「いけずやわあ」
「いけずやわあ」
「いやあ、遠路はるばるいらっしゃった方もいるそうで。こんな落語家の一端のお話、大した話ァできませんが、一つ聞いていただければと思いやす。アタシァ、もう五十になる噺家ですけども、近頃元気がなくなってですね、ええ、下ネタかと思うでしょう? 下ネタなんですよ予想通りね。そうです、そうです、女抱いてないせいですかね。アタシァ、こんな禿頭ですけども昔はモテていたんです。今から話すのはですね、そんな色男の噺でございます」
アタシは、ぱーっと客席を一瞥くれて、男、女、ジジイ、ババア、色んな人来てんなあ、と思います。とんでもねえや、こんなクソハゲ噺家にそんな興味があるかい、いいだろう、アタシ自身がそうでもなくてもね、噺はアタシが考えたもんじゃありませんから、結構面白い噺もありますとも。聞いてくださいな。
「アタシみたいな、もう五十の男になって来るとですね、まーーあ、若い女にはそそられんわけですわ。それよりかはね、もっと年の肥えた女を好むようになります。そりゃあ、五十のアタシよりも年上ッたら、かなりの年増になりますけども、女はいつまでも女らしい色気を備えてるもんです。いつまでも別嬪ってことじゃあありません。どんな女も、抱きたくなるような色気がいつまでもあるっちゅうことですわ」
あれま。今日は若い女の人が多いじゃあねえか。そりゃあウケん。コイツァ、早いこと噺に移った方が良さそうだな。しっかし、そこのお前さん。客席のいっちゃん前に座ってるババア、てめえだ。いやいや、親しみ込めてんだよ。別に悪口で言ったわけじゃねえさ。アタシもクソジジイだしな。にしても、あんた笑ってるなあ。そりゃあそうさ。アタシだってお前さんみたいな女抱けるからね、笑ってくださいな。頑張って話しやす。
「そんな色気持ってる男がですね、肩切って街を歩くわけです」
さあ、噺の始まりさ。聞いてくんなすって。面白い色男の噺。
「『あんた、いい男だね。どうだい。私は』そう言ってですね、商店のおかみに色男は話しかけられるわけですな。『いやいや』と男は答えますが、しっかりと褒められて嬉しいとこもあるわけです。しかし色男、もう惚れられるなんて当たり前ですから、軽くあしらおうとするわけですな」
「『いけずやわあ』とおかみが言ってですね、おや? と男は思うわけです。男も女遊びをしていますから、遊女、つまりは風俗嬢ですね、そういう遊びもしているわけです。いけずなんて言われたことないんですよ。色男ですから、別嬪の遊女も惚れ込ませて、必死にさせちゃうんです。そんな色男は「いけず」なんて言われねェ」
まだ若い女の人は微笑くらいだな。しかし待ってろ。見てろよーー。
「『まあ、ちょいとだけなら』と男が答え、結局一夜を共にしちまうわけです。しかしですね、男は一夜限り。おかみは執着するんですわ。男はその気配をおかみから感じ取ると、早めにこのおかみとは離れようと考えるんですね。んでも、ここで一個問題が起こっちまうんです……」
微笑の女の人が、ぐっとアタシに背を伸ばした。よしよし、興味を惹いたぞ。
「なんと、財布を忘れちまったようで。もう寄り付かねえと思っていた商店にですね、おかみがいないときを見計らって、回収しにいくわけです」
ああ……と若い女の人が口の形を変えた。そうだろう。面白いだろ? 落語は。最初はアタシ自身が苦手かもしれんが、アタシから出る噺は面白いんだぜ。
「『ちょっと、お前さん誰だい』と、色男が問われます。おかみの主人でした。流石に主人にバレちゃいけません。あんたの妻と一夜寝させてもらいましたァ! なんて言っちまったら、色男から色が抜けるまで殴られちまうでしょう」
「『いやあ、ほら、あっちに面白い見せ物がありますよ』と男は、主人の気を逸らそうとしますが、『そんなのねえよ』と返されるばかりです。『ほうら、あっちに美味そうな魚が』『そんなのねえよ』『ほうら、あっちになんか、いいものが』『なんだよいいものって』『あ! UFO!』『なんだいそれ』」
「色男はハラハラですね。しかし主人が『財布も拾っちまったし』と呟くと、『そう! それ! それを忘れていたんです』と男が答えます。『ええ? 本当かい?』『本当です』『だから変なこと言ってたのかい』『疑うわけじゃありませんが、盗んでいないか心配だったんです』『俺は江戸っ子だぜ。そんな変な真似はしねえさ』」
面白えなあ。アタシは自分でも思う。自分の芸を信じてたら、こんなに人が来てくれた。こんなにありがたいことはねえ。いつの間にか、みんな笑ってらあ。客席全部がクスクスゲラゲラ笑ってる。ありがてえなあ。背を上げて笑う者、口を手で覆って笑う者、手を叩いて笑う者。暗い公演場の中で、こんなにもあったけえ。
「『いやあ、ありがとうございます』と男が答えると、主人は『はん、俺を盗人にしようなんて、いけずな野郎だぜ』と言いました。ははん、主人の口癖が移っていただけで、俺が抱いたおかみの最初の言葉も、なあんだ偽もんかい、と色男は思ったそうです。[付き馬]という噺です。どうもありがとうございやした」
落語の[付き馬]という噺を使わせてもらいました。本当の落語家さんは、こんな語り方ではありませんので、実際に聞いてただければと思います。




