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初めては幼なじみⅡ  作者: 亜果利
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クラブ紹介

純粋な恋心を書ければと思います。


自分が書いた小説の中で、一番のお気に入りキャラがここに出て来る稲本

です。


母も通ったと言う築何十年の古びた校舎内を、真新しい制服を着た新入生たちに紛れて、体育館へと続く渡り廊下を歩いていた。


手には誰もが買ったばかりの学校指定の体育館シューズを手にしている。体育館の玄関内で室内履きシューズと履き替えるため、その渡り廊下は人の列で溢れ返っていた。


五時限目は、毎年恒例の先輩たちによるクラブ紹介が行われるのだ。


列の順に人の流れに押されながら、ふと眼を向けると、そこから中庭が見えた。綺麗に手入れされた花壇の中には、何本かの三メートルほどの高さの桜の木があって、まだ、肌寒い風に吹かれながら、チラチラとピンク色の花びらを散らしている。


この時期の各学校内では、定番と言えば定番の光景。


そのピンク色の桜の木の中に、一本だけ色の違う桜の木が眼に止まった。


薄黄緑色の桜の花が咲いていたのだ。


地味な色ながらも、その中では一際目をひく珍しい色の桜の花。


こんな色の桜は初めて見た気がする。人の流れに押されるように歩きながら、目だけは

その桜に釘付け状態だった。


一枚花びらのソメイヨシノとは違い、まるでデコレーションされた薄黄緑色の生クリームのような八重桜。


大ぶりの花はその細い枝にたわわに咲き誇っていた。


遅咲きの桜のようで、散り始めたソメイヨシノとは違い、今がまさに満開と言ったところだろう。


トン


桜に目を奪われ、歩む速度をゆるめていたわたしの背中に誰かがぶつかった。


「ごめん」


顔を見上げると、同じ中学出身の稲本和也だった。


まだ着なれないブレザー姿はネクタイが少し曲がっている。


稲本は、謝りの言葉をくれたのだけど、視線はさっきまでわたしが見ていた薄黄緑色の桜の木の方を向いている。


稲本もその珍しい桜の木に目を止めていて、歩む速度を緩めたわたしにぶつかったのだ。


周りにいる他の生徒は外の風景には目もくれず体育館へと次々にのみ込まれて行く。


そんな中で、稲本とわたしの二人だけが眼に止めた薄黄緑色の桜の木。


もう一度、稲本の視線の先に目を向け


「あの桜って……」


「うん。お前も気付いた?」


頭上で、稲本の低い声が響く。


「うん。珍しい色だね。後で、写メ撮りに行こうかな」


「俺も、その指止まる」


稲本のその声を最後に、人の波で体育館へと押し流され、桜の木は見えなくなった。


あの桜が気になった。


まだ、始まってもいないクラブ紹介をサボって、すぐさまあの桜の木に駆け寄りたい衝動にかられた。

早く間近で見てみたい。


出来れば、花びらを持ち帰り、押し花にでもしたい。色の違いを現わす為にソメイヨシノの花びらも欲しい。


そんなことばかり考えながら、みんなと同じように、体育館シューズに履き替え体育館内へと入って行った。


後ろからは、新しい体育館シューズを履きにくそうに履いていた稲本が、くっ付くように付いて来た。そんな稲本を確認するように振り向いた。


ここ一年で、急に背が伸びた稲本は、わたしの身長をはるかに超え、その大きく黒目勝ちな目で見下ろすほどになっていた。


肩幅も広く、男らしい体型に真新しいブレザーが悔しいほどよく似合っている。


幼いころから剣道を習っているせいか、背筋がピンと伸びて、これでもかと言うほど姿勢がいい。後から見ると、絵に描いたような逆三角形の上半身は半端ない。


中二まではチンチクリンの坊主頭の子供だった癖に、それが余計に悔しく思えた。


中三の終わりころには、後輩の女子たちの黄色声があちこちで飛び交っていたのも頷けるが、わたしの中の稲本和也は、今でもチンチクリンの稲本なのだ。


「俺って結構ブレザー姿、似合ってないか?」


「そんなもんじゃない?特別ってほどじゃないよ」


悔しかったからそう言い返してやった。


そんな稲本だったが、初めての高校で緊張していたのか、同じクラスになったわたしを眼に止め安堵した

ように笑顔を浮かべてスリスリと近寄って来た。


入学式から二日経った今でも、このような移動があるたびに気が付けば、わたしの後にくっ付いている。


クラスでは、同中の生徒はわたし一人だけと言うせいもあるが、人見知りもいいとこだ。


当然、クラス内の生徒からは、「彼氏?」と聞かれることが何度かあった。


その度に「違うよ」と弁解する。


悔しいことにこの稲本、チンチクリンの稲本の癖に、四つ年上の綺麗な彼女がいるのだ。


姉の友達だったとかで、向こうから告白されたらしい。


付き合い始めてそろそろ一年近くになるはず。


中三の時、彼女が出来たと聞いて、チンチクリンの稲本の癖に生意気だと言ってやった。


「もう、チンチクリンじゃねえし。真菜のほうがチンチクリンじゃん」


そう言った稲本の横顔もほっそりとして、彫りが深く、いつの間にか透明感のある大人びた男性の顔になっていた。


そんな稲本に置いて行かれた気がしたのは確かだったが、でも、こうして今でもわたしにくっ付いてくるとこは、あの頃のチンチクリンの稲本だと思う。



「ウコン桜」


クラブ紹介の会場でもある体育館内に入り、稲本がそう言いながらチラリとスマホの画面を見せる。


画面には先ほど見た薄黄緑色の桜の画像。


稲本の手元に近づき覗き込んだ。映り具合なのか、実際に見たあの桜よりも白に近い色をしていた。


「放課後だね」


「うん」


稲本が、周りを気にしながらポケットにスマホを入れて頷く。


体育館内では、バラバラと動きながら慣れない生徒同士、顔をうかがいクラス別に一度整列する。


当然稲本は、何食わぬ顔でわたしの隣に並び、同時に腰を下ろして体育座り。


「稲本って、剣道入るって決めているのに、この時間ヒマだね」


「クラブ紹介で感動しました。卓球部にこの身を捧げますって剣道部、蹴ろうかな?」


「それって有りなの?」


「わかんねぇ」


そういいながら背中を丸めて、折り畳んだ両脚に腕を回し、首をかしげる。


剣道着姿の稲本は楽に想像できるが、卓球のユニホームを着て、ラケットを振る稲本は想像できない。だからって、こればかりは本人次第だし、止める権利はわたしに発生しない。


「頑張れ」


それだけ言って体育館の舞台へと顔を向ける。


「真菜……止めろよ。似合わないとか言えねえの?」


首を傾げたままこちらに目を向けていたが、思い切り無視してやった。


「俺なりに昔から剣道を頑張って来たけど、他人から見れば、そんなもん?」


「うん。そんなもんよ」


「マジへこむ」


それから、直ぐにクラブ紹介の始まりのアナウンスが響いて、稲本との話が途切れた。



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