Track.12 funk01
「あんた、行かなくてよかったのかい? 知り合いだったんだろう」
カレッジから少し離れたポリスのオフィス近く、壁にもたれかかっている白髪の女性がジムを見下ろして言った。彼女の名前は、ティアナ・ジルク。この街の治安維持組織を統括する立場の人間である。
適当な段差に腰かけていたジムは、不服そうな声で返事する。
「関係者テントに顔は出した。会場にはあの忠犬が向かってんだし、犯人確保も後は待つだけだ。つまり、ライブが終わった瞬間に全て解決して、一件落着。……何か問題でも?」
「またそうやって……。スクールフェスティバルなんて、行く機会もそうそうないだろう。こういう時くらい歳相応にはしゃいで来たらどうだい、って言ってるんだよ」
「はっ、別に興味ないね」
「せっかくの知り合いの晴れ舞台だってのに」
「近くで見る必要もないだろ。あいつの声はよくとおるからな」
「うまいこと言っときゃあ誤魔化せると思ってるんじゃないよ、小娘」
「っせえな、クソババア」
ジムは不満げに道端の小石を蹴り飛ばした。それは数回跳ねたのち、明らかに速度違反の車のタイヤに跳ねられ、見失われてしまった。
「……あ、ジムさん! おつかれさまです!」
「おや、ジム。堂々とサボタージュかな?」
車の走行音の後に耳に飛び込んできたのは、リオードとグレイの声だった。ちょうど仕事が終わり、事務所に戻るところだったらしい。両足を路上に放り投げたまま「まさか。全部終わってるっつーの」とジムが答えれば、「うーん、さすがだねえ」とグレイは納得したように腕を組んだ。
「ほら、お迎えだよ、じゃじゃ馬娘。さっさと帰りな」
「誰がじゃじゃ馬娘だよ。言われなくても帰るっつーの」
「よっ」と息を吐きながら、ジムは軽く勢いをつけて立ち上がった。砂ぼこりを払っていると、どこかからまた別の声が飛び込んでくる。
「あっ、ジムはん!!」
「げ」
「『げ』ってひどない? そんな扱いされたら、わいもさすがに悲しいわあ。しくしく」
「せめてもっとましな嘘泣きしろよ」
「おっ! ジムはんからツッコミが貰えるなんて、今日はラッキーやなあ」
「うっざ」
「……って、あっ、ちょ、どこ行くん!?」
「帰る」
「なら道一緒やん。なあ~、一緒に帰ろうやあ~?」
「キショ。……おい、馬鹿、近寄ってくんな。クソッ……!」
「えっ!? ジムさん!?」
リオードの声を無視して、ジムは黄昏始めた街の中へ飛び込んで行った。続いて、それを追いかけるようにデオも走り出す。リオードは相変わらず状況をのみ込めていないようだが、慌てた様子で二人の背中について行こうと一歩を踏み出した。
グレイはしばらくそんな三人の若者の後姿を見つめていたが、少ししてティアナの方に向き直ると、小さく笑みを浮かべた。ティアナからは、呆れ交じりのため息が返ってきただけだった。しかし、想定の範疇だったのか、グレイは何も言わずに帰りの方角を見つめた。そして、三人に置いていかれるのも気にせず、自分のペースでゆっくりと革靴を鳴らし始めた。
「……あそこも随分にぎやかになったもんだね。騒がしいったらありゃしないよ、まったく」
大きさも形も違う四つの影を見送ると、ティアナは一息ついてオフィスの中へと戻っていった。その時、ティアナの口角が僅かに持ち上がっていたことを知る者は、きっといない。