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<EP_004>

翌日、起こしにきた兵士に連れられて大広間に行くとロムルス王とドルトン、そして、六人の異形の者たちがいた。

ドルトンが進み出て、哲也にマントとブーツを差し出す。

「テツヤ様。ご依頼の『不可視のマント』と『音無しのブーツ』、魔王城の構造図です」

「ああ、ありがとよ。で、コイツらは?」

テツヤは横に立っている異形の者たちを指差す。

「ああ?兄ちゃん、何だ?俺のことか?よほど命がいらねぇみてぇだな」

「ヒャッハー!こんな弱っちそうなヤツより殺しがいのあるヤツらがいるんだろ?さっさと連れていけよ」

「はやく連れていけよ。殺したくて堪らねぇんだ!」

哲也の態度に異形の者たちが声を挙げる。

「彼らは昨日の夜に辿り着いた『勇者』ですよ。今から、魔王城の城門前に飛ばすゲートを開きます。正面攻撃は彼らがしてくれますよ」

ドルトンはそう答えた。

(コイツらが『勇者』ねぇ…俺には重度のマナ中毒な殺人狂にしか見えねぇよ…)

哲也は見えないようにそっとため息をついた。

ドルトンの言葉が終わるとロムルス王が立ち上がり大仰に手を広げる。

「よくぞ集まってくれた救国の勇者諸君。この世界は魔王サートゥスの手により暗黒に覆われようとしておる。このままではいずれ世界の全てが暗黒に覆い尽くされるであろう。勇者よ、サートゥスを倒し、世界を救ってくれ」

ロムルス王の言葉にドルトンが呪文を唱えると大広間にゲートが現れる。

「さあ、行け!勇者諸君!」

ロムルス王がゲートを指差すと六人の異形の勇者が入っていき、最後に哲也がくぐっていった。


ゲートを出ると、そこには禍々しい雰囲気を放つ城がそびえ立っていた。

先にくぐった六人はキョロキョロと周りを見ている。

「敵は?敵はどこだ?」

「あの城の中にいるんだろ」

哲也が城門を指差すと異形の者たちは先を争うように城門へ駆け出していった。

「ヒャッハー!汚物は消毒だぁぁ!!」

「殺せ、殺せぇぇぇ!ヒャッハー!!」

門にとりついた一人が手にした大槌を振るうと轟音とともに城門が破壊される。

(ヒューッ、スゲェな)

あまりの威力に哲也は思わず口を鳴らし、感心してしまう。

そのまま異形の勇者たちは城の中へとなだれ込み、たちまち城内から戦いの音が響いてきた。

(さて、俺も仕事をしますかね)

哲也は持っていたマントとブーツを身につけると、戦いの喧騒が渦巻く城へと入っていった。


哲也は、マントでその姿を隠し、音を立てないブーツで迷宮化した魔王城の廊下を進んだ。喧騒が城門から響いてくる。異形の勇者たちが、正面で魔王軍を引き付けているのは明らかだった。

(なんだって、魔王様は城を迷宮にしたがるかね)

複雑な迷宮になっている城の構造に哲也は辟易してくる。

城門の戦いに気をとられているのか、哲也は近衛の魔族と鉢合わせることもなく魔王がいるとされる大広間へと進んでいった。

広間に入ると、外から聞こえてくる喧騒を気にもせず、退屈そうに玉座に肘をついて物憂げな表情で座っている魔王が見えた。

(あいつが魔王サートゥスか?)

確信は持てなかったが、玉座にいる偉そうな魔族ということで哲也は狙いを定め、音もなく近づき剣の射程内に踏み込むと剣を引き抜いた。

(叩き斬れ!)

哲也が強い念を込めて剣を振るうと、剣の銀色の軌跡が光刃となりサートゥスに迫った。

しかし、光刃はサートゥスの直前に何かに弾かれたように粉々になり、サートゥスは無傷であった。

サートゥスは楽しそうな笑みを浮かべると、マントで見えないはずの哲也に正確に視線を向けた。

「隠れることはないぞ、勇者よ。よくぞ、余の元に辿り着いた」

サートゥスは重々しく威厳に満ちた声で哲也に話しかけてくる。

(ちっ、バレてるんじゃ仕方ねぇ)

哲也は渋々マントを脱ぎ、左手に杖を持つ。

哲也の姿を見たサートゥスは驚いたような顔をみた。

「ほぉ、余の元に辿り着いたから、どれほどの剛の者かと思えば、なんとも可愛らしい勇者ではないか」

「うるせぇよ!」

サートゥスのバカにしたような言葉に苛立ち、哲也は再び剣を振るう。

しかし、前回と同じ様に光刃はサートゥスを傷つける前に砕け散った。

「ふふ、それが全力ではあるまい?」

サートゥスが哲也に右手を広げて突き出すと、手からは真っ黒な火球が飛び出してくる。

哲也は左手の杖を突き出すと、その火球は杖に吸い取られ消えた。

(くっ、さすが魔王だな。一発でこれかよ)

火球を吸い取った瞬間、哲也の身体には黒い衝動が湧き上がり、全身を巨大なヘビが這いずり回る不快感が襲ってくる。

「ふはは、そうでなくてはな」

愉快そうに笑いながらサートゥスは立て続けに黒い火球を放ってきた。

哲也は転がりながら避け、当たりそうになった一発を吸収していく。

(くそっ、これが限界だ)

身体の異変に耐えられないと思った哲也は左手の杖をサートゥスに向かって突き出す。

魔力破(マナ・ブラスト)!」

杖から放たれた光弾はサートゥスに命中するが、その顔にわずかな傷を作っただけだった。

「やるではないか、勇者よ。それでこそだ」

傷を付けられたことが楽しいのか、さらに笑みを浮かべながらサートゥスは黒い火球を放ち続ける。再び、哲也は避け続けることになった。

「どうされました、サートゥス様。ややっ、貴様は!」

大広間からの音に気づいたのだろう。数名の魔族が大広間に入ってくる。

魔族は哲也の存在に気づくと襲いかかろうとするが、それをサートゥスが止めた。

「止めろ!」

「し、しかし、サートゥス様……」

サートゥスに止められ魔族は困惑の顔を浮かべる。

「彼は勇者だ。たった一人で余に立ち向かおうとする本物の勇者だ。ならば、余も一人で戦わなければ無礼というものであろう?」

サートゥスは大仰に両手を広げながら魔族に向かって言った。

「しかしながら……」

「くどいっ!」

なおも反論しようとする魔族に向かってサートゥスは鋭い語気で言い放つ。

サートゥスの言葉に魔族は竦み上がってしまった。

「それに、貴様たちは余がこのような者に敗れると思っているのか?」

「いえ、そんなことは…」

「ならば、とっとと去れ。城門の勇者たちを蹴散らしてこい」

「はっ!」

そう言うと魔族たちは大広間を去っていった。

「さて、勇者よ。つまらぬ邪魔はもう入らんぞ。余と戦おうではないか!」

魔族とのやりとりを絶望の目で見ていた哲也に向き直り、サートゥスは両手に黒い火球を生み出しながら楽しそうに言った。

哲也にはそれが死刑宣告に聞こえた。


サートゥスの放った二つの黒い火球を哲也は杖を掲げて吸収する。

「うぐっ」

その瞬間、吐きそうなほどの激痛と不快感が全身を駆け巡った。

「ふむ。その杖がある限り、魔力による攻撃は効かんか…ならばっ!」

サートゥスが手に魔力を集めると魔力は黒い光の剣となった。

「さぁ、いざ、勝負!」

その剣を構え斬り掛かってくる。

(やべぇっ)

哲也が身体を捻ってその斬撃を紙一重で避けられたのは奇跡としか言えなかった。

身体の脇を駆け抜けた剣圧だけで吹き飛ばされそうなほどの威力だった。

そのままサートゥスは横薙ぎに剣を振るう。

哲也はなんとか右手の剣で受け止めるが、衝撃は受け止めきれずにそのまま吹き飛ばされ壁に激突する。

サートゥスの火球を吸い込んでいなければ絶命していただろう。

見ると、先程のサートゥスの攻撃と壁に激突した衝撃で剣は半ばから折れていた。

(クソッ、このままじゃ、どうにもなんねぇ……)

哲也を絶望が支配していく。

「ハハハ、どうした、勇者よ!肉弾戦は苦手か?」

勝ち誇ったかのように笑うサートゥスの顔が途轍もなく憎らしかった。

(チクショウ…こうなったら……)

哲也は最後の力を振り絞り、立ち上がると両手で杖をしっかりと握りしめた。

(杖よ……この世界のありったけのマナを吸収しやがれ!)

哲也が念じると杖の先が光り輝き、マナを吸い込み始めた。

(うがぁぁぁぁっ)

急激に蓄積されるマナに哲也の身体が悲鳴を挙げる。

哲也の様子がおかしいことに気づいたサートゥスは哲也に近づくと再び剣を振るう。

しかし、哲也の周りに張られたマナの障壁によって、その攻撃はいとも簡単に弾かれた。

急激に蓄積されていくマナに哲也の身体は侵食され、肌は黒く変色し、身体のあちこちから鋭い突起が生え服を破っていく。頭からは角が生えヘルメットを突き破り、口からは長い牙が生え、背中には黒い翼のようなものまで生えてきた。

その姿はまるで悪魔そのものだった。

「ば、化物め……」

哲也の変わり果てた姿にサートゥスの顔に恐怖が浮かんでいた。

「だがっ…余は魔王サートゥスなり!」

サートゥスは自らを奮い立たせ手の中の黒光の剣へと魔力を集中させて強化すると、哲也へと斬り掛かっていった。


その頃、哲也は暗い世界を落ちていく感覚を味わっていた。

何も聞こえない、何も見えない。

ただ、暗闇の中に身体が沈んでいく感覚だけが身体を支配していた。

その中に今までのことが走馬灯のように駆け巡っていた。

両親、友達、防衛隊の仲間、ムカつく上官、借金取り、玄道、ドルトン……

様々な顔が思い浮かんでくる。

(チクショウ…なんで、こんなに苦しい思いをしなきゃなんねぇ…なんで、こんなに痛い思いをしなきゃなんねぇ…なんで、俺が…なんで俺だけが苦しまなきゃなんねぇんだよ……)

そんな思いだけがひたすらに浮かんできた。

哲也が薄っすらと目を開けると、そこには必死の形相で自分に斬りかかろうとするサートゥスの姿が目に入ってきた。

サートゥスは哲也のマナの障壁を破ろうと必死になって何度も剣を打ち付けてくるが、むなしく弾かれていく。

「こんな、こんなことがあってたまるか。魔王サートゥスが手も足も出ないなんていうことがあってたまるかぁぁぁ」

サートゥスの叫びも虚しく剣は弾かれ続けた。

(全部…全部、テメェのせいかぁぁぁぁ!!)

哲也は吼えた。全ての恨みを乗せ、サートゥスに向かって杖を突き出しマナを解放していく。

杖から放たれた光弾は剣を振るっていたサートゥスの胴体を射抜き、大穴を開けると、城の壁を全て貫き虚空へと飛び出していった。

全てのマナを放出し終わると、高出力の放出に耐えられなかった杖は粉々に砕け散った。

それと同時に哲也の身体は普段の人間へと戻っていた。

胴体に大穴を開けられたサートゥスはニィッと笑うと剣を振り上げ、そのまま後ろへ倒れていった。

「やったよな?」

倒れて動かなくなったサートゥスを見ると哲也も床に倒れ込んだ。

「サートゥス様!」

大広間の異変を感じ取ったのであろう、魔族の一人が大広間に駆け込んできた。

大広間の惨場とサートゥスの死体を見て魔族は全てを察したようだった。

まだ息のある哲也に対して魔族は声をかけてくる。

「サートゥスを倒したか。見事だ、勇者よ。礼を言うぞ」

「あ?どういうことだよ?」

息も絶え絶えに哲也が魔族に尋ねる。

「元々、我ら魔族は徒党を組むことを嫌う。サートゥスの強力な力に従っていただけだ。サートゥス亡き後、我らが徒党を組む必要は無くなった。これからは、我ら本来の自由な生き方に戻ることにする。我らの生き方を取り戻してくれた勇者に礼を言おう」

「ありがとよ。ついでにと言っちゃなんだが、サミュナス城まで送っていって貰えると助かるんだがな」

「わかった。サミュナス王には終戦を伝えねばならぬからな。その願いは聞き届けよう」

「じゃ、頼むぜ」

そう言うと哲也は気を失った。


目覚めると哲也はサミュナス城の豪華な寝台にいた。

身体を起こすと全身が筋肉痛で痛かった。

痛い身体を引きずりながらドアを開け、兵士に声を掛けると、部屋に豪華な食事が運ばれてきた。

食事にむしゃぶりついていると、ドルトンが入ってきた。

「テツヤ様。今回はありがとうございました」

ドルトンは恭しく頭を下げる。

「おう、爺さん。報酬は?」

哲也は片手で骨付き肉を持ちながらドルトンへ手を出す。

「これが、お望みの『マナ放出の杖・改』でございます。マナの吸収・放出は今まで通りで、テツヤ様の身体に蓄積されるマナは半分となるように改造しておきました。また、今回の戦いで折れた『マナの剣(強)』も修復しておきました。お納め下さい」

そう言って、真新しい杖と剣をテーブルに置いた。

「ありがとよ」

テーブルに置かれた杖と剣を満足そうに眺めながら哲也は食事を続けていった。

「テツヤ様。お食事が終わりましたら、ロムルス王が今回の謝辞を述べたいと申されておりますので、給仕にお申し付け下さい」

「わかったよ。ああ、そういや、俺と一緒に突っ込んだヤツらってどうなったんだ?」

部屋を去ろうとしたドルトンに何気なく聞いた。

「あの者たちは全員が戦死したと聞いております」

「そうか……」

今回の戦いの立役者である彼らの戦死を聞き、哲也の心は少し痛んだ。

(まぁ、戦って死ねたのなら、ヤツらの本望だろうしな)

そんなことを考えながら彼らの死を悼んだ。

食事が終わり、綺麗に縫われた迷彩服に身を包み、穴の空いたヘルメットを被って両腰に剣と杖を差す。

城に置いておいたリュックを背負って帰り支度を済ませるとドルトンが部屋に入ってきた。

「では、テツヤ様。ロムルス王がお待ちです」

そう言われ、大広間へと案内される。

大広間では鎧姿ではなく豪華なマントに身を包み王冠を被ったロムルス王が玉座に座っていた。

大広間には兵士の他にも仰々しく飾り立てた何人もの人間が集まっていた。

ドルトンに連れられた哲也が入ってくると、一斉に拍手と歓喜の声が揚がる。

哲也が玉座の前に立つとロムルス王は立ち上がる。

拍手と声が止まった。

「おお、勇者テツヤよ。良く魔王サートゥスを倒してくれた。そなたこそ真の勇者じゃ。そなたの名をロムルス・サミュナスの名において、この国に永遠に語り継ぐことを誓おう」

ロムルス王の言葉に哲也は顔をしかめた。

「サミュナス王。俺の名じゃなくて、アンタらの勝手な戦いに巻き込まれて死んでいった、俺の同胞たちを丁重に弔ってくれ。この国のホントの勇者はヤツらなんだぜ」

哲也の鋭い目と言葉にロムルス王は言葉を失ってしまう。

「う、うむ…わかった。お主の言葉は肝に命じておく」

ロムルス王の言葉に哲也は笑みを浮かべると振り向いてドルトンに声をかける。

「じゃ、爺さん、俺は戻るぜ。できれば地上にゲートを開けて貰いたいんだがな」

「わかった。では、行こうか」

そう言うとドルトンの後ろをついて哲也は大広間を後にした。

哲也の背中には盛大な拍手と賞賛の声が投げられ続けた。


「さて、爺さん。この後、ダンジョンは消えるのかい?」

この世界に来た最初の部屋に戻りゲートを開く準備をしているドルトンに哲也は声をかける。

「うん?ダンジョンは消さんよ。また勇者が必要になるかもしれんからな」

ドルトンはニヤリと笑って答えてくる。

「ちっ、教練場は残すってわけかい」

そんなドルトンを苦々しい顔で哲也は見つめた。

「じゃが、しばらくはこちらと繋ぐゲートは開かんつもりじゃよ」

「そうか……」

そんな会話をしている間にゲートが開く。

「ほれ、お主の希望通り、つくばのダンジョンゲートの脇に開いたぞい」

「ありがとよ。じゃあな、クソ爺」

そう言って哲也はゲートをくぐり魔晶都市へと戻っていった。


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