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3-2 流れ星

⚠︎︎リヴィアのターン

 リヴィアは生まれた頃から運命が定められていた。


 ――この姫は()()の力を持っている。この姫が願えばなんでも叶うのだ。


 当時の、ヴィリニア王国お抱え魔導師の言葉。リヴィアに定められた願いの姫という名は、長く、とぐろを巻いてずっとまとわりついてくる。


「リヴィア様、どうかわたくしめのお願いを聞いて下さりますか」


 ある日、リヴィアがいつものように国民の願いが書かれた紙を懸命に読んでいると、宰相のひとりがやってきて、リヴィアに告げた。


「妻の病気を治して欲しいのです」


 宰相は、それはもう必死にリヴィアに懇願してきた。大切で愛しい妻の、医師にも見放された妻の病気を、治して欲しいと。

 リヴィアは困り果てた。実は、リヴィアの願いの力はなんでも叶うわけではない。魔導師の言葉を勘違いしている人も多いが、なんでも叶う、というのは厳密に言えばなんでもではない。前提としてリヴィアが心から願ったものでないと叶えられない。

 しかしリヴィアが心から願ったとしても叶えられないことも多いから、あまり発動条件はわかっていない、というのが現状である。


 だからそういった、人の命がかかったような重い願いは、安請け合いしないように心がけていた。

 のだが、断っても何度もリヴィアの元にやってきては、妻の病気を治してくれとせがんでくる宰相。宰相の日に日に痩せ細っていく姿が気の毒になり、やがてリヴィアは折れた。

 最終的に了承したことにより、宰相にはものすごく感謝をされた。リヴィアは宰相の喜ぶ顔を見て、絶対に叶えてあげたいと思った。そして自分なら叶えられると自負していた。


 でもリヴィアは自分の力を見誤っていたのだ。結果を言うと、宰相の妻はリヴィアの願いの力をもってしても病気によって敢無く亡くなった。


「……そう……亡くなってしまわれたのね……」


 宰相の願いを叶えられなかったことに、リヴィアは落ち込んだ。しかも人の命のことだったから尚更。

 宰相の妻が亡くなったと報せが届いてから、その宰相はもうリヴィアの前に姿を現すことはなかった。謝ることもできずに、心の中の後悔だけがリヴィアを支配していた。

 そのこともあり、この気持ちのままいるのもリヴィアの気が持たないので、リヴィアから直接会いに行くことにしたのだ。しかし、それが間違いだった。


「なぜ、なぜわたしの妻が亡くならなければならなかったのだ」


「あの王女に願ったのが間違いだったんだろう。なんともまあ、薄情な願いの姫よ」


「王女が……あいつが叶えられなかったせいだ。なにが願いの力だ! わたしの妻を、返してくれっ……」


 リヴィアは耳を疑った。宰相たちのその言葉は、当時9歳程だった幼いリヴィアには、あまりにも理不尽で残酷であるが故に、胸に深くつき刺さってしまった。


「……わたくしが、叶えられなかったせいだわ……」


 この、紙に書かれた国民の願いも、リヴィアが叶えられなかった者たちはすべてあのように、あの宰相のように悲しんだのだろうか。悲しんで、やがてリヴィアを恨むようになってしまうのだろうか。

 そんなの、リヴィア自身が耐えられない。自分の力不足で悲しむ人が今もどこかで生まれているのだろうと考えると、プレッシャーを感じずにはいられなかった。


 宰相に言われた言葉を胸に刺したまま、リヴィアは今まで以上に願いの力に集中するようになった。もう誰の願いも取り零したりしないよう、もう誰も悲しまないように。

 そんなリヴィアにも、叶えたい願いがあった。


「お話し相手がほしいわ」


 リヴィアは願いの力という非常に珍しい力を持っているから、それはもう過保護に育てられた。

 城の外に出てはいけない、城内も歩き回ってはいけない、特定の人と一定時間以上話してはいけない。すべてはリヴィアの身を守るためであり、それはリヴィアも重々承知していたので、反抗しようなどということは考えなかった。

 でもいつもリヴィアの話し相手はメイドのシエナくらいだった。歳の近いシエナと話すのは楽しいし、誰もいないよりは全然マシだが、しかしシエナはメイド。リヴィアにとっては友達感覚だったが、シエナから時々距離を感じることはあった。どこまでいっても所詮、主人と従者の関係であった。

 だからリヴィアは友達がほしかった。お互いに気兼ねなく言い合える、そんな友達がほしい。そう、願った。


「あら、ベッドの下に髪留めが……」


 リヴィアの長い髪を束ねるための髪留めが、するりとベッドの下へ落ちる。拾おうと、ベッドの下を覗き込んだ時だった。


『っ、だれ!?』


 初めて聞く、男の子の声。リヴィアは驚きすぎて一瞬声が出なかったが、ベッドの下をよく観察すると時空の歪みが起きていることがわかった。

 この時空の歪みによって、どこかの誰かと奇跡的に繋がったのだ。そう現状を把握すれば、もう驚くことはない。それよりもリヴィアは、ベッドの下の向こう側に存在している、男の子の存在に興味津々だった。


「わたくしの名前はリヴィア。あなたのお名前は?」


 自分から自己紹介をすることで、相手からの警戒は薄れる。リヴィアは男の子のことが知りたくて仕方がなかったが、相手から話してくれるのを待った。


『……僕は龍樹。みんなからはたっちゃんって呼ばれてる』


 しばらく待つと、ベッドの下から男の子の声が響いてきた。

 龍樹、タッチャン。リヴィアは小さくその名を呟いて、頬を緩める。


「タッチャン……。ねぇわたくしも、そう呼んでも構わないかしら?」


 リヴィアが恐る恐る聞くと、龍樹はもう警戒を解いたのか、快く承諾してくれた。


『あー、いいよ。リビア、ちゃん?』


「リヴィと。タッチャンは、リヴィと呼んでくださいな」


『……リビー』


 龍樹から発せられるリヴィアの名前。兄から呼ばれるのとは違う、なんとも不思議な感覚に、思わず顔が紅潮した。しかし、なにが違うのかその時のリヴィアには分からなくて、頭の中にはてなが浮かぶ一方であった。

 リヴィアと龍樹が出会った、10歳の頃である。


 それからリヴィアは、ベッドの下で龍樹と話すことが日課となっていた。

 龍樹のいる世界は、こちらの世界となにか違う。魔法もないし、聞いたこともない物や動物の名前などが多く存在していることを知った。リヴィアの知らない新たな発見が多く、龍樹と話すのはとても楽しいものだった。


「まあ、タッチャンの世界では動物を鑑賞するための場所があるんですの?」


『うん。動物園って言ってね、いろんな動物が檻の中で生活していて、それを僕らは檻の外から見て回るんだ』


「タッチャンの世界の動物は、聞いたことのない名前のものも多いですわ。ぜひタッチャンの世界の動物園に行ってみたいものですわね」


『きっと、楽しいよ。いつかこっちに来れるといいね』


 こんな、他愛もない話も多かったが、龍樹の世界の常識でリヴィアが励まされたこともあった。


「わたくしね、国民の願いをちゃんと叶えられているか、不安で眠れない日がありますの」


 ふと悩み事を零すと、龍樹からは意外な声がでた。


『え、不安? なんで?』


「なぜって……それは、わたくしが叶えられないとみなを悲しませることになるからですわ」


 リヴィアにとっては当たり前のことすぎて、なぜ、と聞かれるとは思わなくて驚いた。なぜ不安なのかの理由を説明するが、龍樹は納得してないようだった。


『んー、でもリビーって流れ星みたいなものでしょ?』


「……流れ星?」


 とは、何のことだろうか。流れる星? それがリヴィアとどのような繋がりがあるのか。あまりピンと来なくて、龍樹に続きを促した。


『流れ星にね、みんなが願い事を言うんだ。流れている間に3回、同じ願い事を言えれば叶うって言われてる』


 なんと、流れ星にそのような力があったとは。また、龍樹の世界の常識を知れたことに嬉しくなったが、それと同時に頭にはてなも浮かんでいた。

 リヴィアが流れ星と似てるからって、なぜ不安にならない要素といえるのだろう。そう考えていると、龍樹がここからが重要だとでも言うように、いつもよりも力強い声色で言い放った。


『だけど本当は、それは絶対じゃないってみんな分かってるんだ』


「絶対……じゃない?」


『絶対、叶えられるわけじゃない。でも流れ星にみんな願う。だって、叶えて欲しいから願うんじゃなくて、流れ星に願い事を言うことを、みんなただ楽しんでるだけだから』


 願い事を言うのを、ただ楽しんでいるだけ。流れ星がそういう存在なのだとしたら、もしかしたらヴィリニア国民もそうなのだろうか。


『リビーにも、みんなそんな感じなんじゃないかな。ただリビーに願い事を言いたいだけなのかも』


「そう、なのかしら」


『だからさ、リビーが不安になる必要はないんだよ。叶わなくていいんだ。だって願い事って、叶えなきゃいけないものじゃないでしょ?』


 龍樹の流れ星の話は、リヴィアの胸の中に深く刻まれた。きっと、龍樹の世界は魔法がないからそういう価値観が生まれるのだろうが、この話を聞いてからリヴィアの心は軽くなった。

 願い事は叶えなくてはいけないものではない。もちろん叶えられれば嬉しいけれど、叶わなくても落ち込むことではないのだと。

 龍樹の話には、不思議な力がある。リヴィアはもう、不安になる夜を過ごすことはなかった。それからというもの、リヴィアは龍樹のことが気になって仕方がなかった。

 龍樹の話を聞くのは楽しい。だけど、それだけじゃない。リヴィアは楽しい話を聞くためにベッドの下を覗き込むのではなく、龍樹と会話をするためにベッドの下を覗き込むようになっていた。


 しかし、そんなリヴィアに転機が訪れる。


「婚約、わたくしが、ですの?」


 リヴィアに婚約者ができた、王である父に突然そう告げられ、喉が詰まった。目の前が真っ暗になる。やがて立っていられなくなり、リヴィアはふらふらと近くの椅子に腰掛けた。

 ヴィリニア王国の同盟国であるケーレンベル王国。その同盟関係をより強固なものとするには、王族同士の結婚が手っ取り早いのだと、口早に聞かされた。

 そして明後日には、婚約者がこちらに到着するらしい。心の準備もできていないまま一方的にそう告げられて、リヴィアは部屋に戻るまでほぼ放心状態であった。

 とりあえず、この気持ちを誰かに聞いてほしかった。顔も知らない相手と、勝手に婚約者になっていて、そしていつかは結婚させられる。そんな話、ひとりで抱えるには到底重すぎた。

 今のありのままの気持ちを、龍樹に打ち明ける。


「婚約者、だなんて、わたくし……」


 感情があまりにも昂ってしまい、涙が目からこぼれ落ちた。


「わたくし、いやだ。いや、なんですの……」


 あまりにも龍樹が黙って話を聞いているものだから、だんだん龍樹の存在も忘れてただ、嫌だ嫌だと誰に聞かせるでもなく、泣きながら呟き続けた。

 そして、泣き疲れて眠ってしまった次の日、龍樹はベッドの下から姿を消した。呼びかけても一向に返事は返ってこない。

 リヴィアは焦ったがしかし、龍樹の存在を追い求めようとする暇もなく、婚約者と初めての会合を果たした。


「ケーレンベル王国のシュベルトです。お初にお目にかかります」


「ヴィリニア王国のリヴィアと申します。……お会いできて光栄ですわ、シュベルト様」


 ふたりは挨拶を交わしたあと、ちょっとした会話を楽しんだ。


「それで当時の魔導師に、わたくしは願いの力を持っているのだと、それはすごいことなのだと力説されたのですわ」


「ああ、どこの魔導師も似たようなものですね。僕のところの魔導師も、僕と歳が近いのですが、興味があることとないことの差が激しくて」


 ヴィリニア城の中庭に、ふたりの笑い声が響いた。

 シュベルト王子はとても良い人で、婚約者として申し分ないお方だった。リヴィアはきっと、この人と結婚すれば幸せになれるのだろう。会話を交わすうちに、その考えは強くなる。

 でもなぜだろう。こんなに嬉しくないのは。結婚するという現実に対して、龍樹の声が思い浮かぶのはなぜなのだろうか。

 それもこれも、龍樹に会えば分かるのかもしれない。あの日、泣き疲れて眠ってしまった日、ベッドの下から消えた龍樹。泣くんじゃなくて、龍樹に会いたいと伝えれば良かったと何度も後悔した。

 でもわかった。後悔しているだけじゃ、何もはじまらない。ただ願うだけじゃダメなんだ。本当に叶えたいなら、願うんじゃなくて自分から行動するしかないのだから。

 会うためには、リヴィア自身が強くならないとダメだ。そう決意したこの日から、リヴィアの計画は始まった。


――


 リヴィアは自室にて、メイドたちにドレスを着せられ、メイクを施されていた。それから髪を後頭部にまとめられ、最後の仕上げにと、白い花が象られた髪飾りが結目に飾られた。


「お綺麗です。リヴィア様」


「ありがとうございます」


 未来の旦那様を迎えるための身支度が整い、メイドたちは一斉にリヴィアの部屋から退出していった。

 リヴィアは目の前の鏡に映った、婚約者のための自分の姿を無感情に眺める。それから、もう興味をなくしたかのように目を逸らして、ベッドの下を見つめた。


「……ああ、もうすぐコスモスの季節かしら」


 龍樹の世界には、黄色いコスモスの花が咲き乱れている頃だろう。黄色い花が好きだといったら、周辺にいっぱい咲いていると教わった、コスモスという花。

 リヴィアが行った時はまだ時期ではなかったため見当たらなかったが、今頃コスモスはその美しい姿を龍樹の目にも映しているのだろう。

 この姿が、龍樹のためのものだったら良かったのに。まあ思ったところで、絶対にこの姿を龍樹に見せたくはないけれど。

 リヴィアは椅子から立ち上がると、部屋の窓から城下町を見下ろした。表通りの広い道には、ヴィリニア国民がびっしりと両端に並んでいる。全員が真ん中を向き、ヴィリニア王国の象徴である白薔薇を手に携えている。


 リヴィアは窓を開けて、国民と同じ空気を吸う。遠くから楽しそうなみんなの声が聞こえ、リヴィアは思わず微笑んだ。

 それから間もなくして、空けられた道の真ん中をケーレンベル王国の兵士たちと、馬に乗った騎士たちがそれぞれ堂々とした風貌で通っていく。

 そして後に続くのは、一際豪華な馬車。その馬車から顔を覗かせ手を振るのは、ケーレンベル王国の王子、シュベルト。リヴィアの婚約者である。

 リヴィアはシュベルトの姿をその目で捉えて、先程までの優しい微笑みを一転、怪しい笑顔へと変えた。


「さあ始めましょう。盛大なる茶番劇を」


 リヴィアの楽しそうな声は、紙吹雪が舞う風と一緒に天まで昇ると、誰に聞かれることもなくやがて消えた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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