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Track.02 KID’S PARK

 人が歩けば死体に出逢える街、バーニーズ・タンド。そんな物騒な街にある公園、クロッサムパークの一角で、三人の若者が長椅子に並んで座っている。


「三人分のランチ代を出してくれるなんて、おっさんも太っ腹やなあ」


 もごもごとハンバーガーを咀嚼しながら、端に座る青髪の青年はそう言った。彼の名前は、デオ・ナロップ。狂気が散財するこの街の中にある探偵事務所、ローファード・ハウスのメンバーの中では一番の新入り探偵である。探偵事務所に入る以前の経歴については、まあ、知らなくてもよいだろう。


「グレイさんは、親睦がなんとかって言ってましたけど……」


 丸眼鏡をかけた細身の少年、名をリオード・カロン。この街で最上のお人好しといっても過言ではない、ローファード・ハウスの探偵見習いである。そんな彼は、中央で肩をすくめ、隣に座る人物をちらりと見やった。

 それもそのはず。リオードを挟んでデオの反対側には、あからさまに不機嫌なリズムで膝を揺らしながら、ポテトを口に突っ込んでいる少女がいた。


「何が、『若い子三人で仲良くしてきな』だよ。人が仲良しこよししてるかどうか心配する暇があるなら、さっさと自分の仕事をしろってんだ」


 苛つきながらこの場にいない人物をけなす、ピンクブロンドの髪の少女。彼女は、ジム。ローファード・ハウスの探偵の一人だが、一部の界隈では別の肩書でもそれなりの有名人だ。

 そんな三人揃っての、かなり、とても、すごく珍しいランチ会が、昼間の穏やかな公園の片隅で開催されていた。仕掛け人は、グレイ・リバース、彼らの所属する探偵事務所の代表である。


「まあまあ、ジムさん。そう言わずに……いや、確かにあの人何してるんだろう?」

「リオードくんまでそんなこと考え出したら、むさくるしくてしゃあないわあ。あんなおっさんのことなんかどうでもええやん? 今はジムはんが教えてくれはった美味い飯を堪能しときいや」


 デオにそう促され、リオードはもぐ、と半分ほどまで減ったバーガーにさらにかぶりついた。それはリオードの知らない店だったが、オリジナルのソースが肉汁とうまく絡み合っており、文句なしの味だ。そうやって噛みしめるように食べる様子を見て、ジムは心なしか嬉しそうに口を開いた。


「当然だな。ここのバーガーの美味さを理解したんなら、あの店にもっと貢げ」

「それでジムはんがわいにもっとかまってくれるんやったら、考えもんやなあ」

「キッショ。……は? 近寄んな。詰めてくんな」

「ちょ、あの、デオさん、狭いですって……!?」

「おい、カロン。いくら骨々だっていってもな、お前ももっと抵抗しろ」

「一応してますって……! こう見えて、この人結構力強いんですからね!?」

「ジムはんのおかげよお。ほら」

「うわ、キモ。誰が好き好んで元三つ編み教信者の筋肉なんか見たがるかよ。さっさと隠せ。そんでもって私の視界から失せろ」

「おっかしいなあ。巷の女の子はこれでイチコロのはずなんやけど……」

「前から知っちゃあいたが、間違いなくこいつはクズだな」

「……あの、僕を挟んでそういうやり取りするの、やめてもらえます?」


 二人のやりとりに耐えかねてリオードがおずおずと手を挙げた。すると、ジムはふんと息を一つ漏らして、椅子から立ち上がった。どうやら、ジムが抱えていた紙袋の中にあったはずのポテトはいつの間にかなくなっていたらしく、くしゃくしゃに丸められたそれはリオードの持っていた空の袋の中に落ちていった。


「……代表命令はこなしたからな。じゃ」

「え~。ジムはん、もう行ってまうの? わいらともうちとおしゃべりしようやあ」

「お前らの駄弁りに一時間付き合うくらいなら、あのおっさんから10件仕事押し付けられた方がマシだ」

「ええ、そこまで言います……?」

「ちえっ、つれないなあ」


 思い思いの落ち込み方をする二人の前をすり抜け、ジムは長髪を風になびかせて立ち去っていった。


「……こうなってもうては、しゃあないな。リオードくん、なんか面白い話してや」

「ええっ!? 無茶言わないでくださいよ……」

「まあまあ、そんなに難しく考えんでええんよ。せやねえ……例えば、わいについて気になることの一つや二つがあるんやったら、お兄さんが答えたるって話よお」

「デオさんについて気になること、ですか」


 リオードは小さく頬をかいて考えると、思い出したように口を開いた。


「そういえば、デオさんってカレッジの生徒じゃないですよね?」

「せやねえ。まあ、改めて学びたいことなんかあらへんかったしなあ。むしろ、ハイスクールの授業は退屈で退屈でしゃあなかったから、何度辞めたろと思ったことか」


 やれやれと首を振るデオに、リオードは乾いた笑いを洩らす。なぜ否定の言葉の一つも発さないかといえば、彼の主張する賢さは、リオードにとって間違いなく事実だからである。デオはそんな反応を特に気にすることもなく、話を続ける。


「ハイスクールを卒業して、そのままふらふらしてるうちに、たまたま事件に足突っこんで……そのまま探偵っちゅう肩書を得た、って感じやなあ」

「なるほど。最初から探偵志望ってわけじゃなかったんですね」

「成り行きやね、完全に。まあでも、案外自由に動ける身分は悪うないなあとも思っとるよ」


 食べ終えたバーガーの包み紙を折りたたみながら、今度はデオがリオードに問いかける。


「そういうリオードくんも、不思議な立ち位置よなあ。わいの二個下やったっけ? なら、それこそハイスクールに通ってるはずやないの?」

「……そう、ですね」


 しゃくしゃくと音を立てていたレタスをのみ込むと、リオードはそう答えた。


「なんというか、その……色々ありまして。飛び出すような形で、この街に来たんです。だから、きっとその時にスクールも辞めたことになっちゃってると思います」

「ほおん。案外、リオードくんにも大胆なところがあるんやねえ」

「そうですね。今考えてみれば、自分でもちょっと不思議ですね。まさかこんな場所で生活することになるとは……」

「ん? っちゅうと、さてはリオードくんも別に探偵志望ではなかったりするん?」

「ええ、はい。この街にきてすぐ、グレイさんと出会ったんです。それで、グレイさんの事務所にお世話になるって決まった時に、『探偵見習い』っていう肩書をいただいて……」

「あのおっさんはわいらのことを捨て猫かなんかやと思っとるんか?」


 その言葉にリオードがくすりと笑みをこぼせば、デオは「ま、ええわ」と自身の髪をひとすきした。

すると、ふと声を掛けられた。


「あっ、あの」

「なんや。あんさん、困りごとか?」

「ふへっ、そ、そうなんです。お兄さんたちから、あの、『探偵』って聞こえて……」

「あっ、もしかして依頼ですか? であれば、事務所に……」

「いっ、いや! 依頼って言うほどのことでもないんです、ふひ」

「ま、わいはええよ。ちょうど話も一区切りしたところやったし。あんさんに付き合ったるわ」


 デオがそう答えると、男性は「ふひっ」と卑屈な吐息を洩らして、セルフォンの画面を二人に向けた。


「この、こっ、この人のことが知りたいんです。イチカちゃんって、言うんですけど、素性がわ、わからなくて」

「ほおん。この人何しとる人なん?」

「ちょっ、デオさん……!?」


 男性が差し出したセルフォンのスクリーンには、一人の女性の姿が映り込んでいた。男性の態度を踏まえても、彼女について深い情報を得れば得る程、きっと悪質な付きまとい事件に発展するであろうことは、リオードからすれば火を見るより明らかだ。しかし、焦るリオードを差し置き、デオは平然と話を進める。


「う、歌姫……クラブのシンガー、です。すごく上手で、しかも美人。色白な感じで、手足が長くて、腰がきゅっと細い。プロポーション抜群で文句なし……ふへへ」

「あんさんがこの人に惚れこんどるんは、ようわかったけどなあ……それ、ええんか?」

「な、なんですか」

「こいつ、男やろ?」


 一瞬の静寂。鳥がさえずる。


「暗いからわかりにくいんやけど……ほら、ここ。喉ぼとけ出とるやろ? それにスリットから若干見える腿の筋肉とか、ドレスが作る腰のラインとか、ちょっと女性にしては違和感あるなあ。あ、ムービーとかないん?」


 デオは呆気にとられる男性の手からスマホを奪うと、何度か画面を横にスライドした。すると、たちまち映像が動き出した。セルフォンのスピーカー部分に耳を近づけ、一人頷く。


「やっぱりなあ。高い音が出るところだけ取り上げれば女性と勘違いするんも、まあわからんではないかもしれんけど……この辺の歌い方とかは結構男性的やない?」

「そ、それは、彼女の歌唱技術という可能性は……?」

「あ! あんなんちょうどええんちゃうの?」


 デオが指さした先で、カレッジ生らしき男性が、びく、と肩を揺らす。「ちょうどいいって……」と、リオードはデオに呆れた目線を向けた。


「顔はちゃんと近づかんとわからんけど……まあ、骨格さえ似とれば一般人のメイクでもそれなりに化けるやろ。写真とか声の感じも、あの体格なら再現できるんやないかな」


 彼はつけていたイヤホンを片耳外したが、結局話の脈絡は掴めなかったようで、そそくさと街中に姿を消してしまった。見知らぬ人間に突然指を刺されたなら、そういう反応にもなるはずだろう。リオードは彼に少しばかり同情した。


「……ふひ」

「あんさん、満足した?」

「あ、ありがとうございました……! ふへ、じゃ、じゃあ、僕はもう行くので、ふへへ」


 再びの静寂。鳥の歌声。


「……大丈夫、なんですかね。あれは」

「人の心配しとる暇あったら、自分の心配しときいや。でないと、明日は我が身やで?」


 満面の笑みでデオがそう言ったので、リオードは思わず身震いした。昼下がりのクロッサムパーク、リオードの頭の中には、まだあの不気味な笑い声の余韻が残されていた。

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