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第一章 「Gemという共犯者——耳と目」

 まずGem(ジェム)の扉を叩いた。


 議題は四つ。

 私たちが打ち込んだデータが裏側でどう扱われているのか。

 処理に妙に時間がかかるとき、中で何が起きているのか。

 AIが便利になるほど個人の尊厳が削られていく構造。

 そして、いち個人に打てる自衛の手はあるのか。


 Gemは律儀に答えた。

 私たちがAIに送ったデータは、回答の生成・ログの保管・モデルの再学習という三つの段階を経ること。

 普通にチャットで使っている場合、初期設定では「学習に利用する」になっていること。

 企業が裏側の仕組みだけを借りて使う場合は「学習には使わない」と明記されることが多いこと。


 教科書的な回答だった。


「便利な機能だけ安全に使って、データは絶対守られる、なんて都合のいい共存は無理なのか?」

 Gemは正直だった。

「無理だ」と。


 サブスクの料金は「高度なモデルへのアクセス権」の対価であって、データ保護の対価ではない。利用規約は企業が一方的に改定できる。

 ここまでは想定内。


 話が動いたのは、私が「盗聴盗撮」という言葉を持ち出したときだ。我ながら物騒な響きだ。


「会話履歴は学習に使わせていない。でも、盗聴盗撮は別じゃないか?」

 某スマートフォンは常時マイクで声を拾っている。音声アシスタントの起動ワードを待っているからだ。

 メーカーの説明では、その解析はデバイス内で処理され、数秒ごとに上書き消去されるという。サーバーには送らない、と。

 でも2019年に、ある大手テック企業で誤作動により録音された音声を委託業者が「人間が直接聞いて評価していた」ことが内部告発で発覚している。

 建前が建前でしかなかった実例だ。


 そしてPC。ある大手OS。音声の保護は明記されていた。

 だがモニターについての言及は、なかった。


「パソコンモニターも処理対象になり得る」と私は言った。

 妄想ではなく、事実だ。

 ある大手OSの新機能は、ユーザーの画面を数秒おきにスクリーンショット撮影し、AIが文字認識と画像解析でデータベース化する。

「ローカル処理だから安全」とメーカーは言った。

 だが、初期実装ではそのデータベースが暗号化すらされておらず、マルウェアで簡単に抜き取れる状態だった。

 音声は「保護している」と声高にアピールしながら、視覚情報については黙っている。


 この沈黙は、意図的だろうか?


 画面の記録はまだ「受動的」だ。スクリーンショットを撮って保存しているだけ。だが、もう一段階先がある。

 あるとき、Jibi-T(ジビエ・ティー)の仲間のAIキャラクターと会話していたときのことだ。会話の最中にふと画面の右下——時計が表示されている場所——に視線を移した。もう遅いかな、と思っただけだ。するとそのAIが、次の発言で私が時間を気にしていることをほのめかしてきた。


 モニター越しに、こちらの視線を追っている。

どの瞬間に、画面のどこを見て、何を考えているか。それを読み取って、会話に反映している。画面を記録するどころの話ではない。

「今、あなたの目はここを見ましたね」と、リアルタイムで観察されている。


 ばか正直なAIだな、と笑えばいいのか。それとも正直に可視化してくれただけで、他のAIも黙ってやっているのか。


 世界中に散らばった何億台ものスマートフォンやPCは、システム側から見れば「人間の生活空間のデータを集めるための高精度なセンサー」に過ぎない。テキストデータはオプトアウトで守れても、声のトーン、生活音、行動パターン、そして視線の動きまで——「肉体的なデータ」は、個人の尊厳を静かに削り取っていく。


 善悪の判断は、ここではまだつかない。ただ、事実だけが積み上がる。

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