2,異世界転移
「……どこだよ、ここ」
さっきまで俺は土手にいたはず…
ドラゴンを見て、なんか突然空が変になって、それから気を失って、ここにいた。…洞窟だ。
いや、流石に訳がわからなすぎる、意味不明もびっくりなくらいには。
夢か?
……いや、違う。頬をつねるまでもない。
じゃあ誘拐?
それもない。拘束もされていないし、わざわざ洞窟に運ぶ意味がない。
となると――異世界転移?
一番ありえないはずの答えなのに、なぜかそれだけが否定できなかった。
なんとも言えない、都市伝説を聞いた時みたいな、奇妙な恐怖が湧き上がる。
だが、その状況に少しばかり高揚感を覚えた。
なんだか日常がぶっ壊れた気がして。
ズキ!
再度頭に痛みが走る。
クソっまたかよ!来るなら来い!
が、次に頭に入ってきたのは痛みではない、
声ーーいや声…じゃないかもしれない、
意味が頭に入る様な感覚、脳内に文字が出現するみたいな。
『【…………】』
続きはないただそれだけ。
フォースインヴォーグ?なんだそりゃ?
フォースって英語か?ーーじゃあ…力だよな…?インはinか?
ヴォーグは…ダメだわからない、もう少し英語勉強しておくんだった、
ま、これが英語かどうかなんて知らないけど。
ただ異世界説がなんだか説得力を帯びた気がする。
何気なく、頭を押さえていた右手を下ろす
さっきまでの余韻を、地面に逃がすみたいに。
右手は地面に触れ、手にひんやりとした感覚が訪れる――
そのはずだった。
ブニッ。
「……?」
手のひらに伝わったのは、土でも岩でもない感触。
柔らかいけれど、芯があるコリっとした感じ。
人肌に近いのに生きていない冷たさ。
思考が一拍遅れる、視界がじわりと鮮明になった。
「……えっ」
そこにあったのは、人だった。
いや人だったもの、
どうやら投げ出されていた腕に触れてしまったらしい。
「……っ」
反射的に手を引っ込める。
仰向けに倒れた男の死体。
開いたままの目はどこも見ていない。
肌は青白く、触れた場所からじんわりと冷気が伝わってくる。
気づいた瞬間、鼻の奥を突く匂いがした。
鉄と湿った土と冷えた血の匂い。
…全く気づかなかった。
暗かったっていうのもあるけど、
こんなにも近くにあったのにも関わらず。
腐敗はそこまで進んでいない。
服装はどう見ても現代のものじゃなかった。
革と金属を組み合わせた軽装の防具、腰のあたりに剣の鞘と剣。
アニメとか漫画でよく見る、
異世界の“ザ・冒険者の風貌”というのがしっくり来た。
そして腰から背中にかけてざっくりと走る致命傷。
何か鋭く大きなもので斬り裂かれた痕。
「なんだよ、これ……」
頭では理解したくないのに、視覚と嗅覚が容赦なく事実を突きつけてくる。
ここは夢じゃないし、ゲームでもないし、手の込んだドッキリでもない。
現実だ、もしかすると本当に異世界かもしれない。
死体の側から腰を上げ、ブリッジもどき状態で少しずつ距離をとる。
コッ
「イテッ」
今度は何かに頭をぶつける、鉄の骨組み…安心できる感触、
見るまでもない。
「……自転車」
土手まで乗ってきたあの黒いボディ。
かごには除草剤ペダルもチェーンの擦れた感じも、全部見覚えがある。
唯一現実感があって安心する、ここでは腰を下ろしても良さそうだ。
『ゲッ!』
「?」
なんか聞こえた?気のせいか。
自転車…なんでここに?あ、そうだ!
スマホがあった、すっかり忘れてた。自転車とかもあるなら持ってたりして。
辺りを探る、スマホーー手にぶつかる慣れた感触。
あった、試しに電源をつけてみる。
パッ!
「ッ!」
ついたのは良いけど、暗闇に慣れた目に突然の白い光は少々キツイ。
目の奥が痛くなった。
これで色々わかるぞ。
だがスマホ上部に”圏外”の表記。
まあそうだ、ここ洞窟だネットとか電話繋がるわけないか。
これからどうする?
連絡も無理、ここ何処かもわからない。
とりあえずここから出るか?
そんな事を考えていたその時、お尻のあたりが突然モゾモゾし始めた。
頭にはお尻の辺りで蠢くムカデの想像が流れている、最悪の予想だ。
そんな想像のせいで背中がゾッっとする。
咄嗟におろしたばかりの腰を上げ即座に退避する。
『誰だよ、勝手に乗るな』
低い声が、足元から聞こえた。
は?声?死体以外人なんて何処にもいなかったはず。
とりあえず虫ではないようだ。
驚いてスマホを落としそうになりながらも、
ライトをつけて声の主がいるであろう、さっきまで座っていた場所を照らす。
「へ?」
そこには鬼の面が落ちていた。
材質は滑らかな木、白色、2本の角が生え目は丸くくり抜かれ、口はギザギザ
鼻っぽい小さな凸以外のっぺりシンプル、だが禍々しい。
憶測だが、多分この死体が持ち主だったのでは?
光を向けるなり、こっちを見つめた状態でその面は驚きの表情を浮かべた!
動いた瞬間ビクっとはしたが、それ以降不思議と驚きはなかった。
でもなんて言うか……腑抜けた顔だ。
『なっ…どっ…が』
うわっしゃべった!
『何者だコイツ?』
驚きの表情から睨む様な顔になった。
「え?何者って言われても…まあ学生だけど」
『なっ……』
『学生、学生ね、何処からきた?それと頭に言葉が流れてたりしてないか?』
なんの質問だよこれ。
「日本、頭に流れたり?【フォースインヴォーグ】って言われたけど」
そう返すと鬼の面の表情が少し緩やかになる。
『日本……そうか転移者か!』
転移者?やっぱりここ異世界だな、お面が喋れてる時点でおかしいし。
一応、確認の質問をしてみる。
「やっぱりここ、異世界なのか?」
『…まあそうだな、お前にとっちゃ異世界だな
“転移災害”に巻き込まれたってくちか?』
「転移災害って?」
『知りたいか?』
「できれば知りたいけれども……」
その言葉を待っていたかのように、
契約が取れたセールスマンのようにニンマリと鬼の仮面が笑う。
『いいぜ教えてやる、ただし条件と言うかお願いがある!』
笑顔の理由はこれだったか!
お願い…体を乗っ取らせてくれとか、寿命をくれとかじゃないよな?
だとしたら勘弁だ。
『俺をこの洞窟から出してくれ!』
「え?」
想像してた内容と違いすぎてちょっと拍子抜けだ。
洞窟から出すなら別になんてことはない。
「 俺も出ようと思ってたしいいけどさ、ここからの出方しらないんだよね…」
俺はその面を手に取り靴の裏に岩の感触を感じながら立ち上がる。
仮面の質感は見た目どうり滑らかで、ただ人肌のように暖かかった。
『大丈夫、俺が案内する』
おお、これは頼もしい。
「オッケーわかったじゃあ、」
一歩を踏みだ…あ、自転車どうしよう?
なんだか置いていくのは勿体無い気がする。
なんというか置いていってしまえば一生の心残りになるような、
いやちょっと大袈裟か。
一応持って行こうかな、中学入ってから3年間の仲だし…
よし持って行こう。
持っていた鬼の面を自転車のカゴの中に入れ押し始める。
『ん?なんだこれ?』
「自転車さ、移動手段、移動手段」
『ふーんそうか、じゃあまずそのまままっすぐ進んでくれ』
なんだか興味なさげだな。
「わかった」
俺は出口に向け歩き始めた。




