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冷血!殻手塾!  作者: ほかほか


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1/1

ーー


 人間は身体を破壊することを目的とし、格闘術を高めてきた。しかし、こと殻手においてはその限りではない。殻手とは、人間の最終防壁つまり殻である心、そのものを破壊するために作られた人体破壊術なのだ。




 豪雨。その日、世界がまるで警告を発すように全ての台風がその町へと引き寄せられていた。それらで点を結び、重なる一点。それが、酷使流総本山殻手塾だ。




 そこへ街を行く中年男性の影。彼の名前は稲庭宇土33歳、大恋愛ののち半年前に破局し無事独身へ。あわや仏門へ下る直前、ふと天啓のように殻手塾への入塾を決めた。




 街に舞い込む風の全てが、彼の行く手を拒んでいた。向かい風は勿論のこと、飛んできた新聞が顔を覆うとありとあらゆる飛行体は彼の顔へと吸い込まれるように激突した。




 しかし、彼は歩みを止めない。なぜなら、彼の歩いている商店街が殻手塾への唯一の道であるから、真っ直ぐ行けば着くからだ。恐れることはない。いかなるものが、彼の行方を拒もうと彼が歩みを止めない限り拒むことなどできないからだ。




 その行方を拒むものは飛行体だけではなかった。数名の刺客が待ち構え、入塾者の心を文字通り打ち砕いていた。しかし、今日に限っては彼らのほとんどすらも飛行体によって打ち砕かれていた。




 だが、例外として釜揚有度無がいた。8尺には達しそうな巨体に膝まで伸びた長い腕、体重72kg。頭髪も髪を眉間から一筋垂直に刈り上げ、塾へと続く石段にて稲庭を審査するように睨みつけていた。




 その時、海底より双子怪獣ゴラとゾムが現れた。天まで轟く地響きに、真っ黒に染まった雲の中で暴れ回る雷すらも驚嘆した。双子怪獣の到着まで残り3時間。いずれこの街に上陸すれば、たとえ殻手といえひとたまりもない。




 稲庭は街を進む。こんな嵐だというのに、立ち食い蕎麦屋は営業していた。そういえば何も食べていなかったことを思い出した稲庭は、とりあえずということで店に入った。




 店内といっても、しっかり座って食べるような店構えではない。時間に余裕のない、というよりは時間を無駄にしない、そのうえ味にうるさい人間が集まるそんな店であった。




 「大将、かけ」




 稲庭はそう言っておけばなんだか通っぽくてかっこいいと思ったのでそう言った。彼はこれまで座敷でしかそばを食べたことはない。




 「お客さん、うちはコロッケ乗せそば専門店だよ」




 稲庭は恥ずかしくなかった。正確にいえば、恥ずかしくなかったわけではない。だが、恥ずかしいと思うこと自体が殻手を志す人間として恥ずかしいと思ったので、恥ずかしいと思わないようにしたのだ。




「コロッケ乗せそばで」




 稲庭は冷静を装って言った。




「冷たいのあったかいのどっち」




 大将も当たり前だ、とでもいうような涼しい顔で言った。大将のそばを湯掻く手が、確かな殻手家の卵の覚悟を受け汗ばんでいたことは言うまでもない。




「あったかいの」




 そう言うと、稲庭は店内を眺めた。




 立ち食い蕎麦屋ならではのスマートなカウンター。嵐が街をめちゃくちゃにしているのに反して、暖色の電球が店内を照らしラジオからは演歌が流れていた。




 大将は、手際良く湯切りをするとあらかじめ温めておいた器に出汁を入れ、そばを冷水で締めた。そこで大将は過ちに気づく。そう、そばを冷水で締めてしまったのだ。店のポリシーとして、あったかいそばを作る時は決して締めない。出汁の温度が少しだけ冷めてしまうからだ。大将は、稲庭が店内と外を眺めてることを確認すると、一度出汁を壺へ戻しコロッケの調理へと移った。出来合いのコロッケを奥の冷蔵庫から取り出す。このコロッケはただのコロッケではない。あれは半日前のこと。




 明日、嵐がこの街を直撃すると言うことで商店街は一際賑わっていた。明日の嵐であるから、今日のうちに食料だのを備蓄しようとする人が押し寄せていたのだ。そのなかには、大将もいた。いつもならば朝市などで天ぷらの具などを仕入れるが、翌朝には嵐が来て朝市はやらないだろうと見込んでいたのだ。だが、しゅうぎょうごに訪れたこともあってか鮮魚の類は往々にして売り切れ、残されたのは出来合いの半額コロッケのみであった。普段はポリシーとして、コロッケなどの揚げ物は天ぷらを除いて乗せない大将であるが、材料がないのなら仕方ない、そう思った。




 そう、ここまで来れば賢い読者の諸君は気づくであろう。大将は決して、立ち食い蕎麦屋に慣れていない稲庭を咎めるためにかけを断ったのではない。むしろ、この嵐の中にわざわざ来てくれた稲庭に対し、気遣いの心を負わせずにコロッケ乗せそばを提供しようとする真心さえ持っていたのだ。さらに、続いて賢い読者の諸君は気づくであろう。双子怪獣は、あと2時間59分とせずにこの街へ襲来する。




 大将は冷蔵庫から、半額のコロッケを取り出した。木目が印刷された発泡スチロールには、ラップが巻かれ明日までの消費期限が印字が貼られている。一度締めてしまったそばをいかにして温めるのか、そこに大将の腕が試される。




 ここで、大将は思わぬ賭けに出た。取り出したコロッケを別の器に移し割ると、中身を取り出しはじめたのだ。そして、締めて冷め切ったそばをそのなかに入れ替えると、ラップをかけ電子レンジにかけた。そうはいっても、電子レンジはフラットだ。ハンガーのように引っかかる場所などほとんどない。そのまま器ごと床に落ちる寸前で大将は受け止め、無事電子レンジにかけた。




 電子レンジの中でだんだんと温まるコロッケ。一度茹で、のちに締められたそばもコロッケに封印してしまえば、その水分が失われることなく温められる。その技を大将は学んでいたのだ。もうそろそろ、温目も終わるという頃。大将は気付いた。この電子レンジが、温めを終えた時それを告げる音が鳴る。この終焉の音色を稲庭が聞いたのなら、出来合いを乗せたことがバレる。




 大将は焦らなかった。長年の経験、蕎麦打ちがそれらを静止し、残り1秒を残し半額コロッケとじそばを取り出すことを可能にしたのだ。あらかじめ温めた器に出汁を入れるとすかさずコロッケを乗せ出した。そば注文より約3分、圧巻の早さである。




 大将より出されたそばに、稲庭は理解が及ばなかった。清潔感のある白の器に出汁が、そしてその中にコロッケが浮いている。自分はそばをしかも、コロッケが乗ったものを注文したはずだ。しかし出てきたのは、出汁浮きコロッケだ。大将の顔を伺っても、完璧さに満足したようなささなかな笑みを浮かべ、食器を洗いはじめた。初めての立ち食い蕎麦屋。いくら覚悟を決め、この街にやって来た稲庭てさえこれほどまでの未知が広がっているとは夢にも思わなかった。




 信頼。初めて入った立ち食い蕎麦屋に全てを任せ、稲庭は箸を手に取りコロッケへと伸ばした。




 そして、両手で器を掴むと出汁を一口した。うまかった。出汁は馴染み深い味で、そ の事実が何より嬉しかった。しばらくその喜びを噛み締め、逃避していると唇に刺々しい衣が当たった。2度目の対面稲庭は箸をコロッケへ向けた。




 東京から5000km。海中には双子怪獣が抱き合った状態で体をスクリューのように回転させながら進んでいた。その後方上空を飛ぶB-52が、双子怪獣を爆撃するために追従していた。




 箸でコロッケを割ると、中には具とともにそばが詰められていた。稲庭は困惑していた。立ち食い蕎麦屋はどこもこうなのだろうかと。そんなことを大将に聞くわけにもいかないため、とりあえず一口含んだ。不思議な食感であった。出汁を吸った柔らかな衣を過ぎると、硬めに茹でられたそば、砕かれたじゃがいも三重奏が出迎える。




 三重奏といったのは、あくまで味が三つあるということであり、端的にいえば渋滞していた。しかし、こういうものだと思い込むことにしたし、だからといって不味いわけでもなかったのだ。何をするでもないので、例に倣って全てを食べるとお代を出して店を出た。

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