度をして駆け出した。




まだ早い執務室には、ケインの他に人はいなかった。ケインは何かの書類に筆を走らせていたが、リルがデスクの前に立つと、凶悪な顔をさらに凶悪にした。


「あのお菓子は何ですか」


「昨日の詫びだ。遠慮はいらん、受けとれ。貪り食らうがいい」


「一言余計です。でも、ありがたく頂戴します」


リルが、にこりと笑みを浮かべて言うと、ケインは うむ。と頷いて再びペンを動かした。



















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