<EP_002>
先日のダンジョン探索から数日が経った日のことだった。
哲也がいつものように扇風機の前で、だらけてテレビを見ていると不意にインターホンが鳴った。
面倒くさいので居留守を使おうと思ったが、インターホンは定期的に何度も鳴らされる。
(ちっ、しゃーねぇな)
日々の安寧を壊され不満顔のままアパートのドアを開ける。
そこには黒ずくめの男たちが立っていた。
男たちの雰囲気にただならぬものを哲也は感じ取り警戒する。
「秋月哲也先生ですね」
男の一人が感情の無い声で尋ねてきた。
「ああ、そうだが。アンタたちは?」
哲也は警戒を解かずに胡乱げな目で男たちを見る。
「私たちは毒島玄道の使いで参りました。是非ともご同行を」
男たちの返答に哲也の顔がますます険しくなった。
毒島玄道と言えば、裏社会では知らぬ者はいないとされる大物中の大物である。それが自分を呼び出すなどありえないと思ったからだ。
「ほぉ。あの高名な毒島先生が俺に会いたいと……用件はなんだい?」
「それはここでは……秋月先生、ぜひご同行を」
男の声は有無を言わさない迫力があった。
「嫌だと言ったら?」
哲也は目を細めつつ男をねめつけた。
「ご同行いただけないのでしたら……」
男の手がスーツの懐に伸びた。
「オーケー、オーケー。ちょっと準備するから待っててくれよな」
男の態度に抵抗は無意味と知り、おどけた声で両手をあげ隣の部屋へと移動する。
(毒島玄道が俺を呼んでる?理由はなんだ?借金は返したはずだぞ)
そう思いながらシワだらけのシャツとスラックスに着替え、金庫から短杖を取り出し、念の為に押入れから剣を取り出すと腰に差して白衣を羽織った。
哲也の用意が終わると、男たちに連れられアパートの外に出る。
アパートの外にはスラム街には似つかわしくない黒塗りのベンツが停まっており、そこに男たちとともに乗り込んだ。
ベンツに乗ると男にアイマスクとヘッドフォンを渡され、付けるように指示された。
(ちっ、面倒なことになってきやがったぜ…)
舌打ちをしながら男たちの指示に従う。
車が音もなく滑り出し、そのまま揺られていく。
車は常磐道を抜け都内へと走っていった。
どれだけ車に揺られていただろうか。哲也が時間の感覚を忘れそうになった時、車が不意に止まり、哲也は男たちに手を引かれ車から降りるように指示された。
そのまま手を引かれ、エアコンの聞いた涼しい建物の中に入った時、ヘッドフォンとアイマスクを取るように指示される。
アイマスクとヘッドフォンを取ると、天井には巨大なシャンデリアがぶら下げられ、まるでホテルのような豪華な玄関口が目の前に広がっていた。
そのまま靴を脱ぎ男たちの後をついていく。
見たこともない豪華な邸宅に薄汚れた白衣で歩く自分が場違いな感じを哲也は受けていた。
男たちと哲也は部屋にたどり着く。
「御前。秋月哲也先生をお連れしました」
男の言葉に部屋からは「入れ」という重々しい言葉が返ってきた。
部屋に入ると杖をついてベッドに腰掛けている眼光鋭い白髪の老人がいた。
老人はローブを羽織っており、室内だというのに手には手袋をしていた。
老人の醸し出す圧倒的な威圧感に、哲也はこの老人が毒島玄道なのだと直感的に悟った。
「アンタが秋月先生か。呼び出してすまんかった。アンタに診て貰いたいのはこれじゃ」
玄道はそう言うと立ち上がりローブの紐をほどいて前をはだけ哲也に見せてきた。
玄道の身体は首から下は真っ黒になっており、いくつもの腫瘍が蠢くように動き、脈打っていた。
「こいつは酷い……」
玄道の身体を見た哲也は思わず呟いてしまった。
「そうか、先生の目から見ても酷いか」
ローブを元に戻し、再びベッドに腰掛けた玄道は哲也を見て諦めたように呟いた。
「どうして、ここまで放っておいたんです?」
思わず哲也は聞いてしまう。
「放っておいたわけじゃない。実は先日ワシに癌が見つかってな。ステージⅣということじゃった。それでな、一縷の望みにかけてな……」
「魔晶薬を飲んだと?」
「そうじゃ。癌は治ったんじゃが、身体はこの通りになってしまってな。ワシの中で何かが暴れておるし、ダンジョンに向かえとずっと囁きかけてくるような気がするんじゃ。そこでマナ中毒専門のお主になら治せるかと思ったんじゃが……どうじゃ、治せるか?」
玄道の問いに哲也は考え込んでしまった。
(あれだけ大量のマナを溜め込んでいるというのに、理性を保っている。おそらくは類稀な精神力で抑え込んでいるんだろうな。さすがは毒島玄道といったところか…しかし、あれだけのマナは俺には耐えられそうにない)
そう岳斗は考えてしまう。
あれだけのマナを蓄えて、哲也は理性を保てる自信が無かった。
「無理です。俺には手に負えそうもない」
哲也はきっぱりと言い切った。
「そうか……マナ中毒専門のお主が言うのならばそうなのだろう」
哲也の言葉に玄道は明らかに落胆した声で答えた。
「お役に立てずに申し訳ありません」
落胆した玄道に哲也は素直に頭を下げる。
「ならば、どうすれば治る?」
玄道の言葉に哲也は首を捻ってしまう。
「ダンジョンの深層にならば、治せる魔導具か魔晶薬があるかもしれません」
自分がマナの杖を見つけたようにマナを体外に放出する魔導具があるかもしれないし、マナの杖と同じ様な魔導具を複数見つければ複数人で玄道からマナを吸い取って治せるかもしれないと思い、哲也は答えた。
「そうか……ならば、お主にその探索をお願いしたい。報酬ははずもう。どうじゃ?」
玄道の提案に哲也は怯んでしまう。
「いや、俺はただの闇医者ですから……」
哲也が依頼を断ろうとすると玄道が言葉を被せてくる。
「謙遜する必要は無いぞ。お主が元防衛隊員で、何度もダンジョン探索に赴いていることは知っておる」
玄道の言葉は重々しかった。
「防衛隊を除隊した後は随分と借金を作ったらしいな。その借金返済のために魔晶採掘の仕事を引き受け、ダンジョンに潜ったということは聞いておる」
玄道は哲也の過去を語ってくる。
「借金は既に返したはずだ」
過去を語られ思わず哲也は声を荒げてしまう。
「そうじゃな。既に返済済みじゃ。そして、その後、お主はマナ中毒専門の闇医者として今に至るわけじゃな」
玄道はそこで話を区切った。
「そこまで知ってるなら、俺以外に探索を任せるべきでしょ。アンタの周りには俺以上に屈強でダンジョン探索に適した人物がいるはずだ」
哲也の言葉に玄道は首を振った。
「おらんじゃろうな。お主は闇医者を続けている間にもダンジョンに潜り続けておる。ダンジョンに潜った者はどんどん人間性を失っていく。しかし、お主はダンジョンに潜り続けても人間性を失っておらん。ワシが注目しとるのはそこじゃよ」
「買いかぶりすぎだぜ」
哲也の言葉を無視して玄道は言葉を続ける。
「お主の言うようにダンジョンの深層にならワシを治す魔晶薬や魔導具があるかもしれん。しかし、それらを持ち帰ってこそじゃろ。ダンジョンの深層に到達した者が帰ってこないことも知っとる。じゃからお主に頼みたいんじゃ」
そう言うと、玄道はベッドから降り、床に正座をすると両手をついて頭を下げた。
「頼む、この通りじゃ。ダンジョンに潜って治療法をみつけてきてくれ」
裏社会の首領と言われる毒島玄道の土下座をしてまでの頼み事に、哲也は顔をしかめた。
「玄道さん、頭を挙げてくれ。無理なもんは無理だ」
哲也の言葉に玄道は頭を挙げると鋭い目つきで睨んできた。
「この毒島玄道がここまでしてもか!」
玄道の言葉に背後にいる男たちの手が懐に伸びるのを感じた。
(クソがっ。剣と杖を使えば、この場はなんとか凌げるかもしれねぇけど、毒島一家に命を狙われ続けるなんてご免だぜ)
哲也は壮絶に舌打ちをする。
玄道からマナを吸い取れば銃弾ぐらいは弾けるだろうし、剣と杖を振るってこの場を脱出することは可能に思えた。
しかし、その後のことを考えると哲也に選択の余地は無かった。
「わかったよ。その依頼、お受けいたしましょ」
半ば諦め、不貞腐れながら哲也は玄道の依頼を受けることにした。
(チクショウ…厄介なことになってきやがったぜ)
哲也が依頼を受けたことに満面の笑みを浮かべる玄道を見ながら、心の中で盛大に溜息をついた。
(防衛隊員だった頃より、今のほうがよっぽど面倒だ。借金のためにダンジョンに放り込まれ、この剣と杖を見つけたあの日から、俺の人生は狂った。結局、あの時と何も変わっちゃいねぇ。また誰かの都合で潜る羽目になる。)
毒島邸からつくばへの帰路の途中、アイマスクとヘッドフォンを付け、車に揺られながら哲也は己の運命を呪い続けた。
翌日、哲也は早速ダンジョンへと潜っていく。
(とりあえず、コイツと同じ物が見つかりゃ良いんだが…)
自分の持つ短杖と同じ杖を探してダンジョンを探索していくが、全く見つかる気配が無かった。
(ちっ、もっと下層に行かないと無理なのか?面倒くせぇ…)
舌打ちをしながら哲也はダンジョンをさらに潜っていった。
下層に行くに従い、モンスターは強さを増していく。
魔力破は体内にマナが溜まっていないと使えないし、威力もたかがしれている。
途中で運良く拾えた剣の強化版が無ければ戦うことなどできなかっただろう。
しかし、強力過ぎる魔導具はそれだけマナを体内に溜めることにもなる。
ダンジョンの踏破は体内に蓄積されるマナと敵を倒すための魔力破の威力、正気と狂気のチキンレースを哲也に強い続けた。
(なんだって俺がこんなことしなきゃなんねぇんだよ!)
体内に溜まるマナのせいか苛立ちを覚えてしまう。
「死ねや、ボケェぇ!」
目の前の襲いかかってくるモンスターの顔が玄道の笑みに見え、腹立ちと同時に魔力破を叩き込んでいく。
もう、地下何階まで進んだかわからなくなった頃、哲也の前に下層へと続く階段の代わりに地上のゲートと同じものが現れた。




