沙都と涼
「あれ? 栗木さん早い。わたしたちが一番だと思ったのに」
そう言ってわたしの席に駆け寄って来たのは、先ほどのクラブ紹介で寝ていたあのポニーテールの女子生徒だった。
「沙都、体育館シューズ、忘れるなよ」
体育館シューズを手にして差し出しながら入って来たのはあの、茶髪の男子生徒。
「ごめん。涼。持って来てくれたんだ」
沙都と呼ばれた子が駆け寄る。
「普通、こんなもん忘れるか?バッカじゃないのか」
毒舌を垂れながらも、持って来て上げている涼と呼ばれた男子生徒。
体育館シューズを受け取った沙都が、もう一度わたしの席に近づいて来て
「ねえ。栗木さん。わたしと一緒にチアリーディング部に入らない?」
「え?」
沙都は意外にも、わたしの名字を知っていた。
「すっごく可愛くなかった。ほら、栗木さんもわたしと一緒で背があまり高く無いしさ……さっき見たように肩の上とかに、のってみたく無い?わたしたちならきっと出来るはずだよ」
「え?」
確かに言われたように、肩の上に乗っていた女子はわたしたちみたいにみんな小柄な子が多かった。
「ったく、ほんとミーハーだよな。なんでも新しいモンに飛びついてさ。それより沙都、お前、その前に痩せろよ。下で支えているモン、あれ、かなりの筋力いるぞ。何十キロもある人一人を肩に担ぎ上げ
てるんだからな」
沙都をバカにしたような目で見ていた涼がそう言いながら自分の席に着いた。
「黙れ、涼。わたし、そんなに太って無いから」
沙都が頬を膨らませて、涼を指差した。
「ねえ……栗木さん、部活決めてないでしょ? どこにも入部してないよね」
普通、中学からの流れで入学と同時にすでに部活に入っている子が多かった。
稲本などは、合格発表のその日から剣道部に通っているし、涼と言うこの生徒だって、サッカー部らしく、朝連に参加しているところを見たことがある。
わたしは身体が小さいから何をしても不利だと考え、中学の頃はパソコン部に入っていた。
「ごめん。わたし、運動苦手なんだ」
「そうなの?」
沙都が不思議そうな顔でわたしを見てきた。
「何がそうなの?だよ。沙都、お前、自分がどれだけ運動音痴か自覚ないだろ? あっ栗木さん。絶対大丈夫だって。こいつと一緒なら、絶対大丈夫。こいつほど運動ダメなヤツ、あんまりいないから、全然大丈夫だよ」
「ちょっと……涼。わたしより全然大丈夫だって、どうして分かるのよ」
「さっき、栗木さんの走りみたから。沙都よりいい走りしてたし」
茶色の髪から覗いた茶色の瞳を輝かせながら、涼がこちらを向いてニコリと笑い掛けてきた。
体育館から猛スピードで走って来たわたしを涼が目で追っていたかと思うと急に恥ずかしくなった。
「涼、いちいち分析するな! 」
そう怒鳴り付けて
「ねえ。栗木さん。考えといて。一人じゃ心細くて、見学さえ行けないもん」
そう言ってニコリと笑い掛けてくれた。
「うん。分かった。考えとく」
自分より運動音痴らしい沙都。
運動から逃げていたわたし。
どっこいどっこいの二人なら……
チアリーディング部。
これは、子供から卒業するいい機会かも知れない。