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3-3 呪い

 ベッドの下を覗き込む少年の手には、黄色いコスモスの花が握られている。


「リビー、聞こえる? これ、リビーが好きだって言ってた花!」


 そう言ってベッドの下にコスモスを突っ込む幼い頃の自分の姿を、龍樹は上から眺めていた。

 リヴィアはコスモスが好きなのか。と、新しい発見をしつつ、この続きを見ようと懸命に目を凝らす。

 しかし、ガシッと頭を誰かに掴まれる感覚と。


 ――さあ、忘れなさい。


 シエナやマリルが魔法を使うときに呟いていた、謎の言語が聞こえてくると同時に、龍樹の意識は現実に引き戻された。


「……はぁ」


 また同じような夢を見る。いつも、小さい頃の龍樹が何かを言おうとしたところで何者かの手に阻まれ、目が覚める。

 前までは、起きたら夢の内容は綺麗さっぱり忘れてしまっていた。けど最近は夢から覚めても、頭の中に鮮明に覚えていられる。

 ちょうど、ルーシャの実験に協力し始めた頃からだろうか。まるで魔力を与えられたことによる副作用かのように、ただ鮮明に、リヴィアとの昔の記憶が少しずつ呼び起こされていた。

 でも、幼い自分が最後に何を言おうとしていたのかだけは、思い出せないでいる。なにか、大事なことだったような気がするのに、思い出そうとすると頭にモヤがかかり、やがて頭痛に苛まれた。

 いつかは、思い出せるのだろうか。


――


 昼ご飯を食べたあと、龍樹たち3人は珍しく部屋に戻らず、1階でだらだらしていた。

 龍樹は使い終わった皿を洗い、シエナはテーブルを拭き、マリルはリビングのソファに座って石ころの先のルーシャと話している。やがて皿洗いを終えた龍樹は、マリルに近寄るといつもの実験を始めた。マリルと手を繋いだ龍樹は、ソファに腰掛けてテレビを点けると、ふかふかのソファに体を沈みこませた。

 龍樹とマリルのそれは、もう完全に見慣れた光景であり、以心伝心というほかない。手を繋いでいる状態ではあるが、そこに恥ずかしいとか緊張するとかの感情は一切なく、事務的なものではある。2人が手を繋ぐのは当たり前で、龍樹ももう躊躇などしてなく、無感情でただぼーっとテレビに流れ始めたお昼のショッピング番組を眺めていた。


「……(そわそわ)」


 そう、2人の間に感情はない。のだが最近、少し変化が起きていた。

 たまにマリルがソワソワしだす時があるのだ。ちらちらと龍樹を見ては、口を開いて止まる。それを繰り返して、結局なにも言わずに沈黙が流れる状況が続いた。

 隣で手を繋いでいる距離感だし、気にならないわけがない。明らかにマリルが変だ。しかしマリルが変な理由について身に覚えがないので、マリルが挙動不審の理由はまあそのうち分かるだろうと、放置をしていた。

 そしたらどういうわけか、龍樹が思っていたことをマリルに先に言われてしまうこととなる。


「、ったつに、い、異世界人! さ、さいきんなんか、変」


「マリルさんに言われたくはないですけどね」


 変なのはマリルの方だろうと思ったがしかし、最近龍樹が変なのは実にその通りだ。なぜかというと、龍樹はこの実験が始まってから寝つきが悪かった。寝つきが悪い、というか眠りが浅くて夢を見ることが多く、簡単に言うと疲れていた。

 それをマリルに見透かされたのか、マリルは心配そうに龍樹の顔を覗き込んできた。龍樹はこんな小さな子――といっても実年齢は16歳だが、に心配されるなんて情けないと苦笑する。それから、やつれている理由を説明しようと口を開いた。


「実は、毎回同じような夢を見るんです。夢、というかどちらかというと幽体離脱のような感覚で……過去の自分を見下ろす形で映像が流れていって、過去の記憶が蘇っていってる気がするんです」


 龍樹は右の手でこめかみを摘み、目を伏せる。


「ほぼ毎日、過去の記憶が夢に出てくるので眠りが浅くて」


 多分、自分の目の下には薄く隈ができていることだろう。鏡は見てないが寝不足の自覚はあるので、目の下に軽く触れて、隈を覆い隠した。

 龍樹が変な理由を聞き出したマリルが今どのような表情をしているのか分からないが、龍樹をじっと見ていることは分かる。心配させてしまったかと、龍樹は手を振って必死に誤魔化した。


「あー寝不足で悩んでるってより、その夢が毎回変なふうに途切れるから、何が原因なのかと思っているだけなんです」


 マリルの顔を見ると、険しい顔をしていた。珍しく龍樹の話に興味を示していて、やがて疑問を口にする。


「変なふうに途切れるって、どんな?」


「えっと、頭を掴まれたあと、よく分からない言語が聞こえてきて目が覚める、みたいな。あー、マリルさんとかシエナさんとかが魔法を使うときの言語、あれが聞こえてくるんです。たしか、"忘れなさい"みたいなニュアンスで」


 聞き慣れない言語なため言いずらくはあったが、だいたいこんな感じだろうと頭にこびりついて離れないあの言葉を話すと、目の前のマリルは今まで見たことのないほど目を見開いていた。マリルだけではない、今まで別の作業をしていたシエナも驚いたように龍樹を見てくる。

 そんなに変なことを言ってしまったのだろうか、と龍樹が困惑しながら頭を搔く。


「なん、で、古代言語を……」


「古代言語?」


 マリルは龍樹の問いかけに答えず、ぶつぶつと何かを呟いている。それからしばらくして、左手の石ころを龍樹に差し出して見せると、石ころの先のルーシャに話しかけた。


「……ルーシャ、今の、聞いてた?」


『あぁ、もちろん』


 突然ルーシャに問いかけるものだから、龍樹はきょとんとしてマリルと石ころを交互に見やる。ルーシャは龍樹のその様子に気づいてないかのように、龍樹へと質問を投げかけた。


『異世界人くん。それは、幽体離脱のように過去の記憶を見る夢、で合ってるかい?』


「は、い。簡単に言えばそうです」


 龍樹が石ころに向かって頷くと、石ころからルーシャのくぐもった声が聞こえてくる。それからしばらくした後、ひとつの推測がなされた。


『ふむ、もしかしたら魔導師による記憶の(まじな)いかもしれないね』


「記憶の、まじない?」


 てっきり健康的な何かが原因かと思っていたから、魔導師といういきなりのファンタジー要素に龍樹は肩の力が抜ける。以前の龍樹なら呪いなんて言葉信じなかったが、魔法の存在する世界があるくらいだし、と今はすんなり頭に入った。

 記憶の呪いがなんなのかまだ詳しくは分かっていないが、ルーシャとマリルの間に確信めいた空気が流れる。


『異世界人くん。ぼくたち以外に魔導師と接触したことは?』


「いえ、ないです。そもそもこちらの世界にあなた方が来れるようになったのも、最近のことですし」


 言ってから龍樹は、急に不安になる。もしやと思い、石ころに尋ねた。


「……ですよね?」


『ああ、そのはずだよ』


 よかった。ルーシャたちは実は前々からベッドの下にできた時空の歪みに気づいていたみたいだし、龍樹の知らないところでこちらの世界に来ていたこともあったんじゃないかと少し焦った。

 しかし、そういうわけでもなさそうだとルーシャの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。


『しかし、そういうことなら尚更興味深いね。魔導師と関わったことのない異世界人くんがどうして呪いのようなものに掛かっているのか、そしてどうして古代言語を話せているのか』


 ルーシャは心做しかわくわくした声音で、龍樹に言い放った。


『ぜひとも異世界人くんの状態をこの目で見てみたいな』


 記憶の呪いというものがなんなのか分からないし、本当にそうなのかも分からない。記憶障害の1種か、ただの健康面で不調なのかもしれない。その可能性のほうが遥かに大きいとは思うが、ルーシャが言うとなぜか信憑性があるのだ。

 その記憶の呪い、というのが本当に龍樹にかかっているのかもしれないと、信じてしまいそうになる。


『本当に呪いが掛かっているのだとして、解呪したいのなら、ぼくの元に来てくれたらすぐに原因を突き止めて解呪もできるかも知れないが』


「まあ解呪は、したいですね」


 なにかとても大切なことを忘れている気がするのだ。ぽっかりと心に穴が空いてしまっているような、それほどの記憶を思い出せないとなると、龍樹だって気が気じゃない。

 大切な記憶を思い出すためなら、龍樹だってなんでもやりたいと思う。記憶の呪いだとしたら、解呪でもなんでもしたい。

 でもそれでも、踏み出せない理由があった。


「そちらの世界は危険だと聞きました。それに……リビーさんに、待っていると約束したんです。今さら俺がそちらの世界に行くのもどうかと思いまして」


 そちらには行けない旨を伝えると、ここまで黙っていたシエナが龍樹の右隣に移動してきていて、口を出した。


「一応言っておきますと、時空の歪みの存在を知っている者の正体はルーシャ様たちだとわかったので、ヴィリニア城内での危険はほぼ無いに等しいとは思います」


 シエナの言葉に龍樹は、確かにと膝を軽く叩いた。リヴィアと約束したのはそうだが、危険人物というのがルーシャたちだと分かったことだし、あっちの世界に龍樹が行く危険度はかなり減ったといえる。

 龍樹が、リヴィアとの約束と大切な記憶とを天秤にかけ再び思案していると、ルーシャが最後の追撃とばかりに言い放つ。


『怪しい人物がぼくたちだと分かったことだし、もし気が変わったら、いつでもこちらの世界に来ても構わないんだよ。解呪、したいだろう?』


 多分この問いかけは龍樹の身を案じてというより、ルーシャの探究心に火がついただけであろうとは思う。しかし解呪したいというのは間違いではないので、龍樹はぽりぽりと頭を掻くと間抜けな返事をした。


「……はぁ。まあ一応、考えときます」


 と、ここでこの話の流れは終わり、みんなまた各々散らばり始めた。龍樹も同様にテレビへと目を戻したが、マリルだけひとり、少し落ち込んだ様子で石ころを握りしめていた。

 龍樹は、マリルが落ち込んでいることに雰囲気で分かったが、触れてもいいことはなさそうだと大人しくテレビをぼんやりと見る。


 それからいつの間にか、1時間ほどのお昼寝をしてしまった。はっと目が覚めてから、龍樹は左肩が重いことに気がつく。左を見やると、肩にこれまたお昼寝をしているマリルの頭が乗っかっていた。


「……た……、にぃ……」


 もごもごと何かを喋っているが、よく聴き取れない。

 先程の、なぜか落ち込んでいたマリルの姿を思い出し、龍樹はそっと右手でマリルの頭を撫でた。すると、マリルは頭の違和感に少し身動ぎしたあと、ぎゅっと握りしめていた石ころの手を緩めた。心做しか、マリルの表情が和らいだ気がした。


――


 夜、リヴィアは自室のソファにて、国民の願いが書かれた紙をいくつか眺めていた。しかし文章は目で追っているものの、心ここに在らずといった様子である。

 今日は、婚約者であるシュベルト王子との面会を済ませたあと、ちょっとした祝賀会が開かれた。無事、ヴィリニア王国にたどり着いたケーレンベル王国の皆さまの苦労をねぎらうためのものだ。

 それらのパーティをそつなくこなし、リヴィアは一足先に自室へと戻ってきた。今はゆったりとしたドレスに着替えており、紙を片手にふかふかのソファでくつろいでいる。


「……タッチャン」


 半ば無意識に龍樹の名を呼ぶ。はっとして、またやってしまったとリヴィアは頭を抱えた。

 龍樹の名を呼ぶことは今までにもあったが、最近は息をするように無意識に口から出てしまうことも多く、気をつけなければいけないと反省する。誰が聞いているかも分からないのだから。

 しかし龍樹を思い浮かべてしまうのも、会えない期間が長くなってきたのと、結婚という現実が近づいてきたからだろうと思う。計画が無事に終わるまで、龍樹のことはなるべく思い出さないようにしていたのに、と複雑な感情を抱いた。

 今、この心境で国民の願いを読むのも失礼だと思い直し、紙を目の前のテーブルに戻すと、ぼすっと背もたれに寄りかかった。


「……会いたい、ですわ。でも、今は我慢、しないと……」


 ぼそっとそう呟いたところで、リヴィアの目が開かれた。

 この部屋に、誰か、いる。

 そう気づいたときには、リヴィアの背後にまで誰かの気配が近づいていた。リヴィアは勢いよく立ち上がると、後ろを振り向いた。


「あら、まーだ異世界人のことが好きだったの?」


「っあなた、は……」


 聞かれていた。そのことがショックで、自分の不甲斐なさに絶望するも、そんな場合じゃないと頭を振る。

 まずは相手の姿をしっかりと捉えて、魔法をいつでも放てるように身を固めた。


「ここはヴィリニア王家の場所。勝手に入り込んだこと、相応の覚悟がおありのようですわね」


 侵入者を細い目で見つめ、リヴィアは怒りをあらわにする。勝手に入り込んできたこの人物は、リヴィアが気配に気づけないほどの手練であるはずだ。リヴィアは強気に出ながらも、警戒を怠らずに相手の動向を伺う。


「まーまー、話を聞きなさいヴィリニアの王女。アンタは今、アタシの機嫌をとるしかないの」


「……どういうことですの?」


 随分と余裕気な侵入者は、手をひらひらと振り、リヴィアをからかうように笑った。それからベッドの下を横目で見やると、口角のあがった口元を怪しげに歪ませる。


「あの頃のアタシはまだ力が弱かったから記憶を消すくらいしかできなかったけど、今なら存在ごと消せちゃうわよ?」


「……っ! もしかして、あなたがタッチャンの……」


 記憶を、消した。

 怒りでわなわなと体が震えるも、リヴィアは必死に自我を保つ。堪えるように歯をかみ締めると、ぎりりと音が鳴った。

 そんなリヴィアの様子が心底愉快なのか、侵入者はけらけらと笑って口を開いた。


「ご名答〜」


 リヴィアが怒れば怒るほど楽しげに笑う侵入者。それに気づいたリヴィアは冷静さを取り戻し、ふぅーと息を吐いた。

 相手の思いどおりにはさせない。リヴィアは固い意思で自我を抑え込んだ。


「はぁ。せっかく離れられるようにしたのに、結局また会ってしまうなんてね」


 リヴィアがこれ以上の感情を出さないと分かると、侵入者は煽るのをやめて今度は冷ややかな目でリヴィアを見つめてくる。


「婚約者がいるというのに、他の男にうつつを抜かすだなんて、一国の王女が聞いて呆れるわ」


 そう言ってまたひとつため息をもらすと、やれやれと首を横に振って独り言のように呟いた。


「時期国王であるシュベルト王子と結婚すれば、晴れてケーレンベル王国の王妃となれるのに、なんでその機会をみすみす逃そうとするのかしら」


 リヴィアに言ったのではないようなその呟きに、リヴィアは侵入者の正体にピンときた。


「……シュベルト様のところの魔導師ですわね」


「それがなに」


 リヴィアの言葉に不機嫌を顕にしたその魔導師は、眉間に皺を寄せてリヴィアを睨んだ。魔導師の返答にリヴィアは少し警戒を解いて、目の前の魔導師をまじまじと見つめる。

 ケーレンベル王国の王宮魔導師だと分かれば話は別だ。龍樹の記憶を消したのはいただけないが、侵入したことに対しては見逃すほかない。


「――いいえ、なんでもありませんことよ」


 リヴィアは首を横に振り、苦笑した。

 リヴィアの態度がガラッと変わったことに魔導師は違和感を覚えたのか、困惑の色を浮かべた目でリヴィアを見つめる。それから気を取り直して、と咳払いをして言い放った。


「とにかく、婚約を破棄しようだとか変なことを考えてたら、アタシその異世界人をほんとに消しちゃうかもね」


 言いながらベッドの下を指さす。魔導師が差した方をちらと見ると、その視線を離した一瞬の隙をついて、いつの間にか魔導師は部屋から居なくなっていた。


「……ふぅ」


 リヴィアは気を張った肩の力を抜くように、一息ついた。

 ベッドの下の時空の歪みに気づいていた者がまだいただなんて知らなかった。しかしこの時に知れたのは大きい。

 ケーレンベル王国の王宮魔導師が時空の歪みを知っていて、尚且つリヴィアの龍樹への想いまで知っていても、リヴィアの計画に狂いはない。ないが、龍樹のことは心配だ。

 昔、龍樹に危害を加えた人物であることは間違いない。リヴィアの計画が少しでも勘づかれたら、龍樹に被害が及んでしまう。

 絶対に龍樹を巻き込むわけにはいかない。このことはルーシャに知らせておこうとリヴィアは部屋を出て、ルーシャの元へと急ぎ向かった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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