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2-2 マリル襲来

 龍樹は人が怖かった。

 幼い頃から人と接するのは苦手で、昔から人と関わるとろくな目にあってない。詳細は割愛する。とにかく、ひとりの方が何倍も楽だった。だが、それでは社会に溶け込めないしと、ストレスを抱えながらもなんとか就職した。しかしその後のことはお察しの通り、余計に対人恐怖を拗らせて退職、無職。このザマである。

 さて、ここまで長い前置きを話した上で聞いてほしいことがある。現在の龍樹の状況を説明すると、今日も今日とてその辺を散歩したり、スーパーに寄ったりして人の目に慣れるところから始めていた。その日できたことをメモに取り、できなかったらまた挑戦する。それを繰り返して、少しずつだが人の目にも慣れてきたところであった。そして今この瞬間、龍樹は高難易度ミッションを受注しようとしていた。


「わたしはマリル。えとあの、おまえを攫いに来た。つべこべ言わず、ついてこい」


 スーパーの買い物を済ませ家に帰ると、魔法使いのようなローブを着たおさげが特徴的な女の子が部屋の真ん中を陣取っていた、というシチュエーションは龍樹にはなかなかに高難易度であった。

 しかし、こういったファンタジーな状況には、リヴィアの1件もあり耐性がついていた。つまり非現実的なことは、驚きすぎて逆に冷静に対処できるというものである。


「……、ヴィリニア王国の方、ですか」


 龍樹はとりあえず、マリルと名乗った少女と対話を試みる。出会って開口一番に物騒なことを言われた気がしたが、それは聞き流して、相手が会話可能かどうかを判断することにした。


「ヴィリニア国民じゃないけど、今は、そうとも言う」


「……なる、ほど?」


 よく分からないが、とりあえず話は通じそうなことにほっとする。


「ここは異世界。おまえは異世界人。で、合ってる?」


「マリルさん、たちからすると、そういうことになり、マス」


 龍樹が肯定すると、マリルは良かった、と呟いてこちらに手を伸ばしてきた。


「おまえをルーシャの元に連れていく。ルーシャの研究に使われてもらう」


 ルーシャ、研究、という言葉を耳にして、ああ異世界人を研究対象に何かをしたいのだろうというところまで察することができた。マリルの雰囲気からしてあまりシリアスな感じの研究とかでは無さそうではある。

 しかしだからといって、大人しくはいそうですかとついて行くわけにはいかない。リヴィアに待っていると約束したし、のこのことついて行ってもしリヴィアに不都合なことでもあったらいけない。シエナが言うには向こうの世界はどうやら不穏らしいし、こっちの世界に悪影響を及ぼす可能性すらある。ここまで考えると、マリルについて行くメリットが見当たらなかった。

 マリルにも事情があって、異世界人がどうしても必要なのかもしれないがしかし、ついては行けない。

 龍樹は申し訳なくて肩をすくめたが、差し出されたマリルの手はとらなかった。

 いつまで経っても動こうとしない龍樹に、マリルはしびれを切らしたのか、とてとてと龍樹に近づいて、背中にまわる。それから龍樹の背中をぐいぐいっと押してきた。


「は、はやく行くぞ異世界人。ほら、歩けっ」


 いや押されても行く気はさらさらない。子供の力では大人を動かすことはかなわない。マリルは龍樹を動かせないことを悟ったのか、だんだん押す力は弱まっていた。

 龍樹は、帰ってくれないかな、とマリルをちらと見る。そしてぎょっとした。マリルはぷくーと頬を膨らまし、目はうるうると潤んでいて今にも泣き出しそうだった。


「……ルーシャと、約束した。よゆーだって、言っちゃった……」


 駄々をこねるように、いろいろと何かを言っている。ついにはマリルの大きな目から、1粒の涙がこぼれ落ちた。

 幼い子供を泣かせてしまった。その罪悪感で龍樹は顔を歪ませる。背中越しに鼻水をズビッと吸い込む音を聞いて、龍樹は、はぁとため息をついた。


「ごめん。マリルさんに、ついて行くことはできない。たとえ、どんな事情があったとしても」


 龍樹は意志を曲げるつもりはない。それが分かったのか、マリルは一生懸命に涙をこらえてこくりと頷いた。


「じゃあ、おまえ以外に、する」


「――……あー」


 たしかに、そうなってしまうか。異世界人なら誰でも良さそうだし、龍樹がダメなら他にもこの世界にはわんさか人が溢れているんだからそっちに行くに決まってる。

 龍樹は無い頭をフル回転させ、どうするかと唸る。もちろんそのまま丁重にお帰りいただくのがいちばんだが、そんな願望は叶えられるはずも無さそうだ。

 龍樹が考えている間にも、マリルはいそいそと部屋を出て行こうとしている。それを龍樹は咄嗟に引き止めた。


「っ、待った。わかった、俺がついて行きます」


「ほ、ほんと。……ふふん。やっぱりわたしは何でもできる……」


 ふんすとマリルは鼻を鳴らしてドヤ顔をかます。

 こうなったらヤケだ。マリルについて行く気はもちろん無いので、少しでも時間稼ぎをしようと思う。龍樹には1個だけあてがあった。


「じゃあ、ついて来い。今すぐ」


「、その前にやらなきゃいけないことがあります。こちらの文化で、出かける前は一晩中自分の住処でお菓子を食べなきゃならないんです」


「ひ、一晩中、?? それは、なかなかに、ハード……」


「こちらの常識ではそうなんです」


「異世界って、すごい」


 そんな文化はもちろんない。時間稼ぎのためのでっち上げだ。日本のみんなごめん。でも、マリルは信じたようだ。結構アホの子なのか。


「では今晩はお菓子パーティーです。マリルさんも参加ですからそこで待っていてください。あ、靴は脱いどいてもらいたいです」


「靴にも、なにか決まっているの」


 うんこれは正当な日本の文化だからOK。マリルが靴を脱いだのを確認した後、龍樹はお菓子を大量に持ってくるべくリビングに向かった。できるだけたくさんのお菓子を用意して、時間を稼ごうと思う。

 実は龍樹の考えているあてとは、シエナのことだった。シエナは昨日ベッドの下で話した際に、なにか異常があったら連絡を寄越すように言ってくれていた。今がその異常のときだろう。

 問題は、シエナにどうやって連絡を取るのかということだ。連絡手段をシエナに聞いておけばよかったと後悔するが、まあもう過ぎたことだ。

 マリルに気付かれずにシエナとコンタクトをとるための案を、ひとつだけ思いついていた。お菓子パーティーをしようと提案したのも、この案のためだ。


「シエナさんは多分、この魅力に引き寄せられるはず」


 この煎餅に。


――


 深夜の1時頃、龍樹とマリルはもう何個目かもわからないお菓子を口に放り込んだ。マリルはお菓子の美味しさに、最初は幸せそうに食べていたが、今はさすがに辛そうだ。

 この時間だし、眠たくもなってきたのだろう。マリルはうつらうつらと船を漕ぎ始めている。


「わたしは、約束、ルーシャと……」


「寝ていいですよ。朝にはちゃんと起こします」


 隣のマリルにそう提案するも、頑として受け付けない。半分寝ぼけながら、頭を振ってなんとか目を覚ましている。


「寝ちゃいけない。ルーシャとの約束を、果たすまで」


「そんなに、大切な約束なんですか」


 龍樹は素直に気になった。この少女が何をそんなに背負い込んでいるのか。その内容を。


「う、ん。ルーシャは、わたしの大切な人。ルーシャの研究は、わたしたち魔導師のために、なる。少しでも、一緒に、いるためのもの……で、」


 あまり言っている意味は理解できなかったが、マリルにとってはとても大切なことなのだとは感じ取れる。

 マリルの手からするりとポテチが落ちる。床につく寸前に、龍樹はそれをキャッチした。危機一髪と龍樹はほっと息をつき、マリルが完全に寝てしまったことに気がついた。

 すーすーと寝息を立てて、ベッドの側面に寄りかかっている。龍樹はそれを見て、マリルのあどけない寝顔に微笑ましい気持ちになった。

 それから、このままではマリルが風邪をひいてしまうと思ったので、急いでベッドの掛け布団を引っ張ってマリルにかけてやる。


「……うん。あとはあちらに送った煎餅に、シエナさんが食いつくかどうか――」


『さすがに食いつきましたよ。見事やられました』


 龍樹が言いながらベッドの下を覗き込んだ瞬間、シエナから不満気の声がかかった。


「あー、良かった。ベッドの下の煎餅、気づいたんですね」


『センベイに食いついたのではなく、ベッドの下にセンベイが落ちていることの異常さに食いついたのですが。そこ勘違いしないでください。で、どうされたんですか』


 シエナがまったく誤魔化しきれていないことに苦笑しつつ、龍樹は事情を説明し始めた。



『――、やはり王宮魔導師か』


「やはりって、シエナさんは気づいてたんですか?」


 シエナの口ぶりに龍樹は首をかしげる。シエナは、王宮魔導師がリヴィアの周りを嗅ぎ回っていたことを話す。


『もっと警戒しとくべきでした。王宮魔導師は魔法のスペシャリスト。とっくにベッドの下の時空の歪みに気づいていたのかもしれません』


「というか俺、王宮魔導師のことよくわかってないです。ちょくちょく置いてけぼりでして……、マリルさんとルーシャさん? って方はその王宮魔導師なんですよね」


 龍樹はぽりぽりと頭を搔く。どうにも理解が追いついてないどころか、こっちの世界の常識ではおよそ測りきれないのではないかと呆気にとられている。王宮魔導師、魔法、という言葉に現実味がなさすぎて、ゲームの世界の話のようだと他人事のように思った。


『マリル様は、そちらにいらっしゃるのですよね? 見ればわかると思いますが、マリル様の着ているローブは魔教徒の証です。魔教徒とは魔導師の集まりでできた魔教団の教徒でして、――』


 うんぬんかんぬん。途中から龍樹は考えるのを放棄した。自分から聞いておいて、シエナの説明は左耳から右耳に抜けていく。あーあー、と首をこくりこくりと頷かせて、聞いているふりだけしていた。


『――そしてルーシャ様は、人の生についての研究もなされています』


「ん、研究?」


 ルーシャの研究、という言葉だけがびっと耳から脳に届けられた。そのことについて詳しく聞こうと、ベッドの下に身を乗り出した。


「ルーシャさんってのは、具体的になんの研究を――」


「……ルーシャ、研究、?」


 ぴくりと隣のマリルの体が動く。起きてしまった、と思った時には、マリルはもう龍樹を目にとらえていた。


「おまえ、ベッドの下で何をしている。まさかあっちに仲間が……? わたしを眠らせたのも、このためか」


「眠らせたって言うか、眠ったって言うか……」


 龍樹が何を言ってももう遅い。マリルは完全に疑っていて、敵意むき出しですっくと立ち上がった。


「もう、信用しない。無理やりにでも、つれていく」


 マリルはそう言うと、どこから出したのか分厚く古めかしい本を片手に、何かを唱えた。


「"さあ、我が人形のように、服従しなさい。意志を持たぬ、操り人形として、一緒にあそぼ?"」


 マリルの周りに、なにやら見たこともない文字の羅列が浮かび上がる。それらは発光し、マリルの周りを楽しそうにぐるぐる回っていたかと思うと、突如として龍樹に襲いかかった。


「っ、!」


 龍樹は咄嗟に目を瞑る。腕を前に出し、頭を守るようにクロスさせた。

 あたるっ、と思ったが、その文字列は龍樹に当たることなく離散していった。


「失礼ながら進言いたします。魔法の免疫がない異世界人にこのような高度の魔法をかけるのは、かなりリスクが高いかと思われます」


 目の前にシエナの、いつもの無機質な声が聞こえる。龍樹は一瞬何が起こったかわからなかったが、シエナが庇ってくれたのだとシエナの背中を見て気づいた。


「おまえは、願いの姫のメイド……。やっぱりおまえたち、グルなんだ」


 グル、とは。はてと龍樹はシエナ越しにマリルを見る。


「わたしたちを、消耗品のように扱って、唯一の解決策かもしれない異世界の存在を隠して、はやく死ねばいいって思ってるんだ」


 龍樹は、リヴィアたちの世界のことをよく知らない。ただ異世界だという認識しかなくて、あまり知ろうとは思わなかった。だから龍樹が口だす権利などないのだが、マリルの言った言葉には違和感があった。

 リヴィアとシエナを見ている限り、人を消耗品のように扱うなんてことは無いと思うからだ。……シエナは人をそう思ったりもしているのだろうが、少なくとも死ねばいいだなんて考えてもないはずだ。

 シエナの顔を伺うと、龍樹と同じようなことを思ったのか、無表情さの中に困惑の色が浮かんでいた。


「……わたしは、わたしの約束を果たす。誰にも、邪魔させない」


 マリルは再び本を構えると、またなにやら唱えている。さっきも思ったが、マリルが唱えた言語は聞いたことのないものなのに、なぜか言っている意味はわかった。


「"メイドさんはただ従順に、跪いていればいいのに、なんで抵抗するの"」


 文字列はシエナに向かって鋭い形に変化する。ぶわっと一気に浮かび上がると、シエナに刃の雨のように降り注いだ。


「っ、"水よ"」


 シエナはそれを、水の障壁のようなもので防ぐ。ばしゃばしゃと文字列が水の障壁に突っ込んでいき、壊そうとしてきていた。

 龍樹はそれを、雨のようだ、なんて思いながらどこか他人事のように見ていた。目の前で起きていることが、3D映像を見ている気分だったのだ。


「"早めに降参したほうが身のためなのに。このままじゃ、メイドさん、死んじゃうね?"」


 マリルの呪文のような言葉に、龍樹は背筋が凍った。シエナが死ぬ、と思ったら、急に現実に引き戻されたのだ。

 なんとかマリルに説明しなければ。そうしないと、シエナが殺されてしまう。


「っ、マリルさん。俺たちはマリルさんたちの邪魔をしようとしているわけじゃない。ただ自分たちのために、こうして抵抗しているだけだ。マリルさんに死んでほしいと思ってるんじゃなくて、大切な人に生きてほしいと思って行動しているだけなんだ」


 龍樹の必死の呼びかけに続き、シエナも頷いた。


「、私はたしかに、あなたたち魔導師のことは嫌いです。っですが、ルーシャ様の研究に関してだけ言えば、それなりに尊敬はしているんですよ」


 最初の一言だけ余計だと感じたが、龍樹たちの言葉はどうやらマリルに届いたようだ。文字列の攻撃が、だんだんと弱まっていく。


「……邪魔、しようとは、してないの? マリルたちのこと、邪険にしては、いなかったの?」


「、そもそも、マリル様たちが異世界人を使って何をしようとしているのかわからない限りは、普通恐ろしくて抵抗はしますね」


 シエナの言葉に、龍樹はたしかにと笑う。


「マリルさん。説明、してくれますか? あっちの世界に行くことはできませんが、こちらから何か手助けできることがあるかもしれませんし」


 龍樹がマリルに近づいて伺うと、マリルは間を置いて、やがてこくんと頷いた。


「……わかった」


――


 ルーシャは少し古臭いソファに寝転がって、天井を見上げている。刻一刻と、自分の寿命が尽きていくことを感じていた。


「あー、やはりこの研究で最期かな。異世界人を使った一大プロジェクト、ぜひ成功させたいものだね」


 片手に研究の詳細が書かれた書類を掲げ、じっと眺める。この研究は、ルーシャの命をかけた一世一代の大勝負だった。

 魔導師は魔法に長けている。だがしかし、今の退化した人間の体には荷が重すぎるようで、その寿命は短かった。もって30手前だ。

 抑えきれない魔力により心臓に負担がかかってしまい、やがて体全体を蝕んでいく。本来、心臓から配給される血液と、体にもともと備わっている魔力は混ざり合うはずがない。しかし魔導師は、その多すぎる魔力量を身の内に留めるために心臓を使っているので、血液と魔力が混ざり合っている。

 それだけなら良いのだが、血液が生成されるよりもはやく、魔力がどんどん増幅してしまうみたいで、血液量よりも魔力量が上回っていくのだ。そして血液が完全に魔力に染まってしまうと、生命維持ができなくなって死んでしまうのである。


「人智を超えた力は、人間に負担がかかりすぎる。美しいものは散るのも早い、ってことだ」


 ははっ、と自虐的に笑う。

 ルーシャは死ぬのは怖くなかった。しかし、この世界に置いていってしまうひとりのことを考えると、死ぬのが惜しくなる。だからこの研究にかけている。


「マリル、信じているよ。だから信じてくれ、ぼくは死なない。絶対に成功させるから」


 近くのローテーブルに資料をバサッと置いて、ルーシャは目を閉じる。異世界人との研究の構想を練りながら、大きく息を吸って深い眠りについた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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