<EP_003>
(なんだこれ?)
突如として現れたゲートに哲也は訝しんでしまう。
この階には上に行く階段はあっても下に行く階段が無いことは確認済みだった。
(この中に入れってことなのかなぁ?)
他に行くあても無いことから哲也は石造りの壁に埋まっているマーブル色に光り輝くゲートをくぐっていった。
ゲートの先はダンジョンとは違う石造りの部屋となっており、ポツンとゲートが口を開き、廊下に通じているであろうのぞき窓の付いたドアがあるだけの小さな部屋だった。
(なんだここ?)
そう思いながらも哲也はドアに手をかけるが鍵がかかっておりドアは開かなかった。
(なんだよ。行き止まりかよ。ダンジョンに隠し階段でもあるんかな?)
そう思ってゲートへ引き返そうとした時、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
哲也が警戒していると、のぞき窓から男たちの目が見えた。
「おお、新しき勇者が生まれたぞ。ロムルス様に報告しなくては」
「俺はロムルス様に報告してくる。お前は丁重に勇者様をお連れしてくれ」
「わかった……でも、どうなんだ?今回の勇者はエラく弱そうだぞ……」
「ああそうだな。しかし、ゲートから現れたということは、教練場の試練を突破してきた猛者なのは間違いない。勇者様には違いないはずさ」
「わかった」
(弱そうで悪かったな)
男たちの会話が聞こえ哲也は不貞腐れる。
男の一人が駆け足で立ち去るとドアが開かれ、まるで中世の兵士のような鎧を着込んだ男が見えた。
「勇者様、ようこそ、サミュナス国へ。我が国を救って下さい」
そう言って男は恭しく哲也にお辞儀をした。
哲也がわけがわからないという顔をしていると男は「詳しいことはロムルス様からお聞き下さい」と言い哲也についてくるように促す。
男について行くと大広間に通され、大広間の奥には少し高くなった場所に豪華な彫刻が施された椅子に鎧を纏った中年の男が座っていた。
椅子に座った男の鎧は、哲也を連れてきた男よりも遥かに上等なものであることが一目でわかった。
連れてきた男は座ってる男の前に跪き、「ロムルス様。新しい勇者様をお連れいたしました」そう言って、背後に下がった。
その言葉を聞き、椅子に座った男は立ち上がり、大仰に手を広げる。
「おお、勇者よ。この世界は魔王サートゥスの手により暗黒に覆われようとしておる。このままではいずれ世界の全てが暗黒に覆い尽くされるであろう。勇者よ、サートゥスを倒し、世界を救ってくれ。さあ、行け!勇者よ!」
ロムルスが指差すと、背後にあった大扉が両脇の兵士によって開かれ、外の光りが大広間に入ってきた。
哲也は怪訝そうな顔のままその場に立ったまま動かなかった。
「ん?どうしたのだ?さぁ、行け、勇者よ!魔王サトゥースを倒してまいれ!」
動かないでいる哲也をロムルスは不思議そうに見つめ、再び大扉を指差す。
しかし、哲也はその場から動こうとしなかった。
その場に立ち尽くす哲也にロムルスは不思議そうな顔で哲也を見てくる。
「どうした?行かんのか?」
そんなロムルスを哲也は睨み返す。
「は?さっきから聞いてりゃわけのわかんねぇこと言いやがって。勇者?魔王?サートゥス?こんな、わけのわからない場所に連れてこられて『行け』とか言われて行けるわけねぇだろ!話を聞くまで俺は動かねぇからな!」
そう言うと哲也は膨れ面のまま腕を組みドカッと床に座り込む。
そんな哲也の態度にロムルスも周りの兵士も困惑の顔を浮かべてしまう。
ロムルスは兵士の一人に何かを言いつけると兵士は広間を去っていった。
兵士が帰ってくると、後ろには白髪の老人も入ってきた。
「ロムルス様。不思議な勇者が現れたとのことですが…」
「ああ、ドルトン。彼だ」
ロムルスは、不貞腐れた顔で腕を組み広間に座り込んだままの哲也を指す。
「ほほぉ、彼は今までの勇者とは違うようですな」
老人は哲也を見て、感想を漏らす。
「そうなのだ。わけがわからん。彼の処遇はお主に任せる。それで良いか?」
「かしこまりました」
そう言うとロムルスは広間から立ち去った。
老人は座ったままの哲也に近づいて話しかけてきた。
「勇者様。お名前は何と言いますかな?」
「あ?人に名前を聞くなら自分から名乗りやがれ!」
話しかけてくる老人に哲也は喧嘩腰で答えてしまう。
「失礼しました。私はドルトン・サーキュラーと申します」
哲也の言葉に老人は穏やかな顔で答えてくる。
「哲也だ」
哲也はぶっきらぼうに短く答える。
「テツヤ様でいらっしゃいますか。なんでも説明が欲しいとか。ここではなんですので、私の部屋で説明させていただきましょう。よろしいですかな?」
ドルトンは柔和な顔を崩さずに提案してくる。
他にどうしようもないことから、哲也はしぶしぶ立ち上がった。
ドルトンは哲也の顔に満足しながらも自分の部屋へと案内していった。
ドルトンに通された部屋はテーブルと椅子、周りには本棚が数個あるだけの殺風景な部屋だった。
ドルトンは哲也に座るように促し、哲也が座ると対面に自分も座った。
「さて、テツヤ様。説明が欲しいとのことでしたな。何からご説明しましょう?」
「だいたい、ここは何処なんだ?さっきからわけのわからないことばかり言いやがって」
落ち着き払って聞いてくるドルトンに苛立ちながら哲也は聞く。
「ここはサミュナス国の王都サミュナス城でございます。さきほど、あなた様がお会いになったのは現国王のロムルス王でございます」
「サミュナス国?聞いたことねぇな」
ドルトンの言葉に哲也は首を捻ってしまう。
「それはそうでしょう。ここはテツヤ様のいた世界とは違う世界ですからな」
ドルトンの言葉に哲也は目を丸くして言葉を失ってしまった。
「おい、爺さん。ここが異世界ってどういうことだよ。俺をからかってんのか?」
立ち直った哲也はわけがわからずドルトンに詰め寄ってしまう。
「驚くのも無理はありません。順を追ってご説明しましょう」
そう言ってドルトンは説明を始めた。
「テツヤ様。あなたがくぐってきたあの扉。あれは、あなたの世界では『ダンジョンゲート』と呼ばれているようですが、我々の世界、サミュナス国では『勇者召喚ゲート』と呼んでいます」
ドルトンは穏やかに語る。
「勇者召喚?ふざけたことを...」
「いいえ、事実です。あのダンジョン。あなた方の世界では『魔晶採掘場』として利用されているようですが、本来の目的は、魔王サートゥスを打ち倒す戦士、つまり『勇者』を生み出すための『教練場』なのです」
「教練場だと?なんでそんなもんをわざわざ……」
「魔王サートゥスは強大です。我々の力だけでは対抗できません。そこで、我々は魔王に対抗できる『勇者』が必要なのです。ですから、我々は異世界であるあなたの世界から召喚するシステムを作り上げました。それが『勇者召喚ゲート』、あなた方の言う『ダンジョン』です」
ドルトンはそう言うと、傍らにあった水晶玉をテーブルの中央に置いた。水晶玉は淡く輝き、哲也の身体をスキャンするかのように光を放つ。
「さて、テツヤ様。我々の世界の勇者システムでは、勇者の力を『ステータス』というもので把握します。失礼」
ドルトンが呪文を唱えると、水晶玉の上に、ホログラムのように青い文字が浮かび上がった。
氏名:テツヤ・アキヅキ
クラス:元防衛隊員
レベル:LV.10
腕力:E
体力:E
知力:F
敏捷:E
耐久:C
……
様々な数値が浮かび上がり、その表示を見た瞬間にドルトンは驚き、顔色を失った。
「おやおや、これは...。テツヤ様。よくもそんなレベルで、あの教練場の試練を突破できたものですな」
「なんだ、そのレベルってのは。俺はゲームの主人公かよ」
哲也は不貞腐れて青い文字を眺める。
ドルトンは戸惑いながらも、すぐに冷静さを取り戻した。
「テツヤ様、あのダンジョンでモンスターを倒すと手に入る『魔晶』、あれに蓄えられている『マナ』こそが、あなた方の世界でいう『経験値』なのです」
ドルトンは淡々と説明を続けていく。
「マナは、勇者となるための唯一の源です。モンスターを倒し、魔道具を使いこなし、マナを蓄積することで、レベルが上がり、腕力や体力などの身体能力が飛躍的に強化される。これこそが、魔王に対抗しうる『勇者』の育成システムなのです」
ドルトンは、悲痛な面持ちで続けた。
「しかし、この世界の住人はマナを蓄積することができません。ですから、魔王に対抗する勇者を育成するには、あなた方の世界の住人に頼るしかなかったのです。」
「エラく、勝手な話だな」
哲也の言葉にドルトンは鎮痛な顔をした。
「申し訳ありません。しかし、我々にはこうするしか魔王に対抗する手段が無かったのです」
「ま、話はわかったよ。あのダンジョンを踏破してマナ中毒になった人間は、最下層にあるゲートを通って、この世界にたどり着く。そして、あのロムルスって野郎に『魔王を倒せ』って言われておっぽり出されるってわけか。マナ中毒者は戦闘狂なのが常だからな。敵がいると言われれば喜んで突っ込んでいくだろうよ」
怒りと呆れがないまぜになった顔で哲也は言葉を吐き捨てた。
「その通りです。このシステムには致命的な欠陥がありました。マナを蓄積し、レベルが上がった人間は、例外なく精神を病み、暴力的になる。教練場を突破した勇者たちは、LV.80を超え、体はマナで満たされている。御存知の通り、彼らは戦うことしか考えられない戦闘狂になってしまいました」
哲也は、毒島玄道の異形な姿と、自身がダンジョンで感じた「死ねや、ボケェぇ!」という理性を超えた衝動を思い出し、背筋に冷たいものを感じた。
「召喚された勇者たちは、全員が戦闘狂となり、前線で尖兵として消耗し、魔王城に到達する前に数で押し潰されていきました」
ドルトンは、改めて哲也のステータス表示を指さした。
「しかし、あなたは違います。教練場を突破したにもかかわらず、レベルはLV.10。体内のマナは微量。そして何より、理性を保ち、説明を求められる。これは、我々が求めていた奇跡です」
「そんな…たまたまさ」
ドルトンに奇跡の勇者と言われ、哲也はこそばゆくなり謙遜してしまう。
「いえいえ、何かあるはずです」
ドルトンは、哲也のステータス画面へと目を走らせる。
装備品:右手/マナの剣(強) 左手/マナ放出の杖
ドルトンは目を細めた。
「なるほど。これが原因ですか……」
「なんだってんだい?」
一人で納得しているドルトンに哲也は苛立ってしまう。
「その杖...。テツヤ様、それは、勇者としては最低最悪の装備です。勇者の育成に必須なマナを自分から放出し、自らのレベルを下げる、呪いの装備なのです」
ドルトンは哲也の腰に差した杖を指して言葉を続ける。
「だが、その呪いこそが、あなたを狂気から救い、唯一の『理性を持った勇者』としたわけです。テツヤ様。我々は、あなたに過去の勇者が成し遂げられなかった任務を依頼したい」
ドルトンは、テーブルに身を乗り出した。その眼差しは真剣そのものだった。
「あなたに.正面からの戦闘ではない、魔王サートゥスの『暗殺』を依頼したい」
哲也は、その言葉を聞き、壮絶に舌打ちをした。
「ふざけんな。俺は重度のマナ中毒者の治療法を探しに来ただけだ。なんでそんなことしなきゃなんねぇんだよ。」
苛立ちのあまり、声を荒げ、ドルトンを怒鳴りつける。
「テツヤ様。お怒りはもっともです。しかし、我々の力はもう限界なのです。サートゥスを倒せるのはあなた様だけなのです。どうか、お願い致します」
ドルトンは机に頭をこすりつける勢いで頭を下げる。
「ふざけんな。俺にとっては、この世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇんだ。俺にこの世界のために命を賭ける義理なんてねぇんだよ!俺は帰らせて貰うぜ」
そう言うと、哲也は椅子を蹴るように立ち上がり部屋を出ていく。
そのまま、来た道を辿りながら、最初に異世界のゲートをくぐった部屋へと戻っていく。
部屋のドアを開けると、哲也の目の前でゲートが消えた。
「なっ!」
驚きのあまり立ち尽くす哲也に追いついてきたドルトンが部屋の前に立っていた。
その顔には先程までの好々爺然とした雰囲気はなく、いやらしい笑みが浮かんでいた。
「どうやって帰るおつもりですかな?」
ドルトンは笑みを消さずに哲也に語りかけてくる。
「テメェ!」
哲也はドルトンの胸ぐらを掴んで締め上げる。
「我々は異世界へのゲートを閉じることもできます。ゲートが閉じた今、どうやって帰るのですかな?我々があなたにゲートを開けるのはサートゥスの暗殺が済んだ後です」
胸ぐらを掴まれ苦しそうな顔をしながらもドルトンは哲也に冷たい目で言い放った。
「クソがっ!」
交渉の余地は無いと知り、哲也はドルトンを床に叩きつけるように手を離す。
「もちろん、報酬は出しましょう。あなたのその呪いの杖を、我々の技術で強化いたしましょう。あなたへのマナの蓄積を抑え、マナの吸収を効率的にする杖を差し上げます。あなたは地球に帰還し、マナ中毒者の治療法が手に入る。私たちはサートゥスを倒せる。ウィンウィンの関係でしょう?」
ドルトンは底意地の悪そうな笑みを浮かべ、哲也に話しかけてきた。
ドルトンの言葉は、冷徹な合理性に満ちていた。哲也はしばらく虚空を睨みつけた後、再び床に座り込み、天井を仰いだ。
(チッ、俺に選択肢はねぇってことかよ)
天井を睨みつけ、奥歯をギリギリと噛みしめる。
「わかったよ。その依頼、お受けいたしましょ」
哲也はドルトンを睨みつけながら、不貞腐れた声で、そう答えた。
「ありがとうございます。勇者テツヤ様」
仰々しく芝居がかった仕草で礼を言うドルトンは、以前の好々爺然とした笑みを浮かべていた。
「んじゃ、魔王様暗殺に関して、あんたらに用意して貰いたい物がある」
「なんでしょう?」
「俺は正面から突っ込む趣味はねぇ。一つ、身体を不可視にするマント。二つ、足音がしないブーツ。この二つを用意してくれ。用意できねぇとは言わせねぇぞ」
哲也は指を立てながら二つの装備を要求した。ダンジョン探索から持ち出された魔導具にそれらの効果を持つものがあったからだ。
「承知いたしました。そのような『非勇者的』な道具は、勇者への支給品リストにはありませんが、あなたが来る前から準備だけは整えてありますよ」
哲也の要求にドルトンは底意地の悪い笑みを浮かべつつ、近くの兵士に用意を命じる。
「それから、魔王城の構造図もお願いしたい。あと、俺が魔王城に乗り込む際にはアンタたに正面で攻撃を仕掛けて欲しい。それが無いなら、俺には無理だ」
「わかりました。お約束致しましょう。では、用意が整うまでお部屋でゆっくりお休み下さいませ」
そう、ドルトンは告げると兵士に哲也の案内を任せ、去っていった。
哲也は案内された部屋の豪華な寝台の上に寝転がる。
「クソがぁぁぁ!なんで、こんなことになるんだよぉぉぉ!!」
哲也は叫びながら、自分の不運を呪い続けた。




