涙味のキス
服が肌蹴たまま仰向けになっている美波と、ベッド脇に腰を落とした俺。
美波の鼻を啜る音が時折聞こえ、その度に胸が苦しくなった。
真菜の変わりに抱いていたわけじゃない。
美波が真菜の変わりだったわけじゃない。
ただ……自分が弱かっただけだ。
真菜に思いをぶちまけて、今の関係を壊したくない俺がいた。
美波の気持ちを突き返せず、ズルズルと引き込まれてしまった。
その気持ちを受けとめようとしていた。
全て受け入れてきたつもりだった。
だけど、自分を偽れば偽るほど、真菜への思いが研ぎ澄まされ、まるでダイヤモンドのように輝きだしたのは事実だ。
そんな俺の思いなど、一欠けらも知らず、高校生になった今、真菜は驚くほど成長していく。中学の頃より、人の輪に自ら入り込み、活き活きとし始めた。
美波と離れ、そんな真菜を毎日見ていると、美波への思いが薄れていった。
嫌いになったわけじゃなく、忘れていたわけでもなく、ただ、真菜への思いが強くなり、どうしようもなくなっていた。
この一年間、美波との間にあった物を探しだしたところで、それが今さらなんになる。
ベッドにもたれたまま、深く項垂れた。
「ごめん……美波」
「謝るってことは……認めるってことだよね」
「美波と離れていた、この一カ月間、真菜はあまりにも俺の近くにいてさ……でも、美波を忘れていたわけじゃないよ」
「真菜って言うんだ。その子」
「うん」
「和也……。ねえ、最後に抱いて。これで、和也のこと諦めるから……」
美波が涙声のまま、そう、呟いた。
「無理だよ。そんなこと……もう、できねえよ。だけど俺は、真菜の代わりに美波を抱いたことは一度
もないから。それだけは……信じて欲しい」
そう言った俺に、美波が背中から抱きついて来た。
「身代りとか、そんなこと、どうでもいい。お願い。これで、和也を忘れるから……ね?」
美波の細い腕をほどいて、身体から離れた。
「ごめん。このまま、抱いちまうと、また、美波から離れられなくなる。だから……ごめん。今の彼氏と、仲良くやれよ。美波なら、俺なんかより、もっとイイ男見つかるはずだから」
もう片方の腕をほどいて、その場に立ち上がった。
ベッドの上で、跪いたままの美波を見下ろした。
大きな潤んだ目が、真っすぐに俺を見つめる。
「やっぱ……和也はイイ男だ。わたしが見込んだだけある」
自分の思いを目一杯俺にぶつけて来た美波は、羨ましいほど勇ましく思う。
イジイジした男の俺なんかより、よっぽど男らしい。
涙で濡れている頬に手を添えた。
「見込むって、なにそれ?」
「最初に付き合った男が、和也だったら良かったのにって……わたし、毎日思ってたんだよ」
「……」
「どうして和也は四つも年下なんだろうって……どうして、もっと早く産まれてきてくれなかったんだろうって……そしたら、わたしたち、ずっと、ずっと一緒で居られたのに」
「美波……」
美波はまるで子供のように泣きじゃくり始めた。
「和也がいつまでも、純粋なままだから……いけないんだ」
俺を大人の男にした美波が今度は泣きながら笑い出した。
精神的に成長しないまま、身体だけが大人になった。
快楽に溺れて、美波の身体を求め続けた。
心はどこまでも追いつけず、虚しさだけが残った。
その虚しさを敏感に受けとめていた美波をその度に傷付けていた。
「最後にキスくらいはいいでしょ?」
笑顔のままの美波の顔を両手で包み込み、唇を重ねた。
俺の目からも涙が出てきて、お互いの涙が絡み合い、最後のキスは涙の味がした。