Track.05 Lounge
「却下だ」
「……ちょっとジム。代表より先に断るの、やめてくれない?」
「何ほざいてんだ、おっさん。どうせ私に回すつもりだったくせによ」
「ありゃ、ばれてたか。……にしても、思春期の女の子からの『おっさん』は刺さるなあ。おじさん、傷ついちゃったよ~?」
「今更かよ。キショ」
ジムがけっ、とそっぽを向けば、グレイはわざとらしく肩をすくめた。そんな茶番を無視して、彼は机に乗り上げる程の勢いで訴える。
「そんな、ジムさん……! お願いしますよ!?」
「うちは探偵事務所であって、セキュリティじゃねえんだよ。見当違いだ、他を当たれ」
「ジムさんが珍しく真っ当なこと言ってる……」
思わずこぼれた言葉に「うるせえな」とジムが噛みつけば、リオードは苦笑いしながら数歩距離を置いた。パワー・イズ・パワーとはよく言ったものだが、この探偵事務所において男性という身分によって生まれる特有の権力などというものが存在しないということは、よくお分かりいただけたことだろう。
「……ともかく。私はやらねえぞ。だいたい、それくらいお前でもどうにかできんだろ」
「なめてんのか、俺はクラブの店長だぞ? あいにく護衛は業務に含まれてないんでね」
「はっ、店内乱闘常習犯がよく言うわ」
「それはお前が巻き込むからだろ、クソが……!!」
シエンは悶えるようにそう言いながら、胸の前で拳を震わせている。しかし、その一線を越えることはなかったという結果を考えれば、彼はこの街において幾分かましな人間であるに違いない。ジムがひらひらと挑発するように手を振れば、シエンは大きくため息をつき、頭を掻きむしった。そして、立ち上がって隣の彼の手を引き上げた。
「行くぞ」
「えっ、シエンさん!? 諦めたら僕の身はどうなるんですか……!?」
「『どう』って、なるようにしかならねえよ。だがな、少なくとも今ここでこれ以上粘ったところで、コイツは動きやしねえ」
「ううう……僕の目指していた密やかで穏やかなカレッジライフはどこへ……」
「んなもん、この街で求めるだけ無駄だな」
頭を振ってさっさと歩き出したシエンの後ろを、彼はとぼとぼとついて行く。やがて、金具が軋む音と共に、扉が閉ざされた。
「本当に、良かったんでしょうか……?」
「何がだよ」
心配そうに二人の背中を見つめていたリオードが「『何が』って……」と言いかけた時、とたとたと階段を下りてくる音が部屋に響く。肩をぐるぐる回しながら現れたのは、デオだった。
「ジムはん、終わったで~」
「何一仕事終わったみたいな空気出してんだよ。普段からもっと真面目に仕事しろ」
「いやいや、こんな掃除、一人にやらせるもんやないで? まったく、体がしんどくてしゃあないわあ。でもまあ、ジムはんに言われたら断れんわなあ」
「しゃらくせえこと言っとけば誤魔化せると思ってるんじゃねえぞ、アホ。元はといえばお前のせいじゃねえか」
ジムがそう指摘すると、デオははて、と目を丸くした。呆れた様子で息を吐き、ジムはむっとした目線を突き刺す。
「リオードの話じゃ、あいつが身バレしたの、多分お前のせいだろ。随分楽しそうなゲームをしてたみたいじゃねえか」
「へへ」
「笑ってんじゃねえぞ、ったく。リオードに関しては、私が口止めさえすりゃあ、きっちり守り抜くだろうがな……。お前がうっかりそれをばらしちまったら、責任をとれだとかなんとか言って、私が動かなきゃならなくなるに決まってる。もうちっと周りの迷惑も考えて欲しいもんだな? おい」
「なんや。今の説明だと、ジムはんがツンデレでわいの尻拭いに手貸してくれるっちゅうことやないの?」
「ちげえよ。キモイ言い方すんな。あいつにとっちゃあ、嫌がらせで私に仕事を押し付けてくる絶好のチャンスになっちまうって話だ」
「でもジムはんなら逃げ切れるやろ?」
「ねちっこいから疲れるんだよ、アイツ」