サプライズ休日 ~稲本和也Side~
高校に入学して一カ月が経った。
ゴールデンウィークの最後の休日。
ベッドで目覚め、時計に目をやる。
朝の九時を回り、日差しが眩し過ぎて、目を細めた。
頭の中は寝ぼけたまま。
遠征を終えたばかりで、監督でもある笹川先生からのサプライズ休日になった。
休日など期待していなかったのに……
枕元に置いてあった携帯を手にした。
彼女でもある日高美波からのメールが一通。
中を見ると、大学の休講日らしく実家に帰って来たと書いてあった。
自分も今日は部活が休みになったと返信メールを送った。
直ぐに返事のメールが届いた。
『会う?』
会おうでもなく、会いたいでもなく疑問符が付いた一言。
「どっちでもいい」
それだけ書いて返信した。
たった一カ月しか経っていない遠距離恋愛。
一カ月前なら、こんなやり取りのメールなどしなかった。
俺自身も、どう言えば相手が喜ぶかをいちいち考えてメールを打っていた。
美波もそうだった。彼氏としての俺に、もっと、気を使っていたように思う。
遠距離恋愛一カ月……
恋愛ってそんなものなのか?
これは、自分に向けての言葉でもあり、美波に向けてへの言葉でもあった。
離れちまうと相手への気づかいさえ無くなるものなのか?
それから美波からの返信メールはなかった。
会うのか会わないのか、予定も決まらないまま、ベッドの上で携帯を癖のように操作した。
液晶画面に出てきたのは、あのウコン桜と、それを見上げた真菜の横顔だった。
この横顔をどれほどの時間見て来たんだろう。
いつも明るく甘えっ子だった小学生の頃からだ。
それが恋だと気付きもしていなかった。
ただ、大事なものだと思っていた。
真菜の父親の急死で、その笑顔が突然消えた。
周りの子たちも、教師さえ、意外と元気そうだと当時の真菜のことを語っていたけど、俺にはそうは見えなかった。
俺の大事な屈託のない笑顔が、まるで明るさを失っていた。
真菜は笑っている。いつもニコニコ笑っている。
笑っているけど、俺には、モノクロ写真のようにしか見えていなかった。
明るさをまるっきり失っていた。
そんな真菜に俺は何も言い出せずにいる。
あの頃も、今も……
自分が心から笑わせてやるとか、そんな威勢のいい力など、俺にあるはずもなく、ただ、時間だけが過ぎて行く。
一年前、姉の友達でもあった美波に告白された。
家に来る度、姉を交えてゲームをしたりしていたけど、特別な感情はなかった。
そして、何気に真菜に相談してみた。
半分、真菜の気持ちをさぐるように。
『付き合ってみれば? 何事も経験だよ』
撃沈って言葉が胸に刺さったことだけは覚えている。
その言葉どおり、俺は美波と付き合うことにした。
ただ、真菜への思いを断ち切る為にとか、そんな大げさなことじゃなかった。
真菜が言ったように、何事も経験だと思ったからだった。
軽い気持ちだった。
そんな幼い気持ちの俺に対し、美波は四つも年上で、姉なんかより遥かに恋愛経験のある女の子だった。
そんな相手に翻弄され、流されるまま今に至る。
相手が好きだとか、愛しているとか、そんな感情が産まれる前に、欲情のまま流された俺がいる。
心と身体の分裂は自分が一番よく分かっている。
映し出された真菜の横顔は、そんな俺なんかより何倍も無垢で綺麗だ。
手にしていた携帯をベッド脇に放り投げた。
弱くて、何も言い出せない汚い自分がいる。
顔に腕を押し付け、そのまま目を閉じた。