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<EP_001>

「暑いなぁ…それに暇だ…パチンコにでも行くかなぁ」

季節は7月に入り梅雨も明け、本格的な夏が来ようとしていた。

古ぼけた扇風機の回る六畳の部屋でランニングシャツにトランクスという服装の秋月哲也は団扇を仰ぎながらぼんやりとテレビを見ていた。

エアコンは設置されているものの電気代を節約するため付けていなかった。

そんな退廃的な空気が流れる空間を壊すように部屋のドアが叩かれた。

「先生、助けてくれ!診て欲しいんだ!」

訪問者は部屋のインターホンをけたたましく鳴らし、ドアを破らんばかりに叩いてくる。

「面倒くせぇなぁ……オンボロなんだから、強く叩くんじゃねぇよ……」

哲也はのそりと起き上がるとドアへと向かい、ドアを開けた。

そこには、どう見てもカタギとは思えない強面の男が立っていた。

「先生、お願いしやす」

男に促され、廊下を見ると屈強な男二人に抱えられ、鎖でグルグル巻きにされた男が立っていた。

男の目は血走り、鋭い牙が見える口からはヨダレを垂らしながら、獣のように唸り声をあげていた。

「ちっ、しゃーねーな。入りな」

哲也は男たちを部屋に入るように促すと、自分は隣の部屋へと入っていった。

隣の部屋に入ると、シワだらけのスラックスを履き、金庫から短杖を取り出すと腰に差した。そのまま、無造作に掛かっていたくたびれた白衣を纏い、短杖が見えないようにしてから部屋を出る。

六畳間に戻ると、鎖で巻かれた男を男たちが取り押さえていた。

「なんだって、こうなったんだい?」

最初に部屋を叩いた男に哲也が聞く。

「へぇ、ちょいと喧嘩になりまして、怪我人が出たんでさぁ。組に戻って魔晶薬を飲ませたら暴れ始めまして、ダンジョンに行こうとしてたものですから、慌てて取り押さえたんでさぁ」

男の言葉に哲也は頭を抱えた。

魔晶薬。ダンジョンからたまに持ち帰られる薬のことである。

飲めば身体を強化し傷を回復させるが、身体にマナを堆積させるという副作用もある。

マナを溜め過ぎてしまえば、身体の変化とダンジョンに入りたがるというマナ中毒者になってしまうのだ。

「まったく……簡単に魔晶薬を使うんじゃないと日頃から言ってるだろうが」

哲也は頭を掻きながら面倒くさそうに言う。掻いた頭からはフケが飛び散って畳に落ちていった。

(まぁ、これぐらいなら大丈夫か。最近は治療してないし、金も無ぇしな)

鎖で巻かれた男の様子を見ながら哲也は思う。

哲也は左手で白衣の上から短杖を掴むと右手を鎖で巻かれた男の頭に置く。

哲也が瞑目すると、鎖の男の顔がどんどんと穏やかになっていった。

やがて、男が普段と変わらない様子になる。

「あれ?ここは?あ、先生。てことは……」

穏やかになった男は周りを見渡し、目の前の哲也の姿を認めると理解したようだった。

「あ、先生じゃねぇよ!まったく、何してやがんだ、テメェは!」

最初の男は鎖の男の頭を思い切り叩くと哲也に向き直り頭を下げてくる。

「先生。ありがとうございやした」

「ああ、治療費は十万円でいいぜ。これからは魔晶薬に頼るんじゃねぇぞ」

そう言って哲也は金を受け取り、何度も頭を下げてくる男たちを部屋から追い出すと隣の部屋へと入り、白衣を脱ぐ。

ランニング姿になった哲也の右肩には、先程まで無かった黒い斑紋が浮き出ており、哲也の右手には身体の中を小さな虫が這い回っているような感覚があった。

「くそっ、そろそろダンジョンに行ってマナ抜きしねぇといけねぇな。面倒くせぇ」

そう言うと、哲也は押入れを開け、中にあった迷彩服とヘルメットを身に着け、その脇にあった長さ五十センチ程の剣を腰に差す。

空のリュックも取り出し、隣の部屋の冷蔵庫から水と非常食を取り出して詰めていく。

リュックを背負うと、アパートの部屋を出ていった。


アパートを出ると、そのままダンジョンへの道を歩きだした。

道には虚ろな目で虚空を見つめる浮浪者が座り込み、そのすぐ脇では地面に座り込み昼間から酒盛りをしている集団がいる。少し歩くと家の前に打ち水をしている男がおり、声を掛けてきた。

「おや、先生。今日は出勤かい?」

「ああ。たまには出勤しないとな。金も無ぇことだしな」

「へへ、そうかい。生きて帰ってこれれば良いねぇ」

そんな会話をしながら男の前を通り過ぎていく。

少し歩けば男と寄り添って歩く化粧の濃い女が声をかけてくる。

「先生。最近、ご無沙汰じゃないのさ。たまにはお店にも顔を出してよね。サービスするわよ」

「ああ。今度、寄らせてもらうよ」

哲也は愛想笑いを浮かべながら女の脇を通り抜けていく。

(誰がテメェの店でサービス受けるんだよ。テメェの店でサービス受けるぐらいなら桜町に行くぜ)

そう心の中で毒づきながら先を急いだ。

すると目の前に黒い石で出来た門扉のようなものが現れ、その門扉の中はマーブルに蠢く光りの壁に阻まれて見ることは出来なかった。

ダンジョンゲートである。

数年前に突如として現れたダンジョンゲート。

最初は栃木県小山市郊外に出現した。

最初は警察に寄る調査が行われ、中は迷路のようになっており、さらには見たこともない異形のモンスターの巣窟となっていることが判明した。

最初の調査で死人が出たことから、装備を整えた防衛隊による調査が再度行われることとなった。

防衛隊による調査の結果、中に巣食うモンスターは殺した場合、死体とはならず、後に魔晶と呼ばれるようになる、石へと変化することが判った。

ダンジョン内は迷宮となっており、入る度に形を変えるため、同じグループであっても同じ迷宮に入ることは無いし、別のグループとダンジョン内で遭遇することもなかった。

そういったことからダンジョン内の地図を作ることは不可能であった。

犠牲者を出しながらも防衛隊による度重なる調査から、モンスターの中には魔晶に変化せず、道具や薬へと変化する個体がいることも確認された。

モンスターが変化した薬や道具は魔晶薬や魔導具と呼ばれるようになった。

防衛隊が持ち帰った魔晶や魔導具は研究すると恐るべき効果があることが判った。

魔晶は触媒として強力な効果を持っており、火に焚べれば火を何倍も大きくし、冷やせば周辺を何倍も冷やし、電気を流せば大量の電気を生み出すことが判明した。

魔晶に蓄えられた力の分だけ強くなり、力が失くなれば消滅する。

二酸化炭素等の有害物質も生まれないため、新しい燃料として注目されることとなった。

魔晶に蓄えられた力を研究者たちはマナと呼ぶことにした。

魔晶薬は飲めばたちどころに身体を癒やし傷を塞いでしまう。中には一時的に筋力を増強するような効果を持ったものまで存在した。

魔導具は、理屈は解明されていないが、無から有を生み出すように火球を飛ばしたり、電撃を発するような杖や剣、空を飛べるようになるものや脚を早める靴など多岐に渡った。

ただし、身体にマナを蓄積するという副作用もあった。

人間の中に蓄えられたマナは、人間を強化していき、遥かに強い腕力など身体能力が強化されていった。そのため、身体にマナを蓄えた人間は刃物で刺されたりなどの普通なら大怪我を負うような状況でも耐えられるようにもなっていく。

しかし、マナを蓄えた人間は暴力的になり、精神的にも攻撃性が強くなっていくという副作用も出た。

マナを蓄えすぎた人間は身体にも変化をきたし、角や牙が生える、腕が太くなる、身体の一部が黒く変化したりと異形の姿へと変化していくことも判明していった。

また、マナを蓄えた人間はダンジョンに潜ることを熱望するようになり、調査隊に参加した隊員は何度も調査を希望するようになった。

最終的に調査隊の全員が地上に帰ってこなくなった。

ここにきて日本政府はダンジョンの調査を打ち切り、ダンジョンゲートの封鎖を決定した。

ダンジョンゲートを封鎖して一ヶ月も経つとダンジョンゲートは突然姿を消した。

次に群馬県館林市郊外に出現したため、これも封鎖。その次には千葉県館山市郊外に出現した。館山市のゲートが封鎖され、消えると茨城県つくば市郊外に出現した。

封鎖をすれば移動するゲートに、日本政府は封鎖を諦め、魔導具の使用の禁止を決め、魔晶のエネルギー利用の研究という名目で封鎖から監視へと切り替えることとした。

(ここのゲートも封鎖すりゃ良かったんだ。そうすりゃ別のとこに移っただろうし、日本以外に移ったかもしれねぇんだ。それを魔晶のエネルギー利用の研究とか言って放置するから治安が悪くなるんだよ)

政府の決定に哲也は今でも毒づいてしまう。

ダンジョン内のモンスターはゲートから外に出てくることは無いが、魔晶の採集のためにダンジョン内のモンスターを倒してもマナは蓄積される。

マナの蓄積された人間は暴力的になるため治安は一気に悪くなっていった。

こうして、現在の魔晶都市つくばは形成されていったのだ。

(まぁ、そのおかげで俺も食いつなげるんだ。文句も言えねぇな。何度もダンジョンに入らないといけないのは面倒だけどよ)

ダンジョンゲートの前で舌打ちをしながら、腰の剣と短杖を引き抜くと哲也はダンジョンゲートをくぐっていった。


ゲートをくぐるとダンジョンの内部へと入る。

背後には入ってきたゲートがそのままの姿で存在していた。

ここをくぐればつくばのゲートに戻れるのだ。

哲也はそのまま、ダンジョン内を慎重に歩き始めた。

日の入らないはずのダンジョン内部は壁が光を放ち薄暗いながらも十分な視界を確保することができた。

ダンジョンの壁はモルタルやコンクリートのように滑らかで明らかな人工物に見えるが、どれだけダンジョン内でモンスターや魔導具を使っても壊れることが無かった。

(まったく、誰が作ったか知らねぇけど、大したもんだよな)

ダンジョン内を歩きながらも哲也はいつも思ってしまう。

ダンジョン内は通路で広間を繋ぐような造りになっていた。

通路を進むと次の広間が見えてきた。

広間の奥には十歳ぐらいの子供のような背丈の小さな影が蠢いているのがわかった。

(ゴブリンか…まぁ、まだ浅い階層だし、当然だよな)

哲也は左手の短杖を向けながらゴブリンと呼ばれる小鬼に向かって静かに歩いていく。

その広間にはゴブリン数体しかいないように見えた。

ゴブリンたちは哲也の気配に気づくと、哲也に向かって一気に襲いかかってきた。

魔力破(マナ・ブラスト)!)

哲也が念じると構えた短杖から光弾が飛び出しゴブリンたちを貫いていった。

光弾に貫かれたゴブリンたちは動きを止め、立ち消えるように魔晶へと変化し、魔晶が床に落ちていった。

広間に他にモンスターがいないことを確認すると、哲也は右手を開け閉めする。

それまであった身体の中を駆け巡る虫の這いずりが無くなっていることを確認した。

(こいつら相手じゃ過剰すぎる放出だったかもしれねぇけどな。こうして、たまには放出してやらねぇと俺の身体が持たないんでな。悪く思うなよ)

そう思いながらもゴブリンが変化した魔晶を哲也はリュックに詰めていく。

哲也の持つ杖は相手に蓄積されたマナを哲也の身体に移し替え、哲也の身体のマナを物理的な力のある光弾として撃ち出すという魔導具であった。

こうしてマナ中毒者からマナを吸い取ることで治療するマナ中毒専門の闇医者として生計を立てているのである。

過去のダンジョン搜索で偶然に見つけた魔導具であった。

(さて、潜ったついでに少しは小遣い稼ぎをしていくかな)

ゴブリンの魔晶を詰め終わった哲也は再びダンジョンを歩き始めた。


ダンジョンを進んでいくと次の階層へと移動する階段を発見した。

ダンジョンは階段で繋がっており、どんどんと深層へと向かう造りになっている。

ダンジョンはゲートをくぐる度に形を変えるが、一度くぐれば変化しない。

なので、通った道を引き返せば地上へと戻れるというのがダンジョンの法則であった。

階が下がれば下がるほどダンジョンの構造は複雑となりモンスターが強くなる。

しかし、強いモンスターであればあるほど変化した魔晶のマナは強くなるため、より強い魔晶を求める者ほどダンジョンを潜っていくというのが探索者であった。

地下二階に入ると再びゴブリンの集団が哲也に襲いかかってきた。

哲也は右手の剣を構えると「斬れ!」と念じて剣を振るった。

剣が銀色の軌跡を描いて振るわれると、その軌跡に沿って光刃が産み出されゴブリンへと向かっていき、ゴブリンたちを撫で斬りしていった。

ゴブリンが変化した魔晶を拾いながら、哲也は左手を開け閉めして身体の変化を確かめていく。

(まだ、大丈夫だな)

そう思いながらダンジョンを進んでいった。

その後、数回の戦闘をして地下三階への階段を見つける。

既に哲也の左腕には入ってきた時と同じぐらいの違和感が走っていた。

(そろそろか?)

地下三階に降り立ち、進んでいくと広間の先に小山のような物体が蠢いているのが見えた。

(ジャイアントクローラーか。あいつらはタフな上に数が多いんだよな)

そう思いながら、左手で腰に差していた短杖を引き抜くと小山へと近づいていく。

哲也の予想通り、小山の周辺には何体もの小山が存在していた。

哲也の気配を察知した小山が蠢き、大きなダンゴムシといった巨体たちは一斉に哲也へと襲いかかってきた。

哲也は振り返って全力で通路を走る。

通路の出口に出るとそのまま振り返る。

ジャイアントクローラーの群れは通路に一直線に並んでいた。

(ぶっ飛べぇぇ!魔力破(マナ・ブラスト)!)

哲也が念じると杖からマナが放出され光弾となってジャイアントクローラーの群れを次々に貫いていった。

(ふぅ。コイツらは数が多いからまとめて倒せれば結構な額になるんだよな)

ジャイアントクローラーが変化した魔晶を拾い集めながら哲也は独りごちる。

魔晶を拾っていると、撃ち漏らした最後の一匹が哲也に襲いかかってきた。

(くそ、撃ち漏らしてたのかよ)

慌てて剣を構えようとするが、それよりも先に噛みついてくる。

咄嗟に腕で庇ったが腕に噛みつかれた。

(痛ってぇ)

普段なら骨折してもおかしくないような痛みが腕に走るが哲也は我慢して右手の剣をジャイアントクローラーに突き立てる。

哲也の一撃を喰らった最後の一匹は魔晶ではなく飲み薬の魔晶薬へと変化した。

(ふぅ。助かったぜ。マナを全部使ってたら腕が引きちぎれてたかもな)

ジャイアントクローラーに噛まれた箇所にはしっかりと歯型が刻まれ血が流れていたが、それだけで済んでいた。

(ちょっと怖いが、飲んでおくか)

手に入った魔晶薬を飲み干すと腕の傷は一瞬にして消え去った。

(さてと、こんなもんかな。もう少し粘っても良いけど、面倒くせぇ。これだけあれば十分だろ)

リュックに詰まった魔晶を見ながら哲也は来た道を引き返していく。

帰り道にも何度かモンスターに襲われたが、剣を振るって倒していく。

地下一階に辿り着くと、ゲート近くを探索し、見つけたゴブリンに全マナを放出した魔力破(マナ・ブラスト)を放ってから地上へと帰還していった。


地上に帰還した哲也は馴染みの魔晶屋に魔晶を売り払ってから安アパートに戻る。

昼間の治療費と合わせれば、数週間は余裕で暮らせるだけの額になった。

「ふぅ、なんとかなったな。最近じゃ電気代もバカになんねぇからな」

アパートに戻り、金庫に短杖をしまい、服と剣を押し入れに入れ、ランニングシャツとパンツになって冷蔵庫からビールを取り出すとテレビを付け寝転がりながら飲み始めた。


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