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初めては幼なじみⅡ  作者: 亜果利
9/12

ウコン桜の下で

 ウコン桜の木の下。四人仲良く珍しいその花を見上げた。

 

放課後の中庭には、帰宅する生徒や部活に急ぐ生徒たちはまず寄りつかない。


喧騒とする校舎内で、この場所だけが穏やかで、異空間にいるようだった。


 日差しを浴びたウコン桜の花びらは春の風に吹かれても散ることはない。


手を伸ばして花びらを見ようとしたけど、背伸びをしても手が届かない。


そんなわたしの仕草を見ていた稲本が、枝を間近まで引き寄せてくれた。


「見える?」


「うん」


 背伸びをして、花に顔を出来るだけ近づけた。


「あんまり枝を引っ張ると折っちまいそう」


「うん。折ったりしたら、先生に怒られるよ」


 稲本が引き寄せてくれた枝と枝分かれしていたと思われる枝が二本、折られたような形跡が残っていた。


「これ、誰か折った形跡があるな」


「うん」


無残にも折られたウコン桜の枝。


珍しいからだろう。


だからと言って十代の若い生徒らが、枝ごと持ち去るとは考えにくい。


「この学校。ボロいもんな。泥棒入り放題じゃないのか?」


 稲本が中庭から見えるグラウンドの裏手にある出入り口に目をやる。その出入り口は年中開け放たれていて、夜間練習を終えた運動部員専用通路となっている。

夜中に誰が忍び込んでも、おかしくない。


「言っとくけど、わたしじゃないからね」


「真菜は背が届かないだろ?」


茶化したように、いたずらな目を向ける。


 そして、指先で、今にも落ちそうなウコン桜の花を一つだけ摘まみ、わたしに差し出した。


「落ちかけてたんだし、これくらいは許されるよな」


「これでわたしたち、共犯者だね」


「なにそれ?真菜が裏切りそうなとこ楽に想像できる」


「そっちこそ、なにそれだよ」


 稲本の手から桜を受け取り、そっと手で包み込んだ。


「それ、どうすんの?」


 あまりにも大事そうに手に持っていた為か、稲本がそう聞いて来た。


「シオリでも作ろうかな」


「シオリ?」


「小学生の時作ったでしょ? アイロンフィルムで作るヤツ」


「ああ。画用紙に絵を描いて作ったな」


「稲本、変な恐竜の絵とか描いてたの覚えてる」


「変な恐竜? モンハンのモンスターは描いた記憶あるけどさ。お前、よく、そんな前のこと覚えてる

よな」


「うん。なんか、あの絵は記憶に残ってる」


 そう言って稲本を見ると、一瞬、稲本が真剣な目を向け、それを隠すように、直ぐに視線を逸らした。


 たまに向けて来る、大人の男性のような、なんとも言えない視線。


 向けられる度に、稲本は、今、なにを考えているんだろうと、不思議に思うことがある。


自然体で、どこまでも気を使うことの無い稲本だけど、この視線を向けられると、言葉を失ってしまう。


 そんなわたしに、稲本も口を噤む。


反対側で、桜に手を伸ばして、ジャンプしている沙都と涼が眼に入った。


「沙都ちゃん……カエルがジャンプしているみたい」


稲本との、この揺らいだ空気をかき消すように、そちらに声を掛けた。


「俺も今、それを言おうとしてたとこ。栗木さんとは気が合いそうだな」


涼が二コリと笑いかけてきた。


日焼けして、とても健康的な笑顔だった。


サッカーボールを蹴る場面が楽に想像できそうなタイプだ。


「ちょっと、二人して酷くない?」


沙都がジャンプをやめて、涼を睨み付けた。


稲本は、わたしから少し離れた場所で、ウコン桜に携帯をかざしている。


わたしも同じように携帯を取り出し、写真を撮った。


これから三年間、この校舎でお世話になる。来年もきっと、この花が見られるはず。


母が通ったほどの古い高校だけど、わたしの高校生活は始まったばかりで、出来るだけ楽しく過ごせた

らと思う。


サッカー部のマネージャーをしていた母が、隣の男子校のチームにいた父と出会い、恋をした場所。


恋をして結婚して、結果は悲しい別れになったけど、父と母には宝物のような時間だったに違いない。


いつまでも悲しみを引き摺っちゃダメだ。わたしは、もう、大人になったんだから、新生活が始まるこの場所で、思う存分高校生活を楽しまなきゃ。


沙都が涼の横腹にパンチを出した。


その光景が可笑しくて、稲本と二人で笑い合った。


新しい友達が出来そうな予感。


この笑顔のまま、過ごせたら……


高校生活は、まだ、始まったばかりだ。




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