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Track.08 Tasty

「……で、ここがその学校ですか」

「そういうこと。……いやあ、話が早くて助かるよ。リオード」


 グレイがそう言って微笑むと、リオードは同じく「はは、は……」と笑い声を返しながら静かに目をそらした。グレイの付け加えた一言に、日頃の苦労が詰まっているような気がしたからである。

 グレイはリオードを連れて、眼鏡の教師の勤務するジュニアハイスクールにやって来ていた。時間は午後四時を少し回ったところである。教師によれば、これは、放課後であれば生徒も少ないためスムーズに調査できるはず、という彼なりの配慮だった。既に内部にも話は通っていたらしく、関係者として二人はすんなり校舎内に立ち入ることができた。

 どんな職種かは問わず、調査といえばまず現場から、というのが基本である。二人は教師の語る恐怖体験の舞台である、理科室付近に向かった。

 ここで、当事者である教師はどこへ、と思う方が中にはいるかもしれないが、あいにく彼は根っからの社畜である。もちろん、二人が何か頼めば手を貸すだろうが、そうでなければ居残っている生徒の相手やら宿題の確認やら保護者への資料の作成やら職員会議やら明日の授業の準備やらで忙しなく過ごしているに違いない。必要に駆られているわけでもないのに、多忙を極めている相手の手を煩わせるのは本意ではない、というグレイなりの配慮で、彼は二人に同行していないのだった。


「突き当たりに鏡……ってことは、ちょうどこのあたりですね。一階なら窓からの侵入も容易でしょうし、確かに不審者が入っていたのかもしれませんね」

「そうか、リオードはそっち派なんだね」

「『そっち派』?」

「オカルトは嫌いかい? って意味だよ」

「やめてくださいよ……! それこそ、うちの領域外じゃないですか!」

「ははは。でも、そのオカルト案件もこなしちゃうような子がうちにはいるからな~」

「そ、うですけど。僕はもうああいうのには巻き込まれたくないです……って、え? まさか」

「いやいや、別にそうだとは言わないけどね? 探偵であるなら、証拠もなしに可能性を潰すのはいかがなものかと思ってさ」

「……僕、帰っていいですか?」

「お。あのじゃじゃ馬娘よろしく、ついに代表直々のご指名に抗議できるようになったんだ? まさか、リオードにそんな反抗期がくるなんてねえ。いや~、おじさん感心しちゃったよ」

「そうやって絶妙に言い返しづらい状況を作るの、止めてもらえません……?」


 気まずそうな表情を浮かべるリオードに対し、グレイはにこやかな笑みを振りまいた。腐ってもこの探偵事務所の代表、所属する探偵たちの扱いはそれなりに心得ているのである。


「まあ、おしゃべりはこの辺にしておいて……失礼」


 コンコン、と二回ノックし、グレイは理科室の扉を開けた。鍵はかかっておらず、中に人の姿もない。見たところ、子ども向けの簡易な実験設備が整えられた、ごく一般的な理科室である。


「ここの扉の下から血が流れ出てきた……ってなると、怪しいのはこの扉の奥ですかね?」


 理科室の中を一周した後、リオードはそう言って、入口のすぐ右にあった扉を指さした。グレイは後ろで一つ頷いて見せ、それを開けるよう促した。

 ノブを捻ると、やがて二人の影が暗闇の方へ伸びていく。


「……準備室、かな」

「おそらくそうだろうね。っと、電気、電気」


 グレイが壁沿いを手探りすると、パチリ、と音が鳴る。白く照らし出された準備室内は、細長い部屋の壁沿いに鉄板の棚が敷き詰められており、その圧迫感のせいで実際の空間以上に狭く感じられた。それぞれの棚にはラベルの貼られた薬品などがずらりと並んでいる。

 すると、すん、とリオードが鼻を鳴らした。


「ん、どうかした?」

「ええと、最初は理科室っぽい独特な匂いだな~と思ったんですけど……、何か甘い匂いがしませんか? 砂糖菓子みたいな……」

「え~、おじさんにはわかんないよう」

「……タバコ、もうちょっと控えたらどうですか?」

「うーん、耳が痛いなあ」


 眉間にしわを寄せるグレイの横を通り抜け、リオードは匂いのもとを辿っていく。それは、入口に一番近い棚の最下段だった。

 膝をついて「あっ」と驚いた声を上げたリオードの隣、グレイも腰から上を折り曲げて覗き込む。鉄板の隅の影に潜む、赤い、液体。


「血……の匂いじゃないですよね、これ。何でしょう」

「甘ったるいんなら、ジャムとかじゃないか? ほら、スクールでよく出てたジュースみたいにしゃばしゃばのやつ。あれなら、ちょうどこんな感じになるだろ」

「ジャム? なんでこんなところにジャム……?」

「ま、それを考えるのは探偵の仕事だな」

「そ、そうですよね……!」


 リオードはすくっと立ち上がり、気を取り直した様子で調査を再開する。


「他には、えっと…………」


 しかし、そう言って首をひねったきり、リオードは動かなくなってしまった。やがて、はあ、と息をつき、申し訳なさそうにグレイに視線を向けた。グレイはにこりと微笑む。


「そうだな……あの棚の奥、何か違和感があると思わないかい?」

「あの一番奥側の棚ですか?」


 リオードが棚のあいているスペースに顔を突っこむように、照明の影となっている部分をじっくりと見つめる。


「うーん……?」

「リオード。時には視野を広く持つことも大切だよ」

「なるほど」


 後ろから投げかけられたグレイの助言を素直に受け取り、数歩下がって首を引き、棚全体を眺めた。すると、瞼が僅かに持ち上がった。


「壁の色が違う……!?」


 グレイは満足げに目を伏せた後、ゆっくりとそちらへ歩み出す。


「鉄板の棚っていうと、見通しが良いイメージが定着している。壁沿いに置いているなら、奥の壁が見えていると思うのが当然だ。だが、この棚は奥の壁の色がやや違う。ということは、棚と本来の壁の間に、一枚、フェイクの壁に当たるものが仕込まれているに違いない」


 棚の両端を何度か掴み直すと、グレイは「よっ」とそれを手前に引き、横にずらした。ぐ、と重たげな音がした後、その先が明らかになった。そこには、引き戸が一つあった。


「か、隠し部屋……!」


 驚くリオードに、グレイは一つ頷く。そして、ノックを3回すると、遠慮なしに戸に手をかけガラガラと引いた。


「や。お邪魔するよ」

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