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童話

名前のない怪物【冬の童話祭2026】

作者: エチル・シェード・ウリジン

しょうへー君は、背が高く、手足が長く、きらきらとしたつぶらな瞳の男の子。


小さい頃からボールが大好きで、グローブを持ったその日から、投げて、打って、走って、にっこり笑う毎日を過ごしていました。


しょうへー君は、すくすくと大きくなり、やがて高校野球のスターになりました。


夏の甲子園、きいろい声援、汗と砂と太陽のにおいの中で、しょうへー君の姿は、誰よりもまぶしくきらきらと光っていました。


彼がマウンドに立てば、打者のバットは、空を切るばかり。


投げる球のあまりの速さに、風だけが、ぴゅぅぅんと通り過ぎていくのです。


そうして、彼がバッターボックスに立てば、スタンドが叫び声をあげる前に、白球は、空の果てへと消えていきます。


そんなすごいしょうへー君を、みんなはこう呼びました。


「怪物だ!令和の怪物だ!!!」


毎日、新聞やテレビ、ネットニュースも大騒ぎ。


スポーツニュースは、ぜーんぶしょうへー君の話題。


学校でも、先生たちも、校長先生も、すれちがう生徒も、みんなきらきらと輝くしょうへー君に注目していました。


でも、しょうへー君の心の中は、ちょっと違っていました。


彼の心は、何かずっとさびしいままでした。


誰もが、褒めてくれる。


誰もが、笑ってくれる。


でも、しょうへー君が本当に欲しいものを、誰も、与えてくれないのです。


勝っても、負けても、「すごいね!」「怪物君がいれば大丈夫!」としか言ってもらえません。


夜、月明かりに照らされた帰り道をひとり歩きながら、しょうへー君は、空を見上げます。


  お月さまも、きらきらと輝いているけれども、やっぱり孤独なのかなぁ・・・


彼は、小さくつぶやきました。


「ああ、ボクは本当にひとりぼっちかもしれない。」


その後も、活躍をつづけたしょうへー君は、やがて、アメリカへと渡りました。


メジャーリーグ。


それは、子どものころからの彼の夢だったのです。


「よし、ここで本当の野球をやろう。ここで、ボクの全てを出してみせるんだ。」


飛行機の窓から見下ろしたアメリカの大地は、広く、まっすぐで、どこまでも自由に見えました。


チームメイトも監督も、彼にびっくりしました。


まるで映画の主人公。


投げては、160キロの剛速球。


打っても、場外へとホームランを放ちます。


「ワンダーだ!あいつはベースボールの神様だ!!」


アメリカでも、彼は“モンスター”とよばれるようになりました。


だけど・・・やっぱり、何かが違いました。


試合が終わって、ロッカールーム。


みんながワイワイさわぐ中、しょうへー君は、端っこにひとりポツリと座りました。


笑い声が聞こえる。


でも、そこに自分はいない。


言葉の違い?文化の違い?


いいえ、しょうへー君は知っていました。


それはきっと、代償なのです。


誰もが「すごい」と言ってくれるけれど、誰もが、しょうへー君を見ていない。


「ぼくはただ、野球が好きなだけなのに・・・」


遠征先のホテルの窓から、しょうへー君はひとりで夜の街を見つめました。


きらきらしたネオンも、ひとびとのにぎわいも、彼の心には届きません。


ある日、しょうへー君はつぶやきました。


「すごいって、さみしいことなのかもしれないな・・・」


野球の夢を叶えたしょうへー君は、誰もがうらやむような成果を残しました。


メジャーリーグでホームランを60本。


ピッチャーとしても20勝。


MVPに、ワールドシリーズ制覇。


しょうへー君グッズは、どのお店でも売り切れです。


でも、きらきらとにぎやかな現実世界とは真逆で、しょうへー君の心は、しんと静まり返っていました。


大きな拍手があっても、スタジアムが揺れても、心の奥に何も響かなくなっていたのです。


「すごい!」と言われることに、疲れてしまっていたのです。


ある日、しょうへー君は、そっとユニフォームをたたみ、白球をマウンドに置きました。


「ありがとう。ボクは、もう野球をやめます。」


人々は、おどろきました。


「なぜ?もったいない!何を考えているんだ!」


でも、しょうへー君の心は、穏やかでした。


重たい荷物をおろしたあと、ふわりと頬を撫でる風のように。


しばらくして、しょうへー君が立っていた場所は、思いもよらぬ場所でした。


そこは、大阪にある建物の前。


しょうへー君は、意を決したように大きな息をふぅっと吐くと、足を一歩進め、天神堀江亭という看板のかかった建物にツカツカと入っていきます。


彼が目指した場所・・・そこは、畳敷きの一室。


しょうへー君は、長い脚をたたんである人物の前に正座すると、ふかぶかと頭を下げます。


「岩木さん、ここでボクに落語をさせてください。」


野球をやめてしょうへー君が目指した道・・・


それは、「落語」。


彼が足を踏み入れたのは、天神堀江亭という名前の落語の演芸場でした。


天神堀江亭の亭長である岩木清風さんは、しょうへー君に答えました。


「落語家というものは、簡単になれるものではない。しかし、君のその意思が固いのならば、師匠を紹介してあげることはできる。野球界のスターで怪物と呼ばれた君が、下積みからもう一度やり直す覚悟はあるかい?」


しょうへー君は、岩木さんの目をまっすぐ見て言い放ちます。


「どんなに苦しくても、やり通す覚悟です。」


彼のきらきらと輝く目を見つめた岩木さんは、ひとつうなずくと、しょうへー君を懇意の師匠に紹介するのでした。


岩木さんの紹介でしょうへー君は、弟子入りをすることができました。


日中は、師匠の後ろについてこまごまとした雑用をこなします。


そして毎夜、毎夜、小さな座布団の上に座って、話し方を練習しました。


「そこは、あたまをさげて、声をひくく。体を動かして、手を大きく使って語るんだ。噺家だからって、口だけ動かしてんじゃないよ。」


時々思いついたようにアドバイスをくれる師匠の言葉に、しょうへー君はうなずきます。


朝から夜まで、雑用もこなしながらの、落語漬けの日々。


だけど、しょうへー君は、またやってしまいます。


そう・・・彼は、ものすごく、上達してしまったのです。


そこからは、2年も必要ありませんでした。


もともと、野球界の怪物が、落語の世界に足を踏み入れたと注目を集めていた中、しょうへー君は、そのきらきらと輝く才能を周りに見せつけます。


見習いから前座、そして二ツ目とも呼ばれる中座へとスピード出世。


階段を二段飛ばしで上がるようにあっという間に、上へ上へと駆けあがってしまいました。


中座であるにもかかわらず、寄席では大人気。


いつのまにか「天才落語家」「令和の怪物が語る大笑い」と大評判。


そうして、落語の世界でも、「モンスター」と叫ばれるようになったのです。


みんなが口をそろえて言いました。


「すごい!」「あいつは才能がちがう!」「しょうへー君がいるだけで笑えるよ」


新聞やテレビは、また、しょうへー君の話題で騒ぎ始めました。


町を歩けば、当然のようにカメラを向けられますし、誰かからサインをねだられない日はありません。


そうして訪れた晴れの舞台・・・そう、真打への昇進です。


天神堀江亭の周囲は、中に入り切れなかった人でいっぱい。


街中がお祝いムードでした。


そうして天神堀江亭の顔となったしょうへー君。


彼の一言一言に、お客さんは大笑いし、「おあとがよろしいようで」と深く一礼すると、噺に引き込まれていた客からは、ドッと大きな笑いと拍手が湧き起こります。


お客さんは皆、ほころんだ表情で席を立ち、心なしか足取りは軽く、満足げ。


そうして、帰りの道すがら「オチが最高だった」「しょうへー君の表情が面白すぎだよ」と余韻に浸りながら、新たな笑いが生まれるのでした。


でも・・・また、あの時間がやってきました。


しょうへー君がどんなに笑わせても、終わったあとの楽屋は、しーんとし始めたのです。


功成り名遂げたベテランの真打の人たちはともかく、最初は「すごいね」と言ってくれていた若手たちは、そのうち目をそらすようになりました。


「あいつは、別格だ。」


「あそこまでいくと、仲間って感じがしない。」


見習い時代に一緒に雑巾をかけた仲間も、いまでは遠くからあいさつするだけです。


彼は、また、ひとりになってしまいました。


その日、しょうへー君は、寄席のあと、夜の公園で、隣接するアパートの安蛍光灯のあかりに照らされていました。


ブランコに腰かけ、空を見あげます。


お客さんの笑い声がまだ耳の中に残っているのに、彼のこころは、静まり返っていました。


「ボクが求めているのは、すごいって言われることじゃない。」


でも、どうしてだろう。


何をやっても、何をがんばっても、みんなが少しずつ離れていってしまう。


「ボクの中に、何かが欠けてるのかな・・・?」


安蛍光灯の光が、公園の砂の上に、やさしく影を落とします。


ブランコに座るしょうへー君の姿は、まるで風にゆれる大きな枯れ木のようでした。


どれくらい時間が経ったことでしょう。


彼がふと顔をあげると、一人の男の子が、じっと公園の入り口に立っているのが見えました。


よく見ると、ドジャースブルーのリュックをしょって、LDと書かれた青い帽子をかぶり、片手には色紙をかかえています。


その目はきらきらと光っていて、くちびるがかすかにふるえていました。


深呼吸をした男の子は、意を決したようにトコトコとブランコの方へ近づいてきて言いました。


「今日はじめて、生で落語を見ました。すごくおもしろかったです。」


色紙を胸にぎゅっと抱えたまま彼は、しょうへー君の顔を見つめます。


「こんなに笑ったの、はじめてかもしれない。ぼく、学校であんまりうまくいかないけど、師匠の落語きいてると、なんか、がんばれる気がします!」


  あぁ、こんな小さな子もぼくの噺を聞いて笑ってくれているんだ・・・


うつうつとしていたしょうへー君の心に温かい灯がともりました。


男の子が、色紙を差し出してサインをねだります。


しょうへー君は、もちろん笑顔でそれに応えました。


いつもより心を込めて丁寧に。


笑いの原点を思い出させてくれた男の子に感謝を込めて・・・


サイン色紙を受け取った男の子は、きらきらとした満面の笑み。


そうして元気よく、しょうへー君にお礼を言ったのです。


「怪物の笑寿亭の師匠、どうもありがとう!!!」


しょうへー君の顔はこわばりましたが、色紙をもって嬉しそうに駆けて行く男の子が、それに気付くことはありません。


彼は、男の子の姿が小さな点になるまで、凍り付いたきらきらとした笑顔でそれを見送りました。


安蛍光灯が、彼の横顔を照らし、寒風が彼の大きな体に吹き付けます。


男の子は、名前を呼んでくれませんでした。


「結局、誰もボクの名前を呼んでくれない・・・」


悲しそうにつぶやくしょうへー君の目に浮かんだのはキラキラとした一粒の涙。


名前の無い怪物・・・【笑寿亭しょうへー】君は、安蛍光灯に照らされた公園のブランコに立ち尽くし、ほろりと涙をこぼすのでした。

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